第三話
「えーっと、駿河……真蔵之介……景光、くん?」
「はい」
授業中の教室から特殊部隊に連行され、警察の護送車に乗せられた俺は、警視庁陣風警察署に移送された。最初の取り調べを担当したのは、安田と名乗った年配の刑事だった。取調室にはそのほかに、調書の筆記をする若い警察官がひとり。部屋の中の雰囲気は、刑事ドラマでよく見るアレとほぼ変わらない。
「ふーむ。ふふっ……こう言っちゃ悪いけど、ずいぶん長ったらしい名前だねえ。これって本名?」
いつものことだが、俺が名を名乗るとだいたいこういう反応が返ってくる。これが芸名やペンネームであってたまるか。この「駿河真蔵之介景光」は正真正銘、出生時に届け出て役所に受理された紛れもない俺の正式名称だ。「駿河」が苗字で、「真蔵之介景光」までが名前。
「まあ、子供のときは幼名として『真蔵之介』とだけ呼ばれてて。十五歳で元服したときに、はじめて『景光』っていう諱を父親から聞かされたんで、こっちの方は正直あんま親しみないっすね」
俺の口から「幼名」だの「元服」だの「諱」だのという古めかしい言葉が出てきたが、要は駿河家は代々そういう家柄であるという証でもある。
「なるほどな。つまりこの名前は、君の『お父さん』が考えたということか」
安田刑事の「お父さん」という言葉に、俺はすこし眉をひそめた。たしかに、俺に「まくらのすけ」などというふざけた幼名を付けたのは、ほかでもない親父だ(おかげで「寝るのが趣味なの?」などとよく聞かれる)。安田刑事もそれを敏感に察知してか、少し大げさに笑った。
「ハッハッハ。まあいいか。ところで、これから君をなんて呼んだらいいかな? 真蔵之介景光君、じゃちょっとまだるっこしいよな」
「べつに、なんでもいいですよ。昔から友達には、『まっくん』とか『まくらー』とか。『マックス』って呼ぶヤツもいますけど」
俺は、右野陽平のことを思い出しながら言った。気づけば、もう昼飯時だ。ミギーや寫眞部の部員たちは、今ごろどうしているだろうか。
「じゃ、とりあえず真蔵之介君、でいいか。……それにしても君、高校生のわりにずいぶん落ち着いてるねえ。いつもそうなの?」
「よく言われますね。まあいろいろ場数踏んで慣れてますし、今んところ、とくに悪いことした心当たりもないですし」
俺は幼少時から毎日、親父による過酷な「修行」を強制的に受けさせられてきた。一日の休みもなく、ずっとだ。それはまさに、地獄の日々だった。
そして親父の命ずるままに、数々の修羅場を潜り抜けてきた俺は、いつしか並み大抵のことでは動じない鋼の精神が備わってしまっていた。白昼堂々、学校内で警察に逮捕されることすら、俺にはどうってことはない(まあ『殺人容疑』ってのがちょっと気にはなるが。いったい俺は、どこのだれを殺したっていうんだ?)。
「……そうそう、真蔵之介君のお母さんって、あの駿河美都子でしょ? 風光流の家元の――」
安田刑事は、手元の資料を見ながら言った。
「そうですけど」
「いやあ、ウチのカミさんがね、こないだ『徹子の部屋』で見たってさ。すっごい美人なんだってねぇ」
「はあ……まあ」
「それに、歯に衣着せぬ言動っていうの? あのお堅い物言いがウケて、ニュースとかバラエティーにも引っ張りだこなんだとか」
「べつに、それほどでも。テレビに出るようになったのは、わりと最近ですよ」
ご意見番のようなあつかいで各局に出演することも多くなってきたが、やはり母の本業は華道である。ちなみに出演料は文化人価格であり、それほど高額ではないらしい。
「さてと。……君のお父さんのことなんだけど、すこし聞いてもいいかな?」
「かまいませんけど」
やれやれ、ようやく本題か、と俺は思った。人が死ぬだの殺すだのとかいう話に、ウチの親父が絡んでいないはずはない。
「えーと、資料によると、お父さんのお名前は駿河蔵之介真景。江戸時代から続く伝統武術『スルガ式抜刀術』の第十二代正統継承者であると。間違いないね?」
その通りだと、俺はうなずいた。俺の家、すなわち駿河家は先祖代々伝わる剣術宗家だ。開祖である「駿河極龍斎景長」から数えて、その歴史はゆうに三百年以上にもおよぶ。
「十年前には、古武術としては初となる人間国宝にも認定……と。いやはや、ものすごいお方だねえ。お父上はまさに、現代に生きる孤高の剣豪だ」
たしかに、俺の親父のことを上っ面のみで語ればそういうことだ。伝統と格式を重んじ修練を重ね、スルガ式抜刀術の真髄を極めた末に、史上はじめて人間国宝にまで上り詰めた。
だがその中身はと言えば、働きもせず弟子も取らず、酒とギャンブルで散々に身を持ち崩し、ただただ家族にも迷惑をかけっぱなしのどうしようもないクズ親父である。おそらく人間国宝の審査においては、その人物の性格や生活態度までは加味されていないのだろう。
「べつに、大したことないっすよ。この時代に、刀剣を使った古武術を身に着けてても、なんの得にもならないですし。せいぜい人間国宝として国から助成金が、たしか年間二百万くらい……だったかな?」
「しかしだねぇ、真蔵之介君。じつは私、駿河真景氏が抜刀術を行う演武の録画を見たことがあるんだよ。いやあ、常人には到底およびもつかない唯一無二の剣技だと思うがね」
「そうですか」
「そしてたしか、君のお父さんはもう――――」
「亡くなりました、肝臓癌で。享年五十八ですね」
そう。俺の親父はもうこの世にはいない。いくら剣の腕が立ったとしても、病には勝てなかった。まあ、あれだけ乱れた生活をしていたのだ。自業自得である。
「まだ若いのに、ご愁傷さまでした。それで、亡くなったのはいつごろ?」
「ひと月まえです。葬式は、身内だけで簡単に済ませて」
その言葉に、安田刑事は驚いた表情を見せた。
「まさか、人間国宝までになった人なのに?」
「必要ないですよ。弟子もいないし、付き合いの深い人も、今はとくには」
「だが、真蔵之介君。君は、お父さんの剣技を受け継いでいるんだろう?」
「まあ……そうですね。親父が死んだので、長男の俺がスルガ式抜刀術の第十三代正統継承者、ってことになりました。人間国宝の資格は消えましたけど」
親父の死後、その遺言により俺は十七歳にして、スルガ式抜刀術のすべてを受け継いだ。師範の地位も道場も武術書の数々も、そしてあの「刀」も。
「ということは、だ。駿河真蔵之介景光君、君も本当に使えるというのかね、あの技を――――」
「技、っていうと?」
安田刑事は、スチール机の上に手のひらをバンッと叩きつけながら言った。
「スルガ式抜刀術究極奥義、『極一文字』だ」
「まあ、使えますけど?」
「使える? 本当にか!」
あっさり返ってきた俺の言葉に、少し気が動転したかのような反応を見せる安田刑事。俺は言葉を続けた。
「少なくとも『極一文字』を会得していないと、スルガ式抜刀術の正統継承者としては認められないんで。親父以前の、いままでの継承者も全員使えたはずですが。それがどうかしましたか?」
「……この男を知ってるかね?」
安田刑事は神妙な面持ちで、書類から一枚の写真を取り出して俺の前に置いた。そこには、ひとりの並外れた巨体の男が写っていた。
「あ、はい知ってます。たしか名前は、五郎月剛造。『GO!GO!ローン』っていう消費者金融の社長ですね」
「どうして知ってる?」
「親父が、この人の会社から金を借りてたんで。――この人が、どうかしたんですか?」
俺の質問に、安田刑事は真っ直ぐに俺の目を見据えて答えた。
「二日前に死んだ。殺されたんだ。何者かの手によってな」
続く




