第二話
朝の学活がはじまるまで、まだ少しだけ時間があったので、俺はいちおう部室に寄ってみることにした、みんな、この時間に残っているだろうか。
「やあ、おはよう駿河氏! しばらくぶりだが、元気だったかね? んん?」
「天玉部長、おはようございます! すみません、なんか迷惑かけちゃって」
ちょうど部室の前に、その長身の男は立っていた。部室のドアには「寫眞部」と書かれている。いわゆる「写真部」なのだが、わざわざ旧字体で表記されているのは、ひとえにこの男の独特な趣味によるものだ。
「いいよいいよー、気にすることはない。キミも、ご家庭のことでいろいろ大変だろう。我輩も力になるよー、金以外のことであれば」
そう親しげに俺の肩を抱いてきたのは、俺の所属する写真部、いや「寫眞部」部長の天玉喜一朗だ。
もう初夏だというのに、天玉部長はほぼ一年中暑苦しいトレンチコートを羽織っている。三年生だが、すでに三回留年(一年で一回、二年で一回、三年で一回)しているため、なんと二十歳を超えているという。そのため、飲酒喫煙も好き放題というヤバすぎる問題児(?)だ。
身長百八十五センチの長身のわりに猫背。つるんとした卵型の顔に長髪をオールバックで束ね、切れ長の目にへの字口、額のど真ん中に大きな黒子と、極めて特徴的な外見をしている。また、妙に古風な物言いもやたらと目立つ。
そして、この見た目以上に変わっているのがその性格だ。実家を出て独り暮らしが長いせいか、とにかく金に汚く、怪しげな金儲けで周囲に迷惑を振りまいたことは一度や二度ではない。留年を重ねていることもあり、「騒動の陰に天玉あり」という言葉が全校に知れ渡るほど、名物生徒扱いされているのだ。
俺流に表現するなら、天玉部長のキャッチフレーズは【迷惑千万固茹玉子】とでもしておこう。かなりの変人だが人情に厚く、じつは味方にするとここまで頼りになる男はいない。
「おー! 来たのかマックス、待ってたぜい!」
「おはようございます、駿河くん。元気そうですね」
「駿河先輩。こっちの備品、運ぶの手伝ってくださいよ」
そこへ、さらに三人の寫眞部員が通りがかった。これで、部員全員だ。ひとりずつ順番に片づけていこう。
まず、このやたら元気で声がカン高く、背の低い男が右野陽平。中学からの同級生で、数少ない俺の親友だ。愛称は「ミギー」。奴は俺を「マックス」と呼ぶ(そう呼び合ってるのは俺たちだけである)。
身長百五十六センチと小柄だが、非常に怒りっぽい性格。加えてその目つきの悪さにより、周囲から因縁をつけられまくるため、いつもケンカが絶えない。
ケンカ相手については、老若男女・強い弱いは問わない。相手が本職ヤクザだろうと街の不良だろうと、生涯完全無敗を誇る。とくに武道の心得があるわけではないが、野生のカンと腕っぷしの強さはかなりのものだ(ただしルールのあるスポーツだと、小学生の女の子にも負けるらしい)。
ミギーのキャッチフレーズは【喧嘩上等甲高声質】である。話しているとその声が多少耳障りだが、友達想いの性格で正義感が強く、俺も大好きな男だ。
つぎに、ミギーとは対照的におだやかな性格で、高身長・低音声のこの男の名は祖父江修身である。同じく二年生で、愛称は「サミー」(そう呼ぶのはミギーだけなのだが)。
俺たち同級生に対しても敬語で話すほど礼儀正しく、成績もつねにトップクラスの優等生だ。とくにコンピュータ・ネット関係に強く、常人離れした情報収集能力を持っているらしい。糸目でつねに微笑みをたたえているが、心の底では何を考えているか正直この俺にもうかがい知れない。
祖父江のキャッチフレーズは【糸目微笑電脳悪魔】。ちょっと評価のしがたい男だが、彼の真骨頂は追々わかっていただけることだろう。
最後に、わが寫眞部期待の新人である、この女の子も紹介しておこう。彼女の名は烏山千晶。今年、たったひとりだけ入部してくれたありがたい女生徒である(なにしろ、この学校では部員数が五人未満になると自動的に廃部となるため、彼女の存在は部の存続に必須なのだ)。
聞くところによると、烏山はなんと俺の婚約者、恋ヶ窪春乃の親友なのだとか。見た目は地味顔で、こざっぱりしたポニーテール。無口でクールなところは春乃と正反対だが、ふたりは不思議にウマが合うようだ。
元来、写真を撮るのが趣味らしく、一年生ながら部内でも最も積極的に活動している。とくに好きなのが廃墟や工場跡地などの撮影で、休日にはそうした被写体をたったひとりで彷徨いつづけているらしい。
そこで、俺の考えた烏山のキャッチフレーズは【廃墟徘徊女子高生】。まあそう伝えたところで、彼女はきっとほぼ無反応だろうが。
以上にこの俺を加えた五名が、寫眞部の正式な部員だ。俺はここ数日、家でいろいろ問題があったせいで、部活を休んでいた。その間に、寫眞部は学校から部室および暗室の片付けを厳命されており、俺はそれに参加できないでいたのだ。俺は、そのことをあらためて部員たちに謝罪した。
「いやー、掃除はようやく終わったんだけどよー。大変だったんだぜー!」
「部活に不要なものだらけだったんですよ? それも、ほとんど天玉部長の私物で……」
「悪かった悪かった。我輩も、今後は気をつけるよ。トリヤマ女史」
「トリヤマじゃなくてカラスヤマですって、いったい何回言ったら覚えてくれるんですか?」
「あー、重ねがさねすまんね、カラスヤマ女史」
「まあいいじゃねーかどっちでもよー、たいして変わんねーだろ? 線が一本あるかないかだけで」
「大違いです! 右野先輩だって『ヒダリノ』先輩って呼ばれたらイヤでしょ?」
「なんだヒダリノって!」
ギャーギャー言ってる三人をおいて、祖父江がそっと話しかけてきた。
「駿河くん。こちらはもういいので、落ち着いたらまた一緒に部活動しましょう。こんどはどうです? みんなで撮影旅行とか」
「ありがと、祖父江。助かったよ」
俺は、本心からそう答えた。
俺は二年C組の教室に戻り、授業を受けはじめた。さてこれからは、俺の身に起きたことを淡々と記していくことにする。
時計の針が、ちょうど十時を指したころだ。おびただしい数のパトカーや警察車両が音もなく現れ、陣風高校の周りを一斉に取り囲んだ。近くの住民たちは、物々しい雰囲気に、いったい何が起こったのかと騒然としたことだろう。
やがて鉄製の頑丈な盾を備えた機動隊員たちがつぎつぎと校内に降り立ち、校門から二年生の校舎へと続く道を厳重に固めた。そしてその通路を、武装した特殊部隊が、靴音を鳴らしながら駆け足で進んでくる。
「静粛に!」
二年C組のドアを開けると同時に、黒ずくめの特殊部隊数名はアサルトライフルの銃口を向けながら、俺の席を取り囲んだ。呆然とする英語教師および同級生たちを尻目に、ひとりの隊員が俺に話しかけてきた。
「君が駿河真蔵之介景光、だな?」
俺は、たしかに本人に間違いないとうなずいた。
「君に、殺人容疑で逮捕状が出ている。立ちなさい!」
黒ずくめの隊員たちは、口々にこう叫んだ。
「十時五分、容疑者確保!」
「容疑者確保!」
「容疑者確保!」
席を立たされた俺は、特殊部隊の男たちに両脇を抱えられるようにして、静かに教室を後にした。
それから二、三分もしないうちに、陣風高校から警察の痕跡はすべて消滅した。まるで、それが白昼夢であったかのように。
かくしてこの俺、駿河真蔵之介景光は、殺人容疑で逮捕されたのである。
続く




