第二十七話 宿泊
「撮れましたか? 川本警部補」
「バッチリです! 羽生田警部」
その夜。百鬼会本部の屋上での俺と霧崎蓮十郎との直接対決を、警視庁殺人課のコンビ・羽生田三郎警部と川本翔子警部補が監視していた。
蓮十郎は「ここならどこからも目が届かない」と言っていたが、二人はさっそく高倍率の双眼鏡と超望遠レンズつきのビデオカメラを入手して、はるか遠くのビルから一部始終を録画していたらしい。
「それにしても警部、またすごいものを見てしまいましたね!」
「そうですね。わざわざ札幌まで追いかけてきた価値がありました」
「そして、こんどこそハッキリしました。五郎月剛造殺害事件の真犯人は百鬼会の最年少殺し屋、霧崎蓮十郎――!」
「――ではありません、もちろん」
「ええ~っ! なんでなんですか? 蓮十郎は、真蔵之介と同じスルガ式抜刀術の究極奥義『極一文字』を使えるんですよ!」
「どうやら、そのようですね」
「しかも、ヨコだけじゃなくタテに斬る技まで使えて、真蔵之介を上回る圧倒的な強さじゃないですか」
「だからですよ。もし霧崎蓮十郎が五郎月剛造を殺していたのだとしたら、自分を札幌まで追ってきた真蔵之介は、間違いなく危険人物といえます。この場で絶対に始末するべきなのに、やっぱりそうしなかった。彼は真蔵之介の同年代とはいえ、立派な殺し屋ですよ?」
「あう。そ、それは……確かに」
「ここからでは、真蔵之介と蓮十郎が話した内容まではわかりません。ですが、蓮十郎が犯人ではないとわかった以上、捜査は振出しに戻ったとみるべきでしょう」
「羽生田警部、これからどうするんですか?」
「真蔵之介の指名手配が全国にかけられるまでに、あと二日あります。もう少しだけ、彼を泳がせてみましょう。いざとなればこちらには、まだ奥の手もありますし」
「奥の手、ですか?」
「さ、もうそろそろ行きますよ、川本君。遅くなりましたが、ススキノに寿司でも食べにいきましょう」
「お、お寿司! 大好物でっす!」
百鬼会の本部を後にした俺は一人、札幌の大通りをとぼとぼと歩いていた。時間は、まもなく深夜の十二時を迎えようとしていた。
大通りの傍に、札幌のシンボルともいうべき時計台が見えた。俺でも知っている有名な建物だが、こう言ってはなんだが意外に小さくて、なんかしょぼい。まあ、名所というのは往々にしてそんなものかもしれない。
「ダーリン! こんなとこおったんか?」
そのとき、俺を呼ぶ大きな声が聞こえた。目の前に、五郎月猪子が立っている。そういえば、札幌にはコイツと来ていたことをすっかり忘れていた。その手には、スーツケースをガラガラ引いている。
「猪子……」
「ごめんごめん。ラーメン横丁で食うてたらな、ほらちょうど今、プロ野球のセパ交流戦やっとるやん? そんで今夜、エスコンで阪神‐日ハム戦のナイターやっとったんやって! ほんでな、ウチ阪神ファンやさかい、日ハムファンの人たちと試合のこととか話してたら、なんやめっちゃ仲良うなってもうてな。いっしょにジンギスカンでも食おうやないかっちゅう話になって、そのままおごってもろててん」
「……ててん?」
上機嫌に早口でしゃべりまくる猪子の台詞はまったく頭に入ってこず、俺はただ猪子の顔をぼんやりと見続けていた。
「ってダーリン、ボーっとして、いったいどないしたん? なあ、霧崎蓮十郎には会えたんか?」
猪子のその言葉に、これまで張りつめていたものがプッツリ切れた気がした。俺はゆっくりと猪子にもたれかかるようにしながら、その豊満な胸に顔をうずめた。
「だ、ダーリン! アカンよそんな! アカンって…………あん♡」
いつにない俺の様子に、戸惑いと恥じらいの声を上げる猪子。俺は目を伏せたまま言葉を続けた。
「負けちまったんだよ、俺。蓮十郎に。完敗だった」
「そうやったん。ケガはないん? 大丈夫なんか?」
正直これまで、師範だった父親以外に、剣で負けたことは一度もない俺だった。心の奥底で「自分こそが最強」だと本気で思っていた。
そんな思い上がりを今日、幼なじみの少年が叩きつぶしてくれた。身体中に残る、激しい斬撃の痛みとともに。
「猪子……俺、もう疲れた」
甘えるような小さな声の俺の耳元に、猪子は顔を真っ赤にしてささやいた。
「なあ……ホテル行こか?」
それからのことは、じつはあまり覚えていない。ここからは、後になって猪子に聞いた話である。
意を決して、ホテルに行くことを提案した猪子。疲労困憊の俺と重たいスーツケースを引きずって、ススキノのどこかのラブホテルに入った。そしてパネルから適当な部屋を選ぶと、彼女は緊張の面持ちでドアの鍵を開けた。
「ほしたらウチ、先にシャワー浴びてくるから、ちょっと待っとってな?」
そう言ってバスルームへと消えた猪子。だが俺はといえば――――ベッドに倒れこみ、そのまま眠り込んでしまった(らしい)。
備え付けのバスローブをまとい、うきうきドキドキでベッドに戻ってみたら、俺はまさかの大爆睡。猪子は案の定、怒り狂ったという。
「なんやねんダーリン! せっかく一大決心して、これからウチの純潔、あげよー思てたのに!」
飛び交うマクラ、舞い踊るリネン。ひとしきり暴れたあと、猪子はようやく落ち着きを取り戻した。そして彼女は、寝息を立てている俺のそばに顔を近づけた。
「はあ。かわいい顔して寝てはるわ……ホンマに疲れてはったんやな、ダーリン」
そして猪子の指が、俺の頬をそっと撫でていく。
(ウチ、アンタのこと本気で好きなんや。だから、いつかちゃんと……しよな?)
猪子はそうつぶやくと、俺の唇にそっとキスをして(!)、シーツの中にもぐり込んで就寝。幸せな同衾(並んで寝ただけだが)を楽しんだというわけだ。
なお、念のため断っておくが、ここまでの一連の流れに俺の意思はまったく反映されていないため、すべてノーカンである(……許せ、春乃)。
そして、翌朝。逃走生活も五日目である。
「ん……おはよ、ダーリン」
まもなく、朝の十時。同じベッドの中で目覚めた、素肌にバスローブを羽織っただけの猪子の姿に驚愕しつつ、あわてて身支度を済ませると、「なあ……もったいないし、一回だけやっていかへん?」と照れながら誘ってくる猪子の手を引いて、カウンターでチェックアウトを完了した(宿泊代は、猪子が立て替えてくれた)。
「べつに、そないに急がんでもええやん、ダーリン。ほんで、霧崎蓮十郎はどないなったん?」
「いや、蓮十郎のことはもういいんだって! それより俺もう、マジで金ないんだからなんとかしないと――――」
そんなやり取りをしながら、ちょうどラブホの正面玄関を出たそのときだった。
RRRR―――― RRRR――――
俺の持っていた携帯が鳴った。表示された発信元は――――
《もしもし、駿河先輩ですか? いまどちらに…………えっ?》
通話口から聞こえてきたのは、まさしく陣風高校寫眞部の後輩にして廃墟好きな若きホープ、一年生の烏山千晶だった。そして
「す、駿河先輩? なにしてるんですか!」
なんと、スピーカーからのそれと同じ声を発する少女が、ラブホの前で仲睦まじく腕を組む俺と猪子の目の前にいた。
「……なあダーリン、この娘どなたはん?」
続く




