第二十六話 斬裂
「勝負……これから、俺とやるつもりなのか?」
「ああ。というか、それが目的で来たんだろ?」
獄門刀・七番を鞘に納めながら、蓮十郎はそう返した。そして、この屋上の片隅にある古い物置のほうへ近づくと、懐から出した鍵で扉を開けた。
「君のお父上――師範さまが亡くなったってことは、いまは君がスルガ式抜刀術の正統継承者ってことか」
「十三代目だ」
「なるほどね」
俺と言葉を交わしながら、蓮十郎は物置の中をしばらく物色していた。そして、ようやく一本の長物を見つけると、戸を閉めて振り返った。
「ほら真蔵之介、遠慮なく使いなよ。丸腰じゃ、勝負にならないからね」
蓮十郎が俺に向かって投げて寄越したのは、ひと振りの日本刀だった(そういえば猪子と決闘した夜も、相手から刀を借りたんだっけな)。どうやらこの物置は、百鬼会の武器庫らしい。
長年の間、この倉庫の中の刀剣や銃器が、依頼を受けた標的を始末するのに使われてきたのかと思うと、背筋が冷たくなるような気がした。
「本気で、俺に勝てると思ってるのか? 蓮十郎」
もちろん、勝負といっても本当に斬り合うつもりはない。真剣同士ではあるが、命を奪わずに決着させる方法はいくらでもある。もっとも、蓮十郎がどう考えているかは未知数だが。
受け取った刀を抜いて確認する俺に、蓮十郎はフフッと口元に笑みを浮かべながら、芝居めいた台詞を言い放った。
「片や、幼少時から人間国宝たる剣豪の薫陶を受けて育った生粋の御曹司。そして片や『忌の太刀筋』と疎まれ、剣を持つことすら許されなかった憐れな身無子! さぁて、勝利するのはいったいどちらかな?」
俺たちは剣を腰に携えると、互いにじりじりと間合いを測りつつ、まるで鏡写しさながらに同じ構えを取った(俺は右利き、蓮十郎は左利きであった)。言うまでもなく、これはスルガ式抜刀術の究極奥義・極一文字の構えである。
「キンチョーしてるの? まっくん」
江戸時代、開祖・駿河極龍斎景長から数えて十三代目のこの俺、真蔵之介景光に至るまで、正統継承者のみが使えるとされてきた究極奥義・極一文字。それを、この男は子供のころにいちど技を盗み見ただけで、会得してしまったというのか?
「うるせーれんちゃん。武者震いだ」
だが、ヤツにはこの歳までたった一人で生き抜いてきた「実戦」という、俺とは比べ物にならない経験がある。さもなければ、最年少メンバーとして殺し屋集団・百鬼会に割って入ることなど、到底不可能のはずだ。
俺たちが対峙して、どれほどの時間が経っただろう。夜の札幌の街を仄かに照らしていた月の光が、いつの間にか流れてきた黒い雲に隠され、辺りは一瞬だけ暗闇になった。そのときである。
ヴウンッ!
ヴウンッ!
刀を抜き、前方に踏み込みながら、俺と蓮十郎は同時に技を繰り出した。五郎月猪子と対決したときと同様、異次元空間が強引に捻じ曲げられるような、日常生活ではありえないような不気味な音が重なって響いた。
(フン!)
(くっ!)
互いに真一文字に振り抜いた斬撃は、そのまま完全に相殺された。ところが次の瞬間、俺が思いもよらなかったことが起こったのである。
ヴヴウンッ!
(ぐああっ! な…………んだこれ……!)
蓮十郎は、真横に振り抜いた一文字の勢いのままに、すばやく剣を頭上に掲げ、渾身の力で真っ直ぐに振り下ろしたのだ! 予期せぬ縦の斬撃を、俺は刀を構えて防ぐのが精いっぱいだった。
「……蓮十郎、いまのは…………?」
「僕オリジナルの究極奥義さ。横斬りと縦斬りを組み合わせて、極一文字を独自に進化させた、いわば『極十文字』ってとこかな」
蓮十郎がそう言い終わったのと同時に、俺が手にしていた得物の日本刀が粉々に砕け散った。見た目こそ傷ひとつ受けていないようだが、俺の身体はヤツの斬力をまともに受けてしまった。
肉体的にも精神的にも多大なダメージを受けた俺は、ただその場に無様に倒れこむしかなかった。
スルガ式抜刀術・第十三代目正統継承者である俺が完敗した相手、霧崎蓮十郎。この瞬間、ヤツに贈るキャッチフレーズは【百戦錬磨十文字斬】と決定した。
「さてと。……東京で起きた殺人事件、だっけ?」
対決からしばらく経って、ようやく上半身を起こすことができた俺に、蓮十郎が話しかけてきた。
「えっ? でも、俺は勝負に負け――」
「言ったろ? 真蔵之介にそれを聞く資格があるかどうか、って。べつに勝ち負けじゃない」
「ひょっとして、なにか知ってるのか蓮十郎?」
身を乗り出してたずねた俺に、蓮十郎は手を挙げて制した。
「まあまあ。まずは、その事件についてぜんぶ話してよ。内容によっちゃ、僕が話せることがあるかもね」
俺は蓮十郎に、五郎月剛造殺害事件のことを洗いざらい語った。殺害現場の様子から人間関係、そして俺自身が犯人として警察に逮捕され、現在警察とヤクザという両方の勢力から逃走中であることも。蓮十郎は俺の話を、目を閉じたままじっと聞いていた。
「ふうん。そもそも事件の発端として、ヤクザの男が胴体を真っ二つに切断されていたと。それで、現場に獄門刀が刺さってたから、極一文字の遣い手である真蔵之介が犯人として疑われた、ってことだよね?」
「そうだ」
「この事件で、僕が言えるのはひとつだけ。その五郎月ってヤクザの親分は、極一文字で殺されたわけじゃないよ」
「なぜそう言い切れる?」
「真蔵之介。君はひとつ、重大な見落としをしてる」
「な、なにを?」
「現場に刺さっていたっていう、血まみれの獄門刀だよ。ありえないだろ? それって」
「えっ? ……………………………………ああっ!」
俺は蓮十郎の言葉から、極一文字に関する重要なことを思い出した。ヤツは親切にも、その件について解説してくれたのだった。
「そう。極一文字は『技の使用時に刀身が切断面にまったく触れない』ってこと。スルガ式の継承者なら、当然知ってると思ってたけど」
スルガ式抜刀術究極奥義・極一文字。この技は、剣の勢いや切っ先の鋭さなどの、いわゆる物理法則で対象物を切断するのではない。使用者が体内に宿しているとされる「斬力」という未知のエネルギーのようなものを、刀を通して送り込むことで斬裂させるのである。対象物の、どこの何を斬るかということも、ある程度自由自在だ。
じつは、かく言う俺や蓮十郎だけでなく、それを教えた俺の父親・真景すらも、極一文字の原理を完全に理解しているわけではない。一説に「極一文字は剣技というよりもむしろ魔法に近い」とまで称される所以である。
「そうか! だから――」
「もし、この殺害に獄門刀が使われていたとしたら、対象者の血液が付着することは絶対にない。ということはつまり、刀身に付いた血液は真犯人による偽装工作だ。それも、奥義の秘密を知らない人間のね」
蓮十郎は、ふたたび獄門刀・七番を鞘から抜き、月光に刀身を光らせた。当然この獄門刀も、血液で汚れた形跡は皆無である。
「真蔵之介、わざわざ百鬼会の札幌本部まで来たのは、僕がその五郎月剛造を殺した真犯人だと疑ってたからかもしれないけど――」
「……………………」
「この事件にスルガ式抜刀術の極一文字が使われていない以上、犯人は僕でも君でもない。いまのところ、確実なのはそれだけだね」
「ああ。だが、そんなことを警察に言っても大した意味はないだろうな」
「そのとおり。君が助かるには、自分が絶対に事件を起こしていないという証明をするか、五郎月を殺した真犯人を見つけ出すか、だね。どちらもかなり厳しいと思うけど、まあがんばってよ」
「ど、どこ行くんだ?」
「話は終わりさ、真蔵之介。僕は百鬼会の事務所に戻るから、君も東京に帰った方がいい。おそらく、事件の謎を解く鍵は犯行現場にある」
「わかったよ。マジ悪かったな、蓮十郎。また――」
「――またこんど会うときは、敵同士かもね。じゃ」
続く




