第二十五話 獄門
「霧崎蓮十郎――――なのか?」
「真蔵之介?」
百鬼会の札幌本部の扉を開けて入ってきた男と、俺は言葉を交わした。あれから五年が経ち、お互いの頭脳や体格は成長しているはずだが、お互いが相手を正しく認識した。
「やっぱり、お知り合いだったんですね! 霧崎さん、この方ずーっとお待ちだったんですよ。契約のことでしたら私が――」
「いや、後は僕がやっとくから。今日はもう、先に上がっちゃっていいですよ?」
蓮十郎はそう言うと、社内の奥へと手を指し示した。女性事務員はその言葉に、パッと顔を輝かせる。
「えっ、本当にいいんですか? わあ、うれしい! じゃ、すみませんけどお先に失礼いたします!」
そう言うと彼女は手早く身支度をして、部屋の奥へと引っ込んだ。どうやらこのまま、向こうの非常階段から帰宅するつもりらしい。
「さてと。これで、ここには誰もいなくなった。わざわざ札幌まで来たんだ。僕に話があるんだろう?」
蓮十郎はそう言いながら、事務所のドアを開けて俺を手招きした。
「ちょ、蓮十郎、どこに行くんだ?」
「屋上。ついておいでよ、真蔵之介」
俺たちは、ビルの屋上へとやってきた。半分だけ姿を見せる月の夜空に、涼しげな風が吹き渡っている。ここは、歓楽街の喧騒とも無縁だ。
「ここなら、どこからも目が届かないし、壁に耳をそばだてて話を聞かれることもない。人知れず面会するには最適なんだ」
階段を上がる途中にあった自販機で買った缶コーヒーを手渡しながら、蓮十郎は微笑んだ。
「お、サンキュ」
最後に見たときから五年が経つが、蓮十郎の笑顔は当時とまったく変わっていない。大きく異なっているのは、その髪色だ。俺と同い年のはずだが、完全に真っ白である。そして蓮十郎も、俺の視線に気がついた。
「ああ、この髪? あれからいろいろあってさ。染めるのも億劫だし、放っといたらいつの間にかこの色になったんだ。自分では、悪くないと思ってるんだけどね」
そう言って蓮十郎は、缶コーヒーを一口飲んだ。俺の家を出た当時、まだ小学生だった彼が、いったいどんな苛酷な人生を歩んできたのかは、俺にはわからない。しかし、まず最初にこれを確かめないわけにはいかない。
「――――蓮十郎、お前、百鬼会に入ったのか?」
「まあね。大阪の方から探りが入ったらしいってことは聞いてたけど、真蔵之介だったのか」
「どうして、殺し屋になんか……」
「自分の特技を生かした仕事を探してたら、自然にこうなった。親族も学歴もない僕が、生きていく糧はこれだけさ」
そう言いながら蓮十郎は、いつの間にか一振りの日本刀を手にしていた。その剣のことは、この世のだれよりも俺自身がよく知っている。
「それは、獄門刀・七番だな? やっぱり、お前が持っていってたのか」
「餞別代りだよ。いいじゃないか、駿河家にはもう一振りあるんだしさ」
蓮十郎は、音もなく鞘から刀身を抜きつつ言った。まぶしいほどの月明りを反射して、刃文が妖しく輝く。普段からよく手入れされていることが、俺にもはっきりとわかった。
「獄門は最高の相棒だよ。この剣さえあれば、僕はどこでだって生きていける」
「しかし、お前には『忌の太刀筋』が――――」
「ああ、師範さまはそんなことも言ってたねえ。お父上は元気?」
「いや、先月亡くなった。放蕩を繰り返して借金を残したあげく、肝臓癌でな」
「そう……。ま、あの人らしいっちゃあらしいけど。そっか…………」
蓮十郎はそう言って、半月を見上げた。俺の父親、真景のことを思い出したのだろうか。
「そう言えば、隣の家に住んでたあの娘。どうしてる?」
「春乃のことか?」
「そうそう、恋ヶ窪春乃ちゃん! いつも僕たちの後に、仔犬みたいにくっついてきてさ。かわいかったな」
「今はでっかいメガネかけてるよ。本の読みすぎでな」
「そっか……綺麗になっただろうな……」
懐かしげに話す蓮十郎の横顔を、俺は缶コーヒーを飲み干しながら黙って眺めていた。
「忌の太刀筋、なんて真景は言ってたけどさ。自分はどうなんだい、真蔵之介」
「なにがだ?」
「獄門刀だよ。スルガ式抜刀術も、究極奥義・極一文字もさ。人間国宝だなんていってもてはやされてたけど、まさに血塗られた歴史そのものじゃないか」
「それは――――」
「君も、もちろん知っているんだろう? 真蔵之介。何本もの獄門刀が、いったいどうやって作られたのかを」
俺は、蓮十郎の言葉にうなずいた。
「スルガ式抜刀術の開祖・駿河極龍斎景長は、優れた刀鍛冶でもあった。極龍斎は、生涯に獄門刀をたった十三本しか完成できなかったって、俺は聞いてるけど」
「僕に言わせれば、十三本『も』生みだしたのか、って感じさ。なにせ、獄門刀の制作過程において――――」
言葉を詰まらせた蓮十郎に、俺は台詞を続けた。
「一振りの獄門刀のためだけに、生贄となる一人の首が必要だ。それも、罪人や病人では意味がない。さらには、犠牲となるその命が高貴であればあるほど、無垢であればあるほど、効果が高いとされている」
そうして極龍斎は獄門刀のために、試し斬りも含めて何十人もの罪もない命を奪ったのだ。まさに、鬼か悪魔の所業というほかない。
「そうした犠牲のもと、はじめて獄門刀は完成するのさ。どうだい? 反吐が出るほど呪われた剣じゃないか」
蓮十郎はそう言いながら、獄門刀・七番の刀身をみつめた。その眼差しは、この妖刀に魅入られているかのようだった。
「スルガ式抜刀術の正統継承者は、代々そんな男の血を引いているんだ。もちろん君もね、真蔵之介」
獄門刀の切っ先を俺の方に向けながら、蓮十郎はそう言い放った。
「そんな血筋とは無縁だけど、僕には『忌の太刀筋』という剣質が備わっている。やっぱりこの剣は、僕のような者こそが持つのにふさわしい。そうは思わない? 真蔵之介」
「蓮十郎」
「なんだい?」
「もうひとつ聞きたいことがある。東京で起きた、とある殺人事件のことだ」
蓮十郎は軽く息をついてから、僕を見据えて言った。
「これからは、それを知る資格が君にあるかどうかを、確認させてもらうよ」
「資格ってなんだ? 蓮十郎」
「僕と勝負しよう、真蔵之介」
続く




