第二十四話 美味
「いっただっきまーーっす!」
ふー ふー ズルルルル
「う……んまあぁーーーーっ! なにこれ? めっっっっちゃ美味いやん! なあダーリン!」
「あ、ああ。ちょっと落ち着いて食えよ、猪子」
新千歳空港から札幌駅まで快速に乗って、三十分ほど。俺と五郎月猪子は、北日本最大の歓楽街・ススキノにやって来た。
時刻はまもなく夜の九時。さすがに腹が減ったので、名店立ち並ぶ「元祖さっぽろラーメン横丁」の手近なところに入って、遅い夕食というわけである。
いちおう食事をするにあたって俺は、ファストフードでもファミレスでも、なんならコンビニでもいいと言ったのだが
「やっぱなー、サッポロに来たら美味いもん食わんとな。なあ、ダーリン!」
ふー ふー ズルズル
という貴重なご意見を、今回は採用させていただくこととなった次第だ。それにしても、どいつもこいつもどうしてこう観光気分が抜けないのか。
「さっすがラーメンの本場やなあ。ちぢれ麵がひと味違うで! いや、豚骨スープやろか? それか、この焼豚かも」
ズルルルルルルルルルル
生まれてはじめての北海道グルメに、全身で感動を表現する猪子。一方、俺はというと、まあ普通に美味いラーメンだな、くらいにしか思えなかった。バカ舌だと笑わば笑え。どうせ俺には、インスタントの「サッポロ一番みそラーメン」あたりがお似合いなのだ。
「ほんで、これからどないするん? 百鬼会の本部って、どこなん?」
ズルッ ズルッ ズルッ
「んー。札幌の事務所は、ここから歩いて数分ってとこ。まあこんな夜だし、人がいるかどうかも怪しいけど、念のため見ておきたいんだよな」
そう話しているうちに、猪子はラーメン鉢を顔の前まで持ち上げ、喉を鳴らしてスープまで完食した。すると、おもむろにメニューに手を伸ばして
「さて、つぎは……っと」
「えっ? まだ食うの?」
「あたりまえやん! ウチの胃袋に火がついてもうたわ! あっ、つぎはこの味噌バターコーンにしよっかな。ダーリンはもうええの?」
さも当然という顔でのたまう猪子。彼女の持つ、人並外れたパワフルな行動力の源はこの食欲だったか。
「じゃあ、まだ食ってていいよ。俺、ちょっと事務所のほう見てくるから」
「ホンマ? 悪いなダーリン」
そう言って席を立った俺は、勘定を済ませて店の外に出た。携帯もあるし、まあはぐれることはないだろう。おかわりの注文のために店員を呼びつつ、ぶんぶんと俺に手を振った猪子に、俺は軽く目くばせをした。
色とりどりのネオン煌めく夜のススキノの大通りは、この時間になってもなお、行きかう人々の活気にあふれている。交差点を渡るとき、有名なニッカウヰスキーの髭男の看板が目に留まった。
猪子をラーメン横丁に置いてきたことは、我ながら悪くない判断だった。なにしろ俺は、これから殺し屋組織の本拠地へと足を踏み入れようとしているのである。どんな相手がいるかもわからない、まったく武器もないという状態で、他人の身を守る余裕など今の俺にはない。
「ここ……か?」
俺は、スマホの地図アプリが指し示した場所に着いたことを確認し、ゆっくりとその建物を見上げた。なんの変哲もない雑居ビルの看板に、ついに俺はその文字を見つけたのである。
HYAKKI☆KAI
確かに、ローマ字でそう書かれている。隠れもせず、世間に向けて堂々とその名を晒しているその事務所は、どうやらこのビルの三階にあるようだ。
「ここ……だな」
階段で上がってみると、思いがけずそのドアの向こうからはうっすらと明かりが漏れていた。扉の前で、俺はしばらく様子をうかがっていたが、ついに意を決してドアをノックしてみることにした。
なあに、危ないと感じたらダッシュで逃げだせばいい。いくら殺人請負業者とはいえ、来客をいきなりピストルで撃ってきたりはしないだろう。
コンコン…………
「はいっ、どうぞー! お気軽にお入りくださいませー!」
まもなく夜の十時になろうとする時間に、訪問してきた客に対してのものとしては、少々元気すぎる女性の声が俺を出迎えた。
「お客様は、当社は初めてでいらっしゃいますかー? もしくは、どなたかからのご紹介で?」
やたら声の大きい若い女性社員が、俺を出迎えた。グレーの制服を着ていることから、おそらくは受付の事務員かと思われる。そしてこの社内には、他の人間の気配は感じられなかった。
ひょっとすると、事務所の階をひとつ間違えているという可能性も捨てきれなかったため、俺はいちおう確認することにした。
「あの……ここ、百鬼会なんですか?」
「はい! 当社は百鬼会でございます」
「やってるんですか? こんな時間に」
「もちろん。二十四時間営業ですので」
コンビニじゃあるまいし、と一瞬考えたが、まあ業務内容からすれば深夜営業のほうがむしろ自然なのかもしれない。
「えっと……お姉さん。つかぬことを聞きますけど――」
この受付の事務員の顔を見ているうちに、ある人物の顔を思い出した俺は、彼女にひとつ質問してみた。
「お姉さんの身内で、ハンバーガーショップの店員さんって、います?」
「あ、はい! 私の妹が、大阪の難波にある『マックスバーガー』っていうお店でレジ打ちをやってますね。どうしてご存じなんですか?」
「いや、べつに、いいんですけど。はい」
マジか。まさかとは思ったが、この世の中は俺が思っているよりも相当に狭いらしい。
「そうしますと、本日はどういったご用件で?」
俺は、もう単刀直入に聞いてみることにした。というか、おそらく彼女はなんでも教えてくれそうだ。
「あ、あの――――ここに、霧崎蓮十郎って人、います?」
「ああ! 霧崎をご指名でいらっしゃいますか」
「え? いるんですか?」
(いるんかーい)
「あいにく、外出しておりまして」
「あ、いないんですね?」
(いないんかーい)
「ですが、もうまもなく戻るかと思いますので」
「も、戻ってくるんですか?」
(戻ってくるんかーい)
「少々お待ちいただけますでしょうか」
「ここで待ってていいんですか?」
(待ってていいんかーい)
「はい。よろしければ、そちらでどうぞ」
どうやら、ここで待っていれば蓮十郎に会えるらしい。俺は心の中で女性事務員にツッコミを入れながら、来客用の椅子に腰かけて、霧崎蓮十郎の帰りを待った。
それから、いったい何分経過しただろう。長い静寂に、思わず目が閉じそうになったそのとき、ドアの向こう側からリズミカルなノックの音が聞こえてきた。
ココンココンコン コンコン
「あ、お客様。ちょうど今、霧崎が戻ってまいりましたー!」
続く




