第二十二話 機内
「ほしたらつまり、その『霧崎蓮十郎』っちゅう男を探しに、これから札幌に行くわけやな?」
「ああ」
五郎月猪子と俺は、関西空港発新千歳空港行の日航機五六四便に搭乗していた。
五六四便――――やれやれ、また「五六四」か。俺はため息をつきつつ、航空券を懐にしまいながら、隣の席の猪子に返事をした。
ちなみに、腕利きメーキャップアーティスト・堺トオルがこの俺に施した渾身の美少女メイクは、すでに機内の化粧室ですっかり落とし、かわいらしい女装も解いてしまっていた。すこし名残惜しいが、女の子の姿のまま北海道の地に降り立つのもどうかと思った次第である。
「蓮十郎が所属する『百鬼会』の元締をしている本部が、札幌と那覇にあってさ。蓮十郎は札幌側ってことらしいから、実際に行って調べてみるんだ」
「なるほどな。ほんでさー」
猪子は、CAから注いでもらった機内サービスのオレンジジュースを飲み干しながら言った。
「百鬼会って、ようするになんなん?」
「なんでも、明治時代から続いてる闇の組織でさ。依頼を受けた相手から報酬を受け取り、標的となった人物を殺害するのがおもな業務、かな」
「はあっ? それって、ぶっちゃけ『殺し屋』やん!」
「猪子っ、声がデカいって」
俺は、右手で彼女の口を押さえながらたしなめた。どう考えても、一般人乗客だらけのジャンボジェット機内で大声でする話ではない。
「でも、そのレンジューローって、ダーリンと同級生なんやろ? その歳で殺し屋なんかやってるっちゅうこと?」
「俺が道場で剣の修行してたとき、蓮十郎は同じ家に住んでたからな。ま、一緒に修行してたわけじゃないけど……」
「ほな、ソイツは使われへんのん?」
「なにを?」
「もちろん、『極一文字』やがな!」
「それはわからない。当時ヤツはまだ小学生だったけど、類稀な剣の才能がたしかにあった。俺の修行を見ていただけで、スルガ式抜刀術の究極奥義を会得していないとは必ずしも言い切れない。それに――――」
俺は、冷めきったコーヒーの紙コップをすすった。
「かつて蓮十郎は俺ん家を出ていくとき、獄門刀を持ち去った」
「ゴクモントー? ああ、事件現場に刺さってたあの刀か。他にもあったんやな」
「極一文字のためだけに作られた、専用の武器だ。江戸時代から駿河家に伝わる、究極の名刀さ」
「ってことは、レンジューローがお父を殺したんか? 腹をブッタ斬って!」
「だから、声がデカいって!」
俺が制止しても、猪子の興奮は止まらない。
「殺し屋組織におって、どエラい剣の才能もあって、それを使うための日本刀まで持ってるんやろ? どう考えたって、お父を斬ったのはレンジューローやんけ! そうに間違いないで! イヤ、そうにキマリや!」
「だとしたら、わからないことがある」
「は? なにがや?」
訝る猪子を見据えながら、俺は言った。
「蓮十郎がキミの父親、五郎月剛造を殺した理由だよ」
「えーっと、つまり……どういうことなんでしょう? 羽生田警部」
「それでは、川本君にもわかりやすいように、事件をいったん整理してみることにしましょうか。先ほどの私の推理を、補完する意味でもね」
「お願いしまっす!」
警視庁殺人課の敏腕刑事・羽生田三郎警部と新米バディ・川本翔子警部補の二人は、なんと俺と猪子が搭乗している日航機五六四便に乗っていた。しかも、その席は俺たちのすぐ真後ろである。
当時、俺はこの事実にまったく気づいていなかったので、後から聞いてたまげたものだ(なお、この刑事コンビがどうして俺の行く先を正確に把握し得たのかは、みなさんすでにご承知の通りだ)。
「駿河真蔵之介はいくつかの状況証拠から、五郎月剛造を殺害した有力な容疑者として逮捕されました。その証拠とはなんですか? 川本君」
「えっと、殺害方法と、凶器と……あと、アリバイでっす!」
「そう。彼には究極奥義『極一文字』があり、専用の武器『獄門刀』があり、実際に殺害現場にいました。そして、もうひとつ」
「…………あっ、五郎月殺害の動機ですね!」
「その通り。彼の父親は五郎月に五千万円の借金があり、高校生の身でありながらそれを背負わされようとしていた。五千万円、人が死ぬのに十分な金額です」
「でも警部? そもそもなんですけど、仮に五郎月剛造を殺したって、真蔵之介の借金がチャラになるわけじゃないじゃないですか」
「そうなんです。結果的に事件後、真蔵之介は警察とヤクザの両方から追われる身となってしまいました」
羽生田警部は、コーヒーの紙コップに口をつけた(どうやら俺と同じものを注文したらしい)。
「だから、もし彼が本当に五郎月剛造を殺していたのなら、自分を狙う娘の猪子の命も断つべきです。そうしなければ、我が身が危ないんですから」
「ですよね!」
「にもかかわらず、真蔵之介は猪子を斬るどころか、殺しも殺されもせずに仲良く一緒に飛行機で札幌に向かっている。二人の間に、なんらかの和解があったということです。と、いうことは」
「と、いうことは……?」
川本翔子は、固唾を飲んで羽生田警部の言葉を待った。
「少なくとも駿河真蔵之介は、五郎月剛造殺害の真犯人ではありません。別の者が、意図的に彼を容疑者に仕立てあげたと見るべきでしょう」
「なるほど! さすが羽生田警部。よくわかりました。で……」
「で?」
「真犯人は、いったいだれなんですか?」
「真犯人は………。まだわかりませんね」
羽生田警部の言葉を聞いて、川本警部補は律儀にズッコケた(本人は、いたって大マジメらしいが)。
「それにもし、真犯人が真蔵之介でないとするならば、です。事件当時、ほぼ密室と思われる五郎月の社長室へ第三者がどうやって入り込み、どのように剛造を殺したのかという謎も残ります」
「はあ…………」
「いずれにしても、真蔵之介が追っている『霧崎蓮十郎』が、事件の核心を握っていることは間違いありません。我々は、それをじっくり見守ることにしましょう」
「それにしても、よかったですね警部。真蔵之介が、大阪府警に逮捕されなくて」
大阪府警の緊急配備については、もとはと言えば、本部への連絡を忘れた川本警部補のポカである。
「本当ですね。私もまさか、彼が女装して府警の包囲網をくぐりぬけるとは思いませんでした。なかなか侮れませんね、あの駿河真蔵之介という少年は……」
川本も、羽生田警部の見解に大きくうなずいた(もっとも今回の件については、正直俺自身も予想していなかったのだが)。
「さて、新千歳空港到着まであと三十分というところですか――――」
大きな欠伸をついてから、羽生田警部はシートにもたれかかって、ものの数秒のうちに寝息を立てはじめた。
「あのう、CAさん! コーラもう一杯おかわりお願いしまっす!」
続く




