第二十一話 検問
「ほな、つぎの方。順番に前のほう進んでいってや?」
関西空港の保安検査の直前、制服を着た大勢の警察官が、乗客一人ひとりに対して目を光らせていた。
日本航空のサービスカウンターで、直近の新千歳空港行きチケットを購入したあと、チェックインを済ませた俺たちは搭乗口へと向かった。
けっきょく俺は(不本意ながら)五郎月猪子を連れて北海道へと行くことになった。慣れない化粧と女装で女の子に扮した俺だが、大阪府警の前でつまらぬボロを出して捕まるわけにはいかない。不自然なところは、なるべく猪子にフォローしてもらおうというのだ。
そしてその代わりに、猪子は札幌までの自身のチケット代を要求してきたのである。これでまた、すっかり無一文となってしまった。天玉部長は、また俺のために逃走費用を用立ててくれるだろうか。
「お嬢ちゃんたち、二人で北海道行きはるの?」
「はい! ウチら姉妹だけで。札幌のおじいちゃんが亡くなったさかい、学校休んでお葬式いきますねん。なあ、お姉ちゃん」
警察官の質問に適当に話を合わせた猪子に、俺はコクリとうなずいた。はたして俺と猪子、実のきょうだいに見えるだろうか。
「あー、アンタがお姉ちゃん? すまんのやけど、ちょっとそのメガネ取ってくれへん?」
「は、はい」
俺は百均で買った伊達メガネを外し、ウィッグの前髪を少し指で払うようにしながら前を向いた。検問の担当警官は、眉間に皺を寄せながら俺の顔をのぞきこみ、手配書の写真と見比べた。
「……………………」
「あ、あの…………」
「ほー、お姉ちゃん。かわいい顔してはるねえ。ホンマ、ベッピンさんやわ」
警官のその言葉に、俺と猪子は心の中で胸をなでおろした。
「もうええかな? ほな行こ、お姉ちゃん」
「うん、猪子ちゃん」
搭乗チケットを返しながら敬礼をする警察官に、俺たちは会釈をしてその場を後にした。
信じられないことに、俺たちはすんなりと警察の検問をかいくぐることができたのである。ここを抜けてしまえば、飛行機の搭乗口まで俺たちの行く手を阻むものはない。
「どうやら抜けられたみたいだな、猪子」
「ホンマやね、ダーリン。よかったわ!」
俺と猪子は、ホッと安堵のため息をついた。
「それにしても化粧と女装くらいで、よく男とバレなかったな」
「そう言えばウチ、ダーリンのことずっと見てたけど、ダーリンってメッチャ姿勢がええやんな。歩き方がキレイやから、男やと思わんかったんちゃう?」
「うーん、まあそうかもな」
立ち姿や歩く姿勢が整っていることは、わりとよく指摘される。おそらく、幼少時からクソ親父に徹底的に古武術の型を叩きこまれたせいだろう。いくら変装で化けていたとしても、姿勢がだらしないと、きっと女性であるとは思われまい。
「ところで、猪子。たしか、妹が二人いるんだって?」
搭乗機の準備が整うまでの間、俺と猪子はベンチに腰掛けて話をしていた。
「うん! ダーリン、なんで知ってはるの? 次女の鹿子はおんなじ高校の二年生で、その下の蝶子はいま、パリに留学しとんねん」
「なあ、そのふたりだけには俺のこと――――」
「もちろん言わへんって! ウチら母親も違うし一緒に暮らしてへんし、そもそもそんなに仲良うないねん」
ちょうどそのときである。猪子の携帯に電話の着信があった。猪子は電話をかけてきた相手をスクリーンで確認すると、通話の開始ボタンを押した。
《――もしもし、猪子? いまどこにいるの?》
「ああ、鹿子かいな。まだ大阪市におるで? お父の葬儀と納骨のことやったら、ぜんぶ若頭の藤堂新吉に任せたさかい」
《じゃ、もう帰ってくる?》
「あー、それがな。ウチ、これからホッカイドー行くねん、サッポロ! しかも、だれと一緒やと思う? ――――なんと、駿河真蔵之介や!」
《駿河真蔵之介? どういうこと?》
「ふふん♪ 二人っきりで、婚前旅行や! ひょっとしたら、新婚旅行になるかもしれへんけど♡」
《………………》
「ほな、またな」
そう言って猪子は、言葉を失っていた妹・鹿子との会話を早々に切り上げた。
「……猪子さん?」
俺は困惑の表情をしながら、彼女の顔を見た。
「ん、どしたん?」
俺が呆れたような目をしていることに、はじめ猪子はまったく気づかなかった。しばらくして、急にハッと思い出したかのように
「あ、アカン。鹿子に行き先言うてもた」
「だからさあ! なんで言うんだよっ!」
そのころ、私立札憑高校にて。携帯で姉と会話していたその少女は、ちょうど話が終わったと同時に、手を挙げて発言した。
「すみません先生、私、いまから早退いたします」
「ええっ? な、なんでですか?」
「用ができたので。ごめんなさい」
「ちょっとお待ちなさい、五郎月さん、五郎月鹿子さん! いま、まだ授業中なんですよ?」
その若い女性の英語教師の言葉にも聞く耳を持たず、五郎月鹿子は足早に教室を出ていった(というか鹿子は、授業の真っ最中にもかかわらず、堂々と猪子と通話していたのだ)。教師も生徒たちも、あまりの傍若無人さに唖然としたままで。
「ふふふっ、ようやく見つけた。――――絶対、あんなアホの猪子なんかの手にはかけさせない」
マンションに戻った鹿子は自室のドアを開け、制服のままベッドに倒れこんだ。
女子高生にしてはシンプルすぎる彼女の部屋の中で、ひとつだけ特異なものがあった。それは、部屋の壁面すべてを余すところなく埋め尽くしている写真の数々。恐ろしいことにそれらはすべてこの俺、駿河真蔵之介景光をあらゆる角度から撮影しているものだったのだ。
五郎月鹿子は、不敵な笑みを浮かべながらつぶやいた。
「真蔵様。どうか、心配なさらないでくださいね。
――――私がしっかり、殺して差し上げますから」
続く




