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第二十話 変身

「おっ待ったせー! 愛しいハニーのお帰りやで、ダーリン♡」


 関西空港の発着ロビーで「ちょい待っといてなー」と三十分ほど待たされた俺の元に、五郎月猪子はウッキウキの笑顔で戻ってきた。

 五郎月剛造殺害事件の容疑者を捕らえるべく、大阪府警による特別厳戒態勢が敷かれている中、なんとも緊張感のない挨拶を披露した彼女に、とりあえず俺はひとつだけツッコむことにした。


「なんだよ猪子、ダーリンとかハニーとか」


「ええやないの。『マクラノスケ』なんてカタっ苦しい名前より、そっちのほうがずっと呼びやすいやん! それにウチももう、ダーリンに大事なトコ見られとんのやし。……ホンマは好きなんやろ、なあ?」


 たわわに実った胸に両手を当てながら、猪子は上目遣いで恥ずかしそうに言った。おそらく、決闘のときに特攻服とサラシをブッタ斬ったときに、乳房が全開になったことを言っているのだろう。彼女はそれを怒るどころか、喜んでいるような節まで感じられる(なんども言うが、俺は貧乳派だ。デカパイに用はない)。


「まあいいけどさ……。あれ? その人は?」


 そう言いながら俺は、猪子がひとりの女の子を連れてきているのに気がついた。


「ああこのコな、ウチの小学校からの親友(ツレ)やねん。電話かけて、来てもろたんや」


「どうもー。猪子(イノ)ちゃんの幼なじみの『堺(さかい)トオル』でーっす!」


 そう言って彼女は、両手を顔の前でひらひらと振った。猪子と同じく、いかにもイマドキのキレイ目ファッション。顔立ちもハッキリと整った、アイドル風ギャルである。俺は、少々気後れしながら右手を差し出した。


「ど、どうも。駿河真蔵之介です。よろしく、トオルちゃん。

 ………………んん? トオル?」


 その名前に違和感を感じた俺は、彼女の顔をまじまじとのぞきこんだ。


「あの、もしかしてキミって……」


「あはっ、わかった? 私ぃ、ホントはオ(・)ト(・)コ(・)だから」


 堺トオルはみずみずしい唇に人差し指を当てながら、いたずらっぽく微笑んだ。


「ええーーーーっ! お、男ぉ?」



「スッゴイやろダーリン! トオルちゃんは女装歴十二年、筋金入りの『男の娘(コ)』やねん! ウチと同学年(タメ)やのに、プロ級のメーキャップ・アーティストやねんで。な、トォールちゃん!」


 トオルの肩を抱きつつ、猪子は得意げに言った。たしかに声が若干ハスキーではあるが、見た目は正真正銘の美少女だ。


「それにしても……マジで女子高生にしか見えないな。すげえよ」


「うふふ。ありがと♪」



 ところで猪子は、こんなところに女装美人を連れてきて、いったいどうするつもりだというのか。


「それでトオルちゃん、どうやろか?」


「どうやろかって、なにが?」


「うーん、そうね……。うん、大丈夫! バッチリいけると思うよ!」


「だから大丈夫ってなにが!」


 イラつく俺に、猪子は当然のごとく言い放った。


「決まってるやろ? ダーリンを女装するんや!」


「な、なんだってーーーー!」




 それから俺たち三人は周囲に気を配りつつ、近くの多目的トイレにもぐり込んで施錠した。


「ほな、早いとこ頼むでトオルちゃん」


 つまり、俺に化粧を施して女の子に変装させて、警察の検問をかいくぐろうというのである。おいおい、いくらなんでもムチャだろ? 俺はハンサムでもイケメンでもない、ごく普通の男子高校生だぜ?

 だがトオルは、手早くメイク道具を用意しながら首を振った。


「ううん。じつは私もね、いろんな男性(ヒト)にメーキャップしたことあるんだけどさ。経験上、ダーリンみたいな顔の人って、化粧がすごく映えるんだよ!」


「しかし……」


「いいから、私に任せて。ダーリンをとびっきりの美少女にしてあげるから♡」


「とりあえず服は、ウチの持ってるヤツ使(つこ)うてな? さっき、ちゃんとウィッグも買(こ)うてきたさかい。フォンテーヌやで!」


「さっすが猪子(イノ)ちゃん! 準備がいいね!」


「勝手にしてくれ…………」


 ファンデーションから手をつけはじめたトオルに、もう俺はこの身を任せるしかなかった。



――――そして、三十分後。



「ハイ、完成! どう? 猪子(イノ)ちゃん、ダーリン」


「すっ、すごいやんトオルちゃん! ダーリン、メッチャ可愛(かわ)いなってるで!」


(ウソ…………。これが、俺…………?)


 鏡の中に映っていたのは見慣れた自分ではなく、生まれてはじめて見る美少女の表情だった。俺は思わず手のひらを顔に当ててみたが、やはりそれは俺の肌の感触に間違いなかった。

 それにしても、人間の顔というものは化粧とカツラでここまで変わる物なのか。俺は今日、人生の新しい扉を開けてしまったような気持ちになっていた。


「よっしゃ、これやったらだれもダーリンとは思わへんやろ。ほな、さっさと服も着替えて行くで!」


「お、おう。行くぜ――――いや、行きましょうか」


 猪子がスーツケースから引っ張り出してきたスカートに、いつの間にか嬉々として足を通している俺だった。



「それじゃ、私は帰るね。ダーリン、それから猪子(イノ)ちゃん。くれぐれも気をつけてね。バーイ!」


 俺の女装が完了したことを見届けると、堺トオルは多目的トイレの扉を開けて去っていった。それは、新たに手掛けた作品の出来に、十分満足しているような表情だった。


「じゃトオルちゃん、いろいろとお世話になりました!」

「おおきにありがと、トオルちゃん! ほな、またな!」


 あらためて旅支度を済ませると、俺と猪子は空港のチケットカウンターへと向かっていった。




続く



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