第十九話 謝罪
「ご、五郎月、猪子?」
最初に目が合ったとき、俺はその少女が猪子とは気づかなかった。緩めのカーディガンにミニスカルーズソックスという、いかにもJKギャル風コーデだったからである(整った顔立ちのせいか、こういう格好もなかなかキマっている)。
もっとも、走り屋然としていた「真剣上等」の文字が入った白い特攻服も、その豊満なバストを締めつけていたサラシも、俺がまとめてブッタ斬ってしまったので仕方ないのだが。
それにしても、面倒なことになった。まさか関西空港で五郎月猪子と鉢合わせとは。深夜の繁華街と違い、ここは発着客でにぎわう真昼間のロビーである。さらに武器も持ち合わせていない。こんな状態で、この凶暴な女を抑えられるのか?
そう考えていると、とつぜん猪子はその場にしゃがみこんで、深々と頭を下げてきたのだった。
「すまんかった、マクラノスケ! この通りや!」
なんと猪子は、土下座をして俺に謝罪してきたのである。とにかく乱暴でプライドが高く、傲岸不遜を絵にしたような彼女が、よもや衆人環視の中でそんな行動をとるとは、まったく想像もしなかった。
「お、おい猪子! 頼むから、もうやめてくれ!」
床に額を擦りつけるようにひれ伏す猪子をなんとかなだめすかして、俺は彼女を隣のベンチに座らせた。
「アンタと決闘して、ハッキリわかったんや。マクラノスケは絶対、ウチのお父を殺したりしてへん! って」
猪子は、俺の顔を見据えてそう言い切った。バイクや武器は斬られたが、命までは奪われなかったことで、どうやら確信したらしい。
彼女の瞳からは復讐心が消え、純粋で澄みきった色に変わっていた。怒りに燃えていない猪子は、こんなにも魅力的な美少女だったのか。
「そ、そうか。わかってくれたならうれしいよ」
「せやったら、ウチのことも許してくれるん?」
「許す許す」
「ホンマに? ――おおきにありがと! マクラノスケ!」
パアッと明るい表情に変わった猪子はそのまま飛びついてきて、俺の顔面を胸に抱きしめた。しばしの間、俺はやわらかな双丘の感触と、ほのかに甘いラクトンの香りを味わった(あらためて言っておくが、あくまで俺は貧乳派である)。
「それじゃ、俺はこれで……」
その場を立ち去ろうとした俺の腕を、猪子はすかさずギュッと握って言った。
「ちょっと待ちいや!」
「あの、まだなにか?」
「マクラノスケ! アンタ今、お父を殺した真犯人を探してはるんやろ? それ、ウチにも手伝わさせて!」
「なんだって?」
猪子の言葉に、俺は思わず耳を疑った。いったい彼女は、なにを言い出すのか。
「真犯人は、お父の仇敵や。見つけ出してちゃーんとオトシマエつけさせんことには、ウチの気がすまへんからな!」
俺を仇敵討ちの相手から外してくれたとはいえ、真犯人への憤りはまだしっかり残しているようだ。
「それに(ウチのパイオツ、見られてもうたし)……♡」
最後の方は、よく聞こえなかった。それどころか、猪子は真っ赤になってうつむいている。よもや、この娘が走り屋集団のリーダーなんて、いったいだれが信じるだろうか。
「あ、ウチが頭張ってた『猪一番!』は、今日付けで解散したさかい。これからはもう、親衛隊がアンタに迷惑かけることはないで?」
バイクもチェーンソーも失った。悪い仲間たちとも手を切った。五郎月猪子は、すでに新しい人生を歩みはじめているということか。
「せやから、ウチも一緒に連れてって! ほら、旅行の用意もしてきたさかい! あ、ウチの大阪弁がイヤやったら、これからは標準語に変えてもいいわよ?」
猪子は、ガラガラ車輪のついたスーツケースを見せてきた。そしてとりあえず、妙なアクセントの標準語は却下しておいた。単純に、似合ってない。
「気持ちはわかったけどさ、さすがに連れていくのは勘弁してくれよ」
これから俺は、殺し屋となった幼なじみに再会するかもしれない。ひょっとしたら、果たし合いになる可能性すらある。いくら手練れの元・走り屋少女とはいえ、そんなことに猪子を巻き込むわけにはいかないのだ。
「ふーん。せやけどマクラノスケ、本気で大阪出ていけると思てんの?」
「どういうこと?」
「ほら、見てみ?」
猪子は、ターミナルのロビー内を指さしながら言った。気がつけば空港の警備員のみならず、多くの警察官が集結して、発着客に目を光らせている。どうやら中には、職務質問を受けている者もいるようだ。
「アンタが大阪にいるの、もう警察にしっかりバレとるみたいやな。空港だけやないで。そこらじゅうで緊急配備がかかってて、これを突破するのはキビシイやろ」
おそらく、猪子の言う通りだろう。俺の顔は、もはや大阪中に手配されているに違いない。ましてや警察相手に立ち回りを演じるなど、どう考えても自殺行為だ。
「じゃあ、どうすれば……」
「ふふん♪ ウチに任せとき! エエ考えがあるんや!」
猪子は親指を立てながら、得意気にそう言った。
「ところで猪子、なんで俺が関空にいるってわかった?」
「うーん、なんとなくやね。ニオイでこっちかなーって」
「ふーん(キモっ)」
続く




