第十七話 無双
「ウオオオオリャアアアアッ――――!」
雄叫びを上げ、五郎月猪子がこちらに向かって真っ直ぐに突っ込んでくる。ハンドルから両手を離し、チェーンソーを頭上に掲げたままの姿勢で。まさに彼女らしい「猪突爆進」を体現した攻撃だ。
俺は日本刀を腰に構えつつ、一歩だけ右に移動した。
「ハッ! そんなんで避けれるかいっ!」
猪子のバイクが、俺の体に激突しようとしたまさにその瞬間。俺は、刀を構えたままの姿勢で左に向かって側転した。
(なんやて?)
体が九十度真横に傾いたそのとき、俺は鞘から抜刀した。それと同時に、猪子のバイクと交差するようにしながら刃を斬り上げたのだ。
ヴウンッ!
鈍い音がした。金属がぶつかり合うような音ではない。それはまるで、強い力で空間が捻じ曲げられるような奇妙な音だ。側転を終えた俺は、そのまま元の直立の姿勢に戻りつつ、呼吸を整えた。
「な…………なんや?」
猪子の乗ったワルキューレ・ルーンは、しばらく走った後に停止した。彼女は、なにが起きたのかわからないまま、バイクのシートに跨り続けていた。
しかし、つぎの瞬間。猪子の大型バイクが、縦の真一文字に切断されてしまったのである。前輪からヘッドライト、ハンドル、タンク、エンジン、シート、後輪に至るまで、すべてが半分に斬られ、音を立てて左右に倒れ落ちた。
さらに猪子の抱えていたチェーンソーも、丸ごとブッタ斬られてしまっていた。
「どういうことや…………?」
「スルガ式抜刀術究極奥義『極一文字』。いまの一閃によって、生身でないものはすべて斬った」
なお俺が側転したのは、猪子のバイクごと縦に真っ二つにするために、「一」の文字を「I」型にして斬ったからである。
「す、すべてやと…………?」
「すべてだ」
俺がそう口にしたのと同時に、それは起こった。猪子が胸に巻いていたサラシに真っ直ぐに切れ目ができたかと思うと、スパッと左右に分断されてしまったのだ。サラシの下に厳重に隠されていた猪子の豊かすぎる二つの乳房は、勢いよく夜の外気に解き放たれた。
「な、なんやこりゃぁーっ!」
「スルガ式に斬れぬものなし」
俺はそう言って背を向けながら、刀を鞘に納めた。するとその日本刀は、まるでガラスのコップが砕け散るように、粉々になって俺の手から消えた。
スルガ式抜刀術究極奥義「極一文字」は、獄門刀でなくとも再現することは可能だ。ただし、いちど奥義に使用した刀は、そのまま破壊消滅してしまう。極一文字に耐えられるのは、獄門刀だけなのだ。
これで、俺の剣の実力がわかっていただけただろうか。言い忘れていたのだが、ここで俺自身のつけた、駿河真蔵之介景光のキャッチフレーズを紹介しておこう。
【天下無双一文字斬】である。今後とも、どうぞお見知りおきを。
「猪子お嬢!」
あわてて猪子の方に駆け寄る藤堂とすれ違い、サイドカーへと近づいた俺は、側車の中で眠る右野に声をかけた。
「起きろ、右野」
「んむむ? ……おう、真蔵之介! 大丈夫だったか?」
「それはこっちの台詞だよ。まあ、無事でよかったけど」
右野は目をこすって欠伸をしながら、五郎月に捕まった顛末を述べた。
「いやー、コンビニでなくした財布のこと店員に聞いてたらよ、いきなり後ろからガツンってイカレてさ。だれかと思ったら、アイツらが五郎月一家なんだって? ちっきしょう、ふざけやがって」
「そうか。じゃ、行くよ」
「あ? どこにだよ?」
「決まってんだろ? 逃げるんだよ」
「猪子との決闘は?」
「もう終わったよ!」
俺は、藤堂のサイドカーのシートに跨ると、キーを回してエンジンをかけた。
「おい、真蔵之介、こんなデカいバイク、運転できんのかよ?」
「原付の免許しか持ってないし、スーパーカブしか運転したことないけどさ、まあ似たようなもんでしょ」
「おいおい、くれぐれも安全運転でな。俺はまだ死にたくねーからよ」
そう言いつつ、横の座席にキンキン声少年を乗せたまま、俺は新世界の街を後にしたのだった。
「すみませ~~~~ん、このバイクは後で返しま~~~~す」
藤堂には、いちおうそう言い残して。
「おケガはないですか? 猪子お嬢」
スーツのジャケットを脱ぐと、新吉は上から猪子に掛けてやった。猪子は決闘に負けたショックからか、呆然と立ち尽くしていた。
「あかん、あいつにパイオツ見られてもうた…………」
ピンク色の乳首まで丸出しにしてしまっていた猪子の表情は、これまでとは明らかに変わっていた。
「なんやろ? これ。こんな気持ち、ウチはじめてや」
「猪子お嬢、あの男は――――」
これまでに見たことのない表情を見せる猪子に、困惑する藤堂。だが彼が次に耳にした猪子の言葉は、到底信じがたいものだった。
「惚れた! 惚れたで! ウチは絶対、マクラノスケをウチの男にするで!」
「はあああああああああああ?」
そして、朝が来た。駿河真蔵之介、逃走生活四日目である。
藤堂から拝借したサイドカーは、営業時間前のGO!GO!ローンの、大阪にある支店のひとつの店頭に返してきた。盗んだわけではなく借りただけなので、ギリ犯罪ではないだろう。
「それじゃ、気をつけて帰れよ。寫眞部のみんなにもよろしくな」
俺は、一足先に帰京する右野に別れを告げた。本当は、昨日のうちに帰るつもりだったらしく、結果的に一晩大阪に泊ってしまったため、両親からの大目玉は避けられない見通しだ。
「おう、真蔵之介。お前もがんばれよ! じゃあな!」
そう言って、新幹線の出る新大阪駅へと向かおうとしていた右野だったが、なぜかくるりとこっちを向き直って、右手の平を立てたポーズを見せた。
「そう言や俺、財布なくしたまんまだったわ。悪いけど、金貸してくんない?」
右野陽平はせっかく持ってきた逃走資金の半分を俺から取り上げると、ようやく東京へと帰っていった。
RRRR―――― RRRR――――
「真蔵之介さん? 日本古武術伝承協会、関西支部の長谷やけども」
「長谷さん、お電話ありがとうございます。昨日伺った件ですよね。霧崎蓮十郎の……」
「そのことやねんけど、真蔵之介さん。悪いことは言わん。霧崎蓮十郎からは手を引きなはれ」
「えっ? どういうことですか?」
「うーん、ホンマはあんまり言いたないんやけど……。どうやら彼は『百鬼会』の最年少メンバーになったようなんや」
「百鬼会って…………まさか、あの?」
「せや。真蔵之介さんも知ってはるやろ? ヤバすぎんでぇ、あいつらは。まあ、そういうこっちゃから――――」
「ちょっと待ってください! あと一つだけ。蓮十郎の百鬼会って、元締はどっちのですか? 北海道ですか、それとも沖縄?」
「あー、それは……」
「お願いします! 長谷さんたちには、絶対にご迷惑おかけしませんから」
「…………札幌や」
これで、俺の次の行く先が決まった。
百鬼会か。どうやら霧崎蓮十郎は、プロの殺し屋になったらしい。
続く




