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第十六話 武器

「ほぉー、バックレんと来よったんか。ホメたるでぇ、マクラノスケ!」


 深夜二時。大阪市浪速区にある繁華街、新世界。この街のシンボルとして知られる高さ百八メートルの展望塔「通天閣」の真下に、俺は一人で立っていた。

 昼間は雑踏であふれるジャンジャン横丁も、今は酔客の姿も消え、不気味なほどに静まり返っている。


 けたたましいエンジン音を響かせつつ、そこへ意気揚々と姿を現したのは、大排気量のアメリカンバイクに跨る白い特攻服の少女、五郎月猪子。サイドテールの赤髪を風になびかせ、サラシを巻いた豊満な胸元が揺れている。


 そして彼女の横には、五郎月一家の若頭を務める切れ者の男、藤堂新吉が控えていた。身体にフィットした、高級そうなスーツを身にまとってはいたが、彼もまた猪子と同様に大型のサイドカーに乗っていた。そして、その側車(サイド)には――――


「み、右野(ミギー)! 大丈夫か?」


 俺は、藤堂のバイクの横に座っていた親友の姿を見つけ、思わず大声を上げた。右野陽平は座席に寄りかかったまま、静かに目を閉じている。


「おい猪子、右野に何をした! まさか、クスリでも盛ったんじゃ……」


 かわいそうに右野は、五郎月一家(コイツら)からなにかひどい目に遭わされて、気を失ってしまっているのだろうか。だが猪子は目を丸くして、右手を振りながら答えた。


「ちゃうちゃう、ウチらべつになーんもしてへんで。コイツ、さっきからずーっと勝手に眠っとるんや」


 は? 寝てんの?


Zzz…… Zzz…… Zzz……


 よく聞くと確かに右野の体から、規則正しい小さなイビキが漏れてきているではないか。


「まったく。人質に取られているというのに、よくここまで落ち着いていられますよね。そこだけは感心しますよ」


 そう言いながら藤堂は、ヘルメットをかぶったままの右野の頭をパシーンと叩(はた)いた。驚いたことに、そこまでぞんざいに扱われながらも右野は、一向に起きようとしないどころか


「……むにゃむにゃ、もう食えねえよ……」


 などと抜かしている。リアルでこの寝言を発するヤツを、俺は初めて見た。正直このまま、この男を大阪の地に置き去りにしていきたい気分である。


「もうええわ、そのガキはほっとき。マクラノスケ、正々堂々ウチと勝負や!」


 猪子はそう言うと、チェーンソーを取り出して起動させた。荒々しい機械音が、深夜の繫華街に鳴り響く。俺は、息を呑んで身構えた。


 今回の決闘に、けっきょく俺は武器を用意することができなかった。ホームセンターで金属バットや包丁などを購入することも考えてはみたが、使い慣れていない得物を持っていても、相手を利するだけだと思ってやめにした。


 すると猪子は、ニヤリと笑って藤堂の方を向くと、こう言った。


「新吉ィ! ええから渡したれや!」

「本当にいいんですか? 猪子お嬢」


 猪子がうなずくと、藤堂はサイドカーの脇に差してあった長物を、俺に向かって放り投げた。俺が受け取ったそれは――――ひと振りの日本刀だった。


「どういうことだ?」


 俺は、試しにその刀身を鞘から抜いてみた。街灯を反射して、まぶしく光るその刃文(はもん)には一点の曇りもなく、たしかな業物(わざもの)であることを感じさせた。無論、駿河家に伝わる名刀、獄門刀(ごくもんとう)とは比較にもならないが。


「せやから、それ使えっちゅうてんねん。ウチも丸腰の男相手にしてもしゃーないからな。獄門(ゴクモン)やないけど、ま、文句は言わんとってや♪」


 得意げに言い放つ猪子に、藤堂は心配そうに声をかける。


「しかし、あの男はスルガ式抜刀術の正統継承者なんですよ?」


「ハンッ! あんなヒョロガリ相手に、ウチが負けるかいな!」


 またか。俺は静かにため息をついた。


 たしかに俺は、身長百七十五センチほど。筋骨隆々ってわけでもない。単純に力やスピードなら、俺を上回る高校生は五万といるだろう。


 だが、この世の大半の人間は知らない。剣は力で振るのではない。体の芯で斬るのだ。



「さてと」

 猪子は、ワルキューレ・ルーンのエンジンをスタートさせた。


ブルルルルン!


「うっひゃあーーっ! 新吉、チェーンソーもバイクもごっつええ音しとるで! 絶好調やでぇ!」


「お褒めいただき、光栄です、猪子お嬢!」


 どうやら、極道の若頭兼悪徳金融経理部長の藤堂は、剛造(ボス)の長女である猪子の身の回りの世話だけでなく、機械整備(メカニック)も担当しているらしい。猪子の声から、彼女が藤堂に全幅の信頼を置いていることがよくわかる。どこまでも有能な男だ。



 それにしても、である。今回は運良く、猪子のいわゆる「舐めプ」のおかげで、刀を手に入れることができたが……。

 五郎月猪子の実力はまったく未知数だ。だが、なんとしてでも彼女を倒し、右野を奪還せねばならない。そして、忘れてはならないもっとも重要なことは――――猪子を殺してはいけない、ということだ。


(――できるのか? 俺に)


 当たり前の話だが、そもそも俺は殺人事件の犯人として多方面から追われている身なのだ(それも、無実の罪で!)。それが、逃走中に人殺しなどしてしまっては本末転倒ではないか。



 勝負は一回きり。二回目はない。一撃で猪子を戦意喪失させるためには――――



「さあ、イクでぇー! マクラノスケッ!」


「わかったよ、猪子。――――俺と勝負だ」


「……ソースの二度付けは禁止だぜぇ……」




続く



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