↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/26

第十五話 財布

「ご、五郎月(ごろつき)猪子(いのこ)?」


《お、ウチのこと覚えててくれて、ありがとさん。なあ、このやかましい声の男(ガキ)、お前の親友(ツレ)やろ?》


《真蔵之介(マックス)、俺のことは心配するな!》

《うるさいわボケ、お前は黙っとれ!》


 電話の奥から、右野陽平の声がした。どうやら、猪子らの手によって拉致されてしまっているらしい。


「どうして右野を――――」


 俺の疑問に、上機嫌な猪子は丁寧に答えてくれた。


《ウチらはお父(とん)の葬式のことで、本家のある西成(にしなり)に帰ってきとったんや。ほんで、なじみの店でお好み食べよ思ぉて新世界来たら、ファミマで財布なくしたー言うてキンキン騒いどる男(ガキ)がおってな。だれや思たら、お前の学校(ガッコ)の同級生やんけ!》


 やはり、ここは五郎月の本拠地(ホームタウン)だったか。なお、さっきから猪子は右野のことを「ガキ」と言っているが、かなりの身長差があるとはいえ、この二人はれっきとした同い年である。


 それにしても、よく右野が俺の関係者だということがわかったな。そんな俺の心の内を見透かすように、猪子に代わって電話に出た男が言葉を続けた。


《――失礼、私はGO(ゴー)!GO(ゴー)!ローンの経理部長を務めている藤堂新吉(とうどうしんきち)です。覚えてらっしゃいますか? 真蔵之介さん》


 その声には聞き覚えがあった。俺が五郎月剛造と会ったその日、同席していた男だ。やけに物腰が丁寧で有能そうな雰囲気をまとってはいるが、彼も立派なヤクザであり、五郎月一家の若頭である。


「右野はアンタが?」


《ええ。真蔵之介さんの交友関係は、あらかじめ頭に入れていましたからね。でもまさか、この大阪でお会いできるとは思っていなかったですけど》


 藤堂はそう言って笑った。猪突猛進一辺倒の猪子の傍には、こんなに冷静沈着な切れ者が控えていたのか。それにしても喧嘩上等、生涯無敗を誇る右野(ミギー)があっさり捕まってしまうとは、藤堂は腕っぷしのほうもかなりのモノらしい。


「右野(そいつ)は関係ない。早く解放してくれ」


《もちろん、無事にお返ししますよ。こちらの要望に応えてくれさえすれば》


「要望?」


《猪子お嬢は、あなたとの決闘をお望みです》


「決闘だって?」


《今夜二時、通天閣南本通りにある展望台の真下に来てください》


「通天閣の下?」


 真夜中とはいえ、よりにもよってそんな街中で果たし合いをするつもりなのか。やはり五郎月一家は、かなりイカれていると言うほかない。


《真蔵之介(マックス)、これはワナだ! 来るんじゃない!》

《黙っとれ言うとるやろが! いてまうどガキ!》


 電話の後ろから、またもや右野と猪子の声がした。ヤツは刑事ドラマの登場人物にでもなったつもりなのか。


《ええかマクラノスケ! 今夜二時に通天閣や。ちゃんと来いへんかったら、この男(ガキ)ぶっ殺すからな!》


 猪子の声のあと、電話は切れた。




 さて、本当に困ったことになった。まさか右野が、極道集団・五郎月一家の手に落ちてしまうとは。

 燃えたぎる復讐心で満ち満ちている長女の猪子とは、いずれ決着をつけねばならないとは思っていたが、まさかこの大阪の地で、それも「獄門刀」もなしに……。



 現在、夜の七時すぎ。雨はまだ降り続いており、串カツ屋の軒下で雨宿りしていた俺の前を、一人の若い女性が通りがかった。


 その女性は俺の前を通りすぎる瞬間、持っていた財布を落とした。それも、どう見ても「わざと俺の目の前に落っことした」というような不自然な感じで。そしてそれは、今時あまり見かけなくなった、口金のついた大きなガマ口(ぐち)だった。


「あの……落としましたよ、財布」


 そう声をかけると、その女性はビクッと跳び上がるような仕草をして、俺の方に振り向いた。


「あっ! ど、どうもすみません! ついうっかり落としてしまいましたでした。ありがとうございまっす!」


 ガマ口を受け取ると、やけにデカい声でその女性は礼を言ってきた。その言葉の感じから、どうやら大阪人ではなさそうだ。


「そうですか。それじゃ、俺はこれで……」


 そう言って立ち去ろうとした俺の手を、その女性はしっかりと握ってきた。


「いえ、あなたは母からもらった大切な財布を拾ってくれた大恩人です! ぜひ、お礼させてください。どうでしょう、そこの喫茶店(カッフェー)でお茶でも」


「いや、べつに結構です」

「まあ、そう言わずに!」


 こうして俺はその女性に、半ば強引に喫茶店に連れ込まれたのだった。




「お兄さん、注文何にしますか? 私はフルーツパフェにしまっす! もちろん、私おごりますので遠慮なく」

「じゃ、じゃあ俺はアイスコーヒーで……」

「はいな、フルーツパフェと『冷(レイ)コー』!」


 注文を受けた喫茶店の店員が、キッチンに向かってそう叫んだ。アイスコーヒーを「冷(レイ)コー」と呼ぶ文化は、とうに廃れてしまったと思ったが。


「それでお兄さん、大阪(こちら)には観光で?」


「はい、まあ」


「私もです! 奇遇ですね! 楽しいですよね、大阪……」


 そう言いつつも、なぜかその女性はキョロキョロして落ち着かない様子だった。お冷をグッと飲むと、彼女はさらに話を続けた。


「お一人ですか?」


「いや、友達(ツレ)がいるんですけど、ちょっとはぐれちゃって。これから探しに行こうと思ってて」


「そうなんですか、見つかるといいですね!」


 やがて運ばれてきたフルーツパフェを、彼女は美味そうにバクバク食い出した。俺はアイスコーヒーをすすりながら、妙に怪しいこの女から早く離れることだけを考えていた。


「それでですね、お兄さん。お礼なんですけど」


「いりませんよ。目の前で落とした財布を拾っただけなんだから」


「そうはいきません! 遺失物法第二十八条において『物件の返還を受ける遺失者は、当該物件の価格の百分の五以上百分の二十以下に相当する額の報労金を拾得者に支払わなければならない』とあります。つまり、落とした額の五パーセントから二十パーセントの礼金を支払う義務が――――」


 やけに法律に詳しい女である。彼女がガマ口をパカッと開くと、中には小銭だけがジャラジャラと入っていた。数えてみると、総額三百円。


「あのぅ、それではお礼として二割の六十円。お支払いしまっす!」


「だから、いりませんって」


「いいえ! それではどぉーしても私の気がすみませんので! 少ないですけど、ぜひ受け取ってください!」


 彼女から手のひらに押し付けられた小銭を、しかたなく俺は指で数えた。


「ん? これギザ十(じゅう)だ」


 受け取った小銭の中に、縁(ふち)にギザギザの溝が彫られた十円玉を見つけた。最近は、あまり見かけなくなった古いコインだ。


「あ、それ財布に入れておくと幸運を呼ぶんですって。使わないで持っとくといいですよ!」


「そうですか、ありがとうございます。――――じゃ俺、そろそろ行きますんで。コーヒーごちそうさまでした」


「はいっ! こちらこそ、大変お世話になりまして、ありがとうございました! どうぞくれぐれもお元気で!」


 元気よくぶんぶん手を振るその女性に会釈をしながら、俺はそそくさと喫茶店を後にした。




「――あの、どうでしたでしょうか? 羽生田警部」


 俺が店を出たことを確認してからその女性は、自分と背を向けるようにして座っていた男に声をかけた。


「ちょっと芝居がアレだったけど、まあいいでしょう。上出来です、川本君」


 警察官となってはじめての大役を、なんとか無事に成し遂げたことに、川本翔子警部補はホッと胸をなでおろした。


「彼に渡したあのギザ十には、発信機が内蔵されています。警視庁(ウチ)の科捜研自慢の逸品ですよ。まあ、彼が君の言った迷信を信じて、ずっと持っててくれればいいんですけど」


 とのことである。俺はこの事実を後から聞いたのだが、あの小さく薄い十円玉にそんなものを仕込めるとは。日本の最新技術(テクノロジー)はまだまだ捨てたものではない。


「でも警部。真蔵之介を逃がしてしまって、本当にいいんでしょうか? 今週中に彼を逮捕しないと――」


 川本翔子の言葉を遮るようにして人差し指を立てながら、羽生田警部ははっきりと告げた。


「私たちの目的は、五郎月剛造を殺害した真犯人を逮捕することです」


「ええっ? そ、それじゃあ、真蔵之介は真犯人ではないんですか?」


「――――もう行きますよ、川本君。フルーツパフェ、早く食べちゃいなさい」


 ブレンドを飲み干すと、羽生田警部は立ち上がって言った。




続く



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。