第十四話 名物
警察からの追っ手が、着々と迫るそのころ。俺は大阪市浪速区恵美須東、俗に「新世界」と呼ばれる繁華街にいた。高くそびえ立つ展望塔「通天閣」で知られる、コッテコテの街だ。
「やっぱよー、大阪に来たら美味いもん食わねえとな。なあ、真蔵之介!」
逃走資金を届けにわざわざ大阪まで来てくれた俺の親友、右野陽平はまだここにいた。俺のそばにいると危険なので、早く東京に帰った方がいいと諭したのだが、あいにくヤツは聞く耳を持たなかった。
「あのなあミギー。俺は観光で来てるんじゃないんだからさ。なんか食いたいんだったら、一人で食べて一人で帰ってくれよ」
「そういうこと言うなよー! ここは俺がおごってやるからさ♪ なにがいい? お好み焼き? たこ焼き? どて焼き?」
「なに焼きでもいいよ。食ったら帰りなよ?」
大阪ならではの飲食店が所狭しと立ち並んでいるこの「ジャンジャン横丁」は、その賑やかで雑多な雰囲気から新世界の名物となっている。あふれんばかりの観光客でごった返すこの通りを、俺と右野は店先を品定めしながら歩いていた。
「おい、真蔵之介、あれ!」
「ん?」
そのとき、制服姿の警察官が二人、俺たちのそばを通り過ぎていった。ただのパトロール中のおまわりさんのようで、俺とは目も合わせなかった。一方、右野はわけのわからないポーズで固まったまま、警官が通りすぎるのをじっと待っていた。
「ふう…………ヤバかったぜ」
「緊張しすぎだろ、ミギー。あんまヘンな動きすると、かえって怪しまれるよ」
「でもよ、見つかったらヤベえじゃん。怖くないのかよ?」
「うーん。大事なのは、街に溶け込むことかな。いるのかいないのかわからないような、そんな絶妙な雰囲気を醸し出すことが必要ってこと」
「さすが、『普通が服着て街歩いてる男』だな!」
そりゃ、存在感が服着て街歩いてる右野にはできない芸当だろ。俺はあえてそう口には出さずに、店を探して歩き続けた。
「でも俺、さっきデカいハンバーガー食ったばかりで、そんなに腹減ってないんだよな。……なあ、ここなんかいいんじゃない?」
「おお、串カツ屋か! いいな、安そうで」
俺たちは煌びやかなネオンも看板もない、いかにも庶民的な串カツの店に入っていった。
「――――いいか、真蔵之介。串カツは、まずこの共有ドブ漬けソースに付けて、それから食べるんだ」
右野は、運ばれてきた串カツの盛り合わせから一本を手に取り、誇らしげに俺に解説してきた。テーブルには、真っ黒な自家製ソースがなみなみと入ったアルミ製の容器が置かれていた。
「ふーん」
「ただし! 一回串カツを齧ったら、それにまたソースを付けるのはご法度だぜ」
「ふんふん、なるほど。衛生的だな」
「これが、大阪名物『ソース二度付け禁止』ルールだ。よく覚えとけ」
右野はそう言いながら、ソースをたっぷり付けた串カツをほおばった。
「熱いっ! 熱熱熱熱――――」
熱かったらしい。右野はあわてて、氷の入ったコーラを口に流し込んだ。この男は、昔からかなりの猫舌体質なのだが、本人がまったくそれを考慮しない食べ方をしばしば披露してくれるのだ。
「大丈夫?」
「――――おう、揚げたては熱いから気をつけろ」
右野に言われなくても全人類が知ってることを聞きながら、俺は皿の上の串カツに手を伸ばした。
そんなこんなで、大阪名物の串カツをひと通り堪能した俺たちだった。しかし、いざ支払いの段になると、ここをおごると言っていた右野の顔色が変わった。
「――――ヤベえ、財布がねえ!」
財布がないらしい。本当に右野といると、騒動には事欠かない。
「えっ、なんで? さっき、マックスバーガーにいるとき持ってたじゃん」
「あー、ひょっとすると、あのコンビニで買い物したときに忘れてきたかも!」
「どうすんの? この串カツ屋入ってから、もう一時間くらい経つよ?」
「ちょっと戻って見てくる! それから、交番に紛失届を出して――――」
「いや、警察は勘弁してくれよ」
コイツは、今俺が置かれた状況を分かっているのか?
「あ、そうか。とにかく俺は戻るから、真蔵之介はこの店で待っててくれ!」
そういうが早いか、右野は串カツ屋を飛び出していった。
あとに残された俺は、心配そうな表情の串カツ屋の店員にとりあえず自腹で払いを済ませると、店の外に出た。
(やれやれ。やっぱ、早く帰ってもらえばよかったな)
やがて、頭上からポツリポツリと大粒の水滴が落ちてきた。突然のにわか雨に、俺は串カツ屋の店先で雨宿りをすることを余儀なくされたのである。
それから一時間、二時間……。そして三時間経っても、右野は帰ってこなかった。いったいヤツは、どこのコンビニまで戻ったというのか。新世界の空は、いつしか夕方から夜へとその色を変えていた。
RRRR―――― RRRR――――
そのとき、俺の携帯が鳴った。発信元は、右野の携帯である。俺は、一瞬出ることをためらったが、緊急事態である。応答ボタンを押して、俺は電話に出た。
「もしもし、右野? いまどこにい――――」
そう言いかけた俺の耳に聞こえてきたのは、いつものあの甲高いキンキン声ではなかった。
《おう! ひさしぶりやな、マクラノスケ。まだ生きとったんかワレ?》
信じられないことに、それはまさしく五郎月の娘、五郎月猪子の声だった。
続く




