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第十三話 警部

コンコン


 会議室のドアをノックする音がした。男は、手にしていた資料(ファイル)から目線を上げると、静かに返事した。


「ん、入りなさい」


「失礼しまっす!」


「君、お名前は?」


「川本(かわもと)翔子(しょうこ)警部補であります! 二十三歳独身。好きな食べ物はフルーツパフェ。特技はトライアスロンで、大会での優勝経験もあります! 帝皇(ていおう)大学法学部を卒業し、本年度よりこちらの警視庁殺人課に配属となりました。よろしくお願いいたしまっす!」


 ピッと敬礼した後、川本翔子は直立不動で自己紹介した。大学出たてでいきなり階級が警部補ということは、在学中に難関である国家公務員採用総合職試験に合格しているという証だ。つまり彼女は、まごうことなきキャリア警察官僚。エリート中のエリート警官である(と、祖父江は言っていた)。


「声デカいね、君」


「つい、やる気と元気があふれ出てしまいまして、ご迷惑おかけしまっす!」


 深々と頭を下げた川本に、その男はすこしだけ笑みを浮かべながら言った。俺的には、川本翔子には【超絶元気(チョウゼツゲンキ)刑事娘(デカガール)】というキャッチフレーズを贈りたい。


「まあいいや。私はね、羽生田(はにゅうだ)三郎(さぶろう)。今回の五郎月剛造殺害事件について、単独で捜査の担当をすることになりました。今日から川本君は、私の相棒(バディ)ね。よろしく」


「了解しておりまっす、羽生田警部!」


 エリートの川本と異なり、警視庁殺人課で名を上げて警部に昇進した羽生田三郎(四十四歳独身)は、文字通り叩き上げの刑事(プロ)だ。物腰は柔らかく口ぶりも穏やかだが、ほんの少しの隙や綻(ほころ)びをも見逃さない眼光の鋭さがある(少々、キザでエキセントリックな点は否めないが)。


「じゃ、行きましょうか」


「あの、ど、どちらへ?」


 舶来のスーツの裾を翻らせ、足早に会議室を出ようとする羽生田に、川本は驚きの声を上げた。


「決まってるでしょ? 被疑者を追います。そうそう、今日から一週間はお家には帰れないと考えていてください。無理だと思うなら、今すぐ辞表を書いてくださいね。私は、べつにどちらでもかまいません」


「いえ、もちろんお供させていただきまっす!」


 羽生田の言葉に、川本は迷いなく返事をした。凄腕のベテラン刑事として名高いこの警部に、「労働基準法」や「働き方改革」といった概念は通用しない。

 それよりも、数々の難事件を解決し続けている羽生田のそばで仕事ができることに、新米刑事の川本は大きく期待をふくらませていた。


「川本君…………やっぱりちょっと声量下げて」


「はいっ」


 警視庁の廊下を歩きつつ、ふたりの刑事は駐車場へと向かった。



 さて。現在殺人犯として、大阪市内を逃走中の男子高校生・駿河真蔵之介景光たるこの俺が、どうして東京千代田区にある警視庁内をこと細かく描写できているのかというと。

 前にも言ったが、この事件が解決した後で、当時のことを個別に取材しているからである。もちろん、警察関係者に対しても然り。今後はもう、いちいちこうした説明を挟むことはないが、とくに疑問に思わず普通に聞いていただければ幸いだ。


「あ、運転なら自分が……」


「いや、今は私がやりますよ。川本君は、今回の事件の全資料に目を通しておいてください。これ、最新のものです」


 ハンドルを握った羽生田警部は、川本に資料を手渡しながら言った。刑事の車といえば地味なシルバーのセダンが定番だが、ふたりが乗り込んだのはなんと真っ赤な旧式のフォルクスワーゲン・ビートルだった。

 この車は、羽生田の趣味なのだろうか。川本は丸っこい車体のシートに座ると、事件の詳細が記されたファイルのページをめくりはじめた。


「それにしても、羽生田警部。これだけの大事件を、しかも単独で捜査を任されるなんてすごいですね! やはり、警部のこれまでの実績が評価されて――」


「いやあ、そうじゃありませんよ。今回は、被疑者を一週間以内に見つけろと上から厳命されていますからね。なるべく世間の耳目を集めぬよう、隠密行動が得意な私に一任しておいて、なにかミスがあったら容赦なく尻尾を切るでしょう。そういうところです、警察は」


「そうなんですか……」


「あ、警察(ウチ)に入ったばかりの川本君に話すことじゃなかったですね。いや、失敬」


 川本は一瞬だけ目を伏せて逡巡(しゅんじゅん)したが、すぐに気持ちを切り替えて資料を読み直しはじめた。見た目の通り、前向きで頑張り屋な性格である。


 そして羽生田三郎警部には、俺から【独断潜航(ドクダンセンコウ)一匹狼(ローンウルフ)】というキャッチフレーズを進呈しておこう。



「――それで警部、この被疑者の駿河真蔵之介景光って高校生なんですけど」


「はい?」


「本部への移送中に、逃走したんですよね。被害者・五郎月剛造の娘からの、事故を装った妨害工作によって……」


「そう。いまのところ、この駿河真蔵之介景み……長いな。真蔵之介の行方は掴(つか)めていません」


「では、我々はいったいどこへ向かって? 真蔵之介が持ち去ったらしい携帯(スマホ)からも、位置情報は検知できないということですが」


 運転中の羽生田警部は前方を向いたまま、懐から携帯(スマホ)を取り出して川本に画面を見せた。


「川本君。これ、知ってる?」


「えーっと。たしか、自作小説をネット上に公開できるサイトですよね。くわしくは存じませんけど」


「アマチュア作家が書いた作品を、無料で自由に読めるんです。いやいや、素人(アマ)といってバカにできませんよ。けっこう名作力作もあったりして」


「で、これがなにか?」


「昨日投稿されたばかりの、ペンネーム『HARUNO』という人の作品がありましてね。読んでみましたが、とある高校の軽音楽部を舞台にした青春小説でした。今後の展開も楽しみな一本です」


「はあ」


「じつは真蔵之介には、隣家に住む女の子の幼なじみがいます。同じ高校の後輩で、文芸部に所属している文学少女だとか」


「警部、それって……」


「彼女の名は、恋ヶ窪春乃」


「こいがくぼ、は(・)る(・)の(・)? それじゃ、この小説は――――」


「彼女の作品です。それでですね、このサイトでは読者からの応援コメントを自由に送信することができるんですけど」


 車が信号待ちの間、羽生田警部は携帯(スマホ)の画面をスクロールさせて、この小説のコメント欄を表示させた。


「――――ほら、この匿名ユーザー。ずいぶん情熱的に感想を述べてるんですが、その最後に奇妙な一文があります」


「えー、『なんばマックスおなかペコペコ昼ごはん』? なんでしょう、これ?」


「難波(なんば)といえば、大阪市の有名な繁華街ですね。ここには、ハンバーガーチェーンのマックスバーガーが一店だけあるようです」


「つまりお腹空いたから、この店でお昼ごはんを食べる、ということですか?」


「このコメントを書いたのは、間違いなく真蔵之介です。彼は、幼なじみの少女に明日の居場所のメッセージを伝えたかったんでしょう」


「すると、真蔵之介は――――」


「彼は今、大阪市にいるってこと。すでに、大阪府警には連絡を入れてあります。明日の昼までに難波に着くよう、交代で休憩しながら運転していきましょう」


 というわけで、俺の渾身の連絡メッセージは、警視庁から捜査を一任されたこの刑事にあっさり発見され、解読されたというわけである。

 それにしても、たったこれだけの材料で東京から大阪まで即行してしまう、羽生田警部の決断力とフットワークの軽さたるや。


「さすがでっす! 警部!」


 羽生田警部は一路大阪に向けて、自慢のビートルを東名高速に乗せた。




続く



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