第十二話 親友
「お待たせしましたー! 番号札五六四番でお待ちのお客さまー!」
大阪・難波に一店だけあるハンバーガーチェーン「マックスバーガー」で、俺は昼飯の提供待ちをしていた。手にしていたレシートの番号と照らし合わせてから、俺は受取カウンターへと近づいていった。
五六四番――――「五六四」、か。俺は妙な縁起の悪さを感じて、とっととこのレシートを手放したいと思った。
「三段重ねのジャンボマックスとポテトM、コーラMのセットでーす。ごゆっくりどうぞー!」
やたら声の大きい元気な女店員から注文していたバーガーセットを受け取ると、俺は適当な席につき、アゴが外れるほどバカデカいハンバーガーにかぶりついた。もう腹がペコペコで死にそうだった。
「おー、ここにいたのかよ! やっぱ、マックスバーガーが好きなんだな真蔵之介だけに!」
そのとき、肩を思いっきり叩きながら俺に声をかける者がいた。振り返ってみなくても、そのキンキン声を耳にするだけで誰なのかは判別できる。同じ陣風高校の寫眞部員にしてクラスメイトで親友、右野陽平だ。
「よおミギー! よく来たな。すぐわかった?」
「おお、バッチリな。祖父江の言ってたとおりだったぜ」
俺は食べかけのバーガーをトレーの上に置き、右野と熱い抱擁を交わした。警察に逮捕されてから三日ぶりに会った親友との再会は、正直思わず涙がこぼれそうになるくらいうれしかった。そして、学校をサボって来てくれたであろうことにも泣けた。
「でもよー真蔵之介、こんなに人だらけんとこにいていいのかよ? 警察から逃げてんだろ? もっと、人知れずアジトにセンプクとかよー」
ミギー、声がデカい。いったいコイツは、俺を助けに来たのか殺しに来たのか。
さて。現在逃走中で連絡もままならない俺が、どうしてこの大阪の地で無事右野に会えたのかというと、である。
祖父江から、自分の携帯からの発信を止められていた俺だったが、とにかく今、なんとかして寫眞部員たちに連絡を取りたかった。いろいろ手段を考えているうちに、俺は逮捕された朝に春乃が言っていたことを思い出したのだ。
春乃は、最近書きはじめた小説をサイトにアップする、と話していた。そこで、彼女が利用している小説投稿サイトを検索すると、ちゃんと新作タイトルが公開されていたのだ(ちなみに「HARUNO」というペンネームだった。かわいい)。
読んでみたが、なかなかに胸がキュンとする青春小説であった。俺はコメントを送るフォームに応援メッセージを書き込むと、最後に「なんばマックスおなかペコペコ昼ごはん」とだけ記した。
俺がしたのはそれだけだったが、祖父江はしっかり俺の思いに応えてくれたようだ。さすがの警察も、よもや幼なじみの女の子の小説サイトまではチェックしていないだろう。
「それでさ、あの……」
「ほいよ、……これ!」
言い淀んでる俺に、右野は懐から取り出した封筒を俺に渡してきた。開いてみると、中には万札が数枚入っていた。「おなかペコペコ」っていうのは、ようするに金の無心だ。
「とりあえず、十万。そのうちの一万円は俺からな♪ 天玉部長は九万しか渡してくんなかったからよ」
「ありがとミギー! 助かる~」
ここのハンバーガーを食って、ちょうど所持金が底をついた俺にとって、これは命をつなぐ大事な金だった。長谷さんからの連絡内容によっては、また別のところへ向かう必要もあるかもしれないし。
「ところで、どうやって大阪まで来たの?」
「新幹線でな。その費用も、天玉部長にせっついてさ――――」
RRRR―――― RRRR――――
そのとき、右野の携帯が鳴った。
《駿河氏! その逃走資金は進呈したわけではなく、あくまで我輩からキミに融資したのだからな。一円単位でツケてあるから、キチンと返済してくれよ?》
《天玉部長、もういいですか? ――駿河くん、祖父江です。右野くんと無事に会えたようですね》
天玉部長に続いて、祖父江修身が電話に出た。右野の携帯なので、警察に感知される心配もないということか。
「ああ、祖父江。金の件、ありがとな。助かったよ」
《それでですね。駿河くんが言っていた霧崎蓮十郎について調べてみましたが、あいにくまだほとんどわかっていません。犯罪歴など、表に名前が出る記録は見あたりませんね。こちらは、引き続き調査していきます》
「そうか、わかった。俺の方も、調べてるから」
蓮十郎については、今のところ進展なしか。それにしても、祖父江の情報網にもまったく引っかからないとは。
《それより、五郎月の娘たちについてですけど。彼女たちの素性が、すこし明らかになりました》
「うん」
俺は現在、警察だけでなくヤクザの五郎月一家にも命を狙われている。そっちの情報も、ぜひ知っておきたいところだ。
《殺された五郎月剛造には、三人の実の娘がいます。みな、私立札憑高校の二年生ですね》
札憑高校といえば、落ちこぼれの巣窟・不良たちの育成場として悪名を轟かせている私立高校だ。それも、まさか全員が俺と同じ学年なんてな。
「三姉妹が同い年? てことは、三つ子かな」
《いや、三つ子ではありません》
「は? どゆこと?」
俺は、祖父江からなぞなぞでも出題されているのかと思った。三つ子じゃないです四つ子です、とでもいう気か?
《ようするに全員、腹違いなんです。偶然、三人とも同じ一月一日生まれですけど》
なんと、そんなことがあるのか。まあ、五郎月一家のむちゃくちゃ加減は、今にはじまったことではないが。
《どうやら生まれた時間の差で、姉妹の序列が決まってるようですね。まず、駿河くんが出会った長女、猪子。走り屋集団「猪一番!」のリーダーです。関西弁で話すなど、父親の剛造への愛情はもっとも深いと言えます》
白い特攻服と赤髪のサイドテール、そしてサラシを巻いた巨乳が目に浮かんだ。猪子は、あの歳で暴走族を仕切っているのか。アタマの出来はともかく、その戦闘力の高さと荒くれ者のメンバーを束ねるカリスマ性は、特筆すべきものがある。
《つぎに、次女の五郎月鹿子。機械に強い、理数系の天才少女ですね。猪子のような肉体的な強さはありませんが、冷静冷徹に頭脳で勝負するタイプです》
札憑のような落ちこぼれ高校にも、天才少女が控えているのか。力任せに突っ込んでくる猪子とは違い、曲者の匂いがプンプンする。
《そして、最後に三女の蝶子なんですけど……》
「どした?」
《どうやら札憑高校を休学して、現在はフランスのパリに留学しているようです。彼女については、それ以外の情報がなにもありません》
「猪、鹿、蝶……か」
思うに五郎月剛造は、煙草だけでなくかなりの花札好きらしい。破天荒なヤクザの娘、それも三人から本気で命を狙われていると思っただけで、俺は暗澹たる気分になった。
《それから最後に。駿河くん、残念なお知らせをひとつ》
「まだあんの?」
それは、これまでの残念なお知らせだらけの情報に、止めを刺すような祖父江の宣告だった。
《警視庁は、今回逃走中の駿河くんを追うため、とある凄腕のベテラン刑事に白羽の矢を立てました。情報統制されているこの期間内にきみを逮捕すべく、彼は独自に捜査を行うようです》
「凄腕のベテラン刑事?」
《はい。その名は羽生田三郎。警視庁殺人課の警部です》
続く




