解凍、雪原のリビング
2度目の寒空異変。
リビング中央にできた雪原は、ザラメの炎で水たまりへと姿を変えた。
カーペットが水を吸収、吸いきれなかった水分はザラメとコスズが雑巾で拭き取った。
「ふぅ、大事に至らなくて良かったです」
「俺は大事に至ってるんだが?! ……ぶぇっくしゅっ!!」
胸を撫で下ろすザラメに小言を吐きつつ。
上着やブランケット、毛布に包まり、座布団にしゃがんで今も震える俺。
もちろん、トナカイの魔改造は解体されている。
「ザラメもやってみろよトナカイ……俺が横で爆笑してやるから……ズズッ」
啜り上げるも、鼻水は絶えず流れてくる。
毛布を握る手は悴んで痛い。
暖房の設定温度を最大にしたって言うのに、まだ寒さを拭えない。
「相変わらずの減らず口が叩けるってことは、大丈夫ですね」
唇まで紫にした状態のどこが大丈夫なんだか。
ちゃぶ台の前に座る俺に、ザラメが温かい緑茶を出した。
白くなった両手で湯呑を握る。
ちょっと熱いぐらいだが、今の俺にとっては、まさしく天からの贈り物。
飲み干せば、腹の底にじんと熱が宿り。
ほうと大きく息を吐けば、心が解きほぐされているのを感じる。
「結局、何があったんです?」
怪訝な顔で尋ねてくるザラメに、コスズに代わって経緯を説明してやった。
「サンタさんになるため、郡さんをトナカイにしようと色々盛り付けていたら、熱が入ってこうなってしまった、と」
お盆を抱えたまま、ザラメは俺の説明にふむふむと頷く。
親指と人差し指を伸ばして顎の下に添える様は、事情聴取をする探偵気取りだ。
「それで、リビングがあんなことに」
「ああ、そうだ」
止めどない鼻水を噛もうと、ティッシュの箱に手を伸ばす。
「郡さんが新たなフェチに目覚めてタイツマンになっていたわけじゃないんですね」
「そんなイカれた趣味に走ってたまるか!」
くるんだティッシュをゴミ箱に放り投げるも、呆気なく床へと転がっちまう。
それもそうだ。ゴミ箱は雪山のような様相を呈していた。風情の欠片もねぇがな。
今日だけでティッシュの消費量が凄まじい。どっかのお子さまのせいで。
拾ったティッシュもろとも、溢れるゴミを押し込んでやる俺に、ぽつりと声がかかる。
「ごめんなさい…………ワタシがサンタになれば……デウス様を……お祝いできるって……」
コスズがしゅんと頭を垂れている。
「デウス様、いつも……祝う側……だから。ワタシがお祝いしたら……喜んでくれる……」
神はあくまで祝福を与える側。
コスズはそんなデウスに、祝福を与えたかった、と。
ツカイマが、随分と大きく出たものだ。
「でもコスズちゃん。協力してもらっている郡さんが具合を悪くすれば、デウスさんは喜ばないと思います」
屈んだザラメが、如何にも姉貴みたいなことを言っている。
「せっかく手伝ってくれているんです。郡さんのことも、尊重してあげてください」
俯き、小さく首を縦に傾けるコスズ。
腕を前で下ろし、躊躇いがちに指先をもじもじと弄っていたが、やがて意を決したらしい。
ほんの若干潤んだ目を向け、小さく口を開く。
「郡……ごめんなさい……」
淡白でありながらも、言葉通りの気持ちが籠もったか細い声音に。
……なんつーか柄じゃねぇから、ボリボリと頭を掻いて横に目線を逸らした。
「ったく、手荒な真似しやがって……まぁ、ザラメよりはマシだがな」
「はぁ?」
くいっとザラメを親指で指して言うと。
ザラメは突然矛先を向けられ、口をあんぐり開けていた。緊張感のねぇヤツだ。
「俺がお前に何回やられたと思ってんだ」
「それは郡さんがザラメのお金を借りパクしたり、お仕事サボって埋蔵金探しをしたりするからでしょう? ザラメはお灸をすえているのです!」
「こいつすーぐ開き直るだろ? こんなふうにはなるなよ」
「なっ!? ……コスズちゃんも、もし郡さんに嫌なことをされたら、お仕置きしても良いですからね?」
「良いわけあるかぁ!」
俺たちの言い合いを……いつものコスズなら適当に流すだろうに、今日のコイツは指先を絡めて戸惑うばかりだった。
「何はともあれ、事件は解決です!! ザラメは出かけてきますから!」
手を腰に当て、満足げに胸を張る迷探偵ザラメ。
かと思えば、廊下へと爪先を向ける。
「またかよ、どこ行くんだ?」
「“銭湯 ゆうなぎ”に、飾り付けのお手伝いです!! 夕飯は皆でご飯を食べるので、6時までには帰ってきます!」
と、快活な言葉を残してバタバタと出ていった。
「……」
「……」
急に静かになっちまった。
規則的に進む時間が、今に限ってはやけにゆっくりだと感じる。
……すげぇ気まずい。俺のせいでは無いんだが。
申し訳なさそうに顔を伏せ……時折俺の機嫌を伺ってチラチラと目線を向けてくるコスズに、見られる側としては落ち着かねぇ。
身体は温まってきたが、安らぎからは程遠い。
だからと言って、どうすれば良いのやら。
ザラメが居れば、さっきみたいになぁなぁで済ませられたんだがなぁ。
持て余した手が後頭部に回り、粗雑に髪を掻き回している。
行き場のない溜息が、部屋の空気に消えていく。
暖房の温度をちょいと下げるか。
手持ち無沙汰を誤魔化そうと、リモコンへと手を伸ばす俺に、コスズがぼそっと言葉を落とした。
「…………1人で、やる……」
前髪はだらりと垂れ下がり。
「迷惑……かけられない、から……」
消え入りそうな音色が、かろうじて聞こえて。
「1人で……できる、から……」
コートを握る手は……小さな指先は、強張っていた。
強情なヤツだ。
ガキらしくない、冷えきった目をしやがって。
「ったくよ……」
弱々しく背中を丸めるコスズの前に、貰った銀貨を見せつけた。
夜空の星を取ったみたいな、輝くお宝を。
「これ、お前がツカイマになる前からある銀貨なんだろ? つまり滅茶苦茶価値があるってことだ」
被っていたものを脱ぐと、毛布やらに籠もった熱が逃げていく。
まぁ、動けばすぐに温まるだろうよ。
おもむろに腰を上げ、上着を羽織る俺に、コスズは目をパチクリさせていて。
そんなコスズに――本当の等価交換ってのを教えてやることにした。
「その分は返してやる」




