契約、サンタとトナカイ!
雪が降りそうで降らない、しんと冷えた空気が街を包む。
分厚い雲が太陽を遮っている、一見すると鬱屈とした空模様だが、街の雰囲気は……人の心持ちはどこか晴れやかだ。
そしてその答えは、液晶画面の向こうにあった。
リビングのテレビに映る景色は、赤や緑で華やかに彩られている。
「スタジオの外にあるクリスマスツリーには、こんなにも綺麗な飾りがされているんですよ〜」
などと、女性アナウンサーが大きなツリーを見上げて楽しげに告げていた。
コートやマフラー、手袋を纏い、白い息を昇らせるアナウンサー。外はさぞ寒いのだろうな。
だが俺には関係ないこと。
暖房の設定温度を1℃上げて、カーペットを敷いた床に寝っ転がる。
ザラメが日夜健気に働いているおかげで、今年の冬はぬくぬくと過ごせそうだ。
テレビのチャンネルを変えると、今度はおせち料理の特集が流れてくる。
懐かしい、お婆ちゃんの味だと。
黒豆を口に入れて、リポーターがなんとも抽象的なコメントをしていた。
「お婆ちゃんの味……ねぇ」
久しく食ってねぇなぁ、おせちなんて。
腕を枕代わりにし、ぼうっと眺める俺。
今日はやることも無いからな。
テレビを点けっぱなしに、のんびり過ごすとしよう。年末年始の醍醐味を、たっぷり堪能するのだ。
そう、ありふれた平穏を期待していた時だった。
「郡……トナカイに、なって……」
幼いブリキのツカイマが、そんなことを言い出したのは。
――――
「あ? トナカイ?」
しゃがみ込むコスズは、この間と同じサンタの格好をしていた。
赤いコートに帽子を身に着け、自分の胴体ほどある大きな袋を担いでいる。
「そう……明日は、クリスマス……」
帽子をかぶり直し、コスズは続けた。
「ワタシは、サンタさん……サンタさんには……トナカイ、必要……」
「俺は前にもやっただろ。ザラメかデウスにやってもらえ」
俺の言葉に、コスズはふるふると首を横に振る。
「ザラメ……買い物……」
そういや言っていたな。
「明日はクリスマスパーティーですからね! 沢山買い込んじゃいますよ!!」
と、びっしり書き込んだメモを片手に飛んでっちまった。
「確かデウスも、準備があるっつってたな」
「町内会の……イベント……」
今晩、サンタになって子どもにお菓子を配って回るらしい。
今時のサンタは、煙突からの不法侵入ではなく、普通にインターホンを押して来るのだ。
アイツはザラメさえ絡まなけりゃ、紛うことなきイケメンだからな。小さなお嬢さんたちに、初恋をプレゼントすることになるだろう。
……というか、人間社会に馴染みすぎだろあの神。
「デウス様のサンタさん……ワタシが、なる……」
「あっそ、頑張れな」
「だから、郡……トナカイやって……」
「お断りだ」
「郡……トナカイの才能、ある……」
「どんな才能だよ?! 俺はやらねぇからな」
コスズに背を向けた。ぷいっ。
するとコスズ、俺の前に回り込んで身体を揺さぶってくる。
「郡ぃ……」
ぷいっと。
「お願い……」
ぷいっとな。
普段ならあっさり引き下がるコスズだが、今日はなかなか強情だ。
それでも数回繰り返すと、コスズの動きが止まる。俺の背後で、黙り込んでいる。
やっと諦めたか。テレビのリモコンに手をかけようとした俺に、滑らかな声が振り注ぐ。
「…………奥の手」
意を決したように呟いて。
手のひらに平らな銀色の物を乗せ、俺の前に差し出してくる。
「交換条件……」
「金で釣ろうってか? その程度で俺は……」
「ただのお金じゃない……ずっと前…………ワタシが人間だった頃の、銀貨……」
ふむ。
顔を傾け、銀貨を覗き込んだ。
コスズの手のひらサイズのそれは、現代社会に流通する硬貨よりも1回り大きな財。
「ワタシの、宝物……」
確かに“お宝”だ。
照明に眩く輝く様は、自ら価値を物語っているよう。
「お前も、俺の扱いが分かってきたじゃねーか」
銀貨を攫って手の内で握ると、体温が伝導していった。
「交渉成立だ」
ゆっくりと起き上がり、テレビの電源を切る。
コスズの髪から覗く瞳は――銀貨の煌めきに負けず輝いていた。




