接近、彼の身体で楽園へ!
澄んだ冬の空が、私の心を映し出していた。
鼻歌と靴音が、アパートの通路にリズムを刻む。
「むふふふ♡ 青年の身体なら、ザラメも拒絶しまい♪」
いつもはザラメに素っ気ない態度を取られるが、彼女なりの照れ隠しなのだろう。
そんなザラメも愛おしいが、やはり振り向いてほしい!!
「セカイの果てまで添い遂げてください」
と言われたいのだ!!
足は止めないまま、パーカーの襟元を正す。
相手が青年であれば、ザラメは安心する。
非常に悔しいが、青年といる時のザラメは何時にも増して楽しげなのだ。
……記憶になくても、覚えているのだろうな。
であれば私は、青年を利用する。
彼を演じ、自然とザラメとの距離を縮めるのだ。
胸の高鳴りには、どうしてか懐かしさを覚える。
青年の胸元に手を当て、ぽつりと。
「……羨ましいな、君は」
口にした言葉は、すぐにかき消した。
センチメンタルになっている暇は無い。
ザラメとのハッピーエンドが間近にあるのだ!
「待っていたまえ、私のプリンセス♡」
弾む心のまま、私はアパートの扉を開けた。
――――
「おかえりなさい、郡さんっ」
「ぐはっ!?」
ザラメが、出迎えてくれただと?!
溌剌としながらも慈愛を内包した微笑みに、自然と顔が綻んでしまう。
いけない、鼻血を抑えねば。
愛しのザラメが駆け寄ってくる。
私の元へ真っ直ぐに。なるほど、ここは楽園なのだな!
「聞いてくださいっ! 喫茶こやけのクリスマスなんですけど、ザラメ、とびっきりのアイデアを……」
「ザラメ」
「はい?」
振り向いてきょとんと首を傾げるザラメ。
そんなザラメの前で、私は片膝をついた。
優しく手を取り、そっと口づけを。
「結婚しよう」
「は、え……は?」
「しまっ……!」
ザラメを前にして感情が昂ぶってしまった。
「えと……郡さん? 大丈夫ですか?」
ザラメが覗き込み、探るように尋ねる。
「ひょっとして、朝のザラメちゃん☆ファイアが効きすぎちゃったんでしょうか」
朝のザラメちゃん☆ファイア?!
何それ羨ましいっ!! ……では無く!
不味い。ここでザラメを困惑させては、入れ替わった意味が無い。
慌てて立ち上がり、出そうとしていた指輪をポケットの奥に押し込んだ。
「いやその……カフェのクリスマスってのは、具体的にどんなものを考えているの……いるんだ?」
「よくぞ聞いてくれました!!」
弾むような声で答えたかと思えば、ザラメが腕を伸ばしてくる。
ああ〜ザラメに手を引かれてるぅ♡
ちょっぴり乱雑なのも唆るなぁ。青年の身だから、ザラメも気を遣うことなく……
「クリスマスと言えばサンタさん! ということで……」
リビングまでやってきたザラメは、足を止め。
何か企むような笑み(結婚したい)を浮かべる。
そのまま閉め切ったカーテンの――不自然に盛り上がった場所に、目配せをして。
手のひらを上にし、指先をカーテンに向けると元気良く告げた。
「出てきてください、コスズちゃん!!」
「メリークリスマス……」
カーテンを広げて現れたのは、サンタの姿をしたコスズだった。
真っ赤な帽子に、同じく赤のコートを纏い、瑠璃色の靴下を模したポーチを提げている。
ブリキの白い肌や髪を赤の衣装が引き立て、華やかに仕上がっていた。
帽子に付いたヒイラギのアクセサリーも、コスズによく似合う。
「良い子に……プレゼント……」
柔らかな冬の日差しに包まれて。
つま先を軸にくるりと回って見せる様は、さながら雪の妖精。
ズレた帽子を被り直す姿も、微笑ましい。
「郡も、見て見て……」
私の元へ、とてとてと歩み寄るコスズ。
靴下の形をしたポーチから何かを取り出し、私に差し出す。
袖からはみ出た小さな手には、マシュマロの袋が握られていた。
「お菓子……プレゼント……」
「ふふ。ありがとう、コスズ」
菓子を受け取った私が、帽子の上から頭を撫でると。
ほわほわと嬉しそうに花を浮かべていたコスズが、不思議そうに私を見上げた。
「完璧ですコスズちゃん!」
「そうだな、実に……すっげぇ可愛いぜ!」
「お菓子をあげたくなっちゃいますぅ」
「わた……俺もそう思うぞ!」
「……」
ザラメと意気投合する私を、コスズは尚じっと見つめる。
「いやぁ嬉しいです。郡さんにも好評なら、お客さんも喜んでくれること間違いなしです! もっとこうした方が良いとかってあります?」
「ふーむ、帽子のサイズが少し大きいので、調節してみたらどうだ?」
「ほうほうっ。ありがとうございます、郡さん!」
――“郡さん”。
ザラメがその名を口にする度、胸を針で突かれたような気分になる。
私がこのセカイに降り立ってからずっと――私の中で駆け巡っていた激情が、呆気なく押し留められてしまった。
彼の名が耳朶を打つ度、私がもはや“彼”では無いと思い知らされる。
私の内にある“愛”は、私のものではないのだと――残酷な事実を突きつけた。
「どうしました? 郡さん。あっ、さてはザラメのサンタ姿も見てみたいんですねっ♪」
無意識に、縋るように胸に手を当てた。しかし私が感じるのは、淡白で規則的な拍動だけだ。
ザラメは、こんなにも眩しいのに――
「……」
不意に、きゅっと手を握る感触があった。
「コスズ?」
見下ろすと、コスズと目が合った。
帽子がまたズレたのに、整える素振りも見せず。
真っ白な髪から垣間見えるエメラルドグリーンの瞳が、静かに男を捉え。
小さな口を開き、彼女にとって――そして私にとって、最も馴染みのある名前を唱えるのだった。
「……デウス様〜……」
「な゙っ?!」
「ほえ?」
いつもと同じ甘えた声だというのに、心臓が早鐘を打っていた。




