反響、神の問答
グラウンドの観戦席にやってきた俺たちは、レースの始まりを待っていた。
競走馬の下見を済ませ、馬券は既に手の内。
予想した順位の通りに馬が到着する未来を信じ、俺は拳に力を込めた。
「デウス様は、どの馬が1番だと思うんだ?」
「そうだな。私の予想では、シュガーロットが勝ってくれると思っている」
俺の買った馬券は3連単。
つまるところ、1着から3着を全て的中させる必要がある。
今までは掠りもしなかったが、今回は神の身体だ。
なんつーかこう、神聖なオーラで当てられる気がする。
……待てよ?
アイツは、力を失ったと言っていたが。
もしや、デウスとしての――神の力を引き出せれば、ボロ儲けじゃね?!?!
そうと決まれば、善は急げだ!
「少し席を外す」
「んえ? もう始まるぞ?」
「すぐに戻る。ここで座って待っていたまえ」
腰を上げて、いそいそと歩を進める。
口の端が吊り上がっているのを悟られないように、早足で観客席の階段を上った。
客席の最上段まで上がり、通路を抜け。
駆け込んだのは男子トイレ。
ここなら誰にも見られないだろう。
洗面台に手を付き、鏡に向かう。
鏡面のデウスは、アイツらしくない緊張の面持ちをしていて。
脈打つ鼓動は、機械みたいに規則的で。
どうすりゃ良いのか分かんねぇけど、やってみなくちゃ始まらねぇ。
ここに来て神頼みかって?
使えるもんは神でも使ってやるんだよ。
目を瞑り、口元を引き締める。
そして思い起こすのだ。
1度だけ見た、“終焉の神”の姿を。
――怨毒異変。
二ケルが暴走し、俺たちを窮地に陥れたあの時。
夜にしては綺羅びやかな、青い星空の下に。
デウスはいつもと違った雰囲気を纏い、俺たちの前に現れた。
靡く金色の神は、如何なる魔をも退ける神聖さがあって。
歯車のような装飾は、“機械仕掛けの神”の名に恥じない荘厳さがあって。
舞台幕のような衣装は、終劇を決定づける無慈悲さがあって。
瑠璃を宿した両目は、星空を溶かしたよう。
だというのに、幻想的なのは外側だけ。
――オイタが過ぎるぞ、二ケル。
発した言葉は冷たく鈍重だった。
まるで、そうするよう定められたプログラムだ。
思い出しながら、ゆっくり目を開いた。
「時は満ちた」
鏡の向こうの神へと、呟いてみる。
「“再起”を開始する……なんてな」
低い声音を再現して、口を動かしてみる。
――そんぐらいあの時のデウスは、いつものデウスとかけ離れていた。
ザラメが好きでたまらないアイツ、と…………。
「そういやアイツ、何でザラメが好きなんだ……?」
――ただの独り言のつもりだった。
だというのに、思わぬ言葉が返ってきた。
【理由なんて無いよ】
「はっ……?!」
突然頭を揺らすのは、ノイズ塗れのコエだった。
金属音が身体の中で反響し、バグったみたいに心拍が乱れる。
頭が重くて、反射的に手で押さえた。
――そうだ。この声を、俺は知っている。
ツカイマを暴れさせ、セカイを終わらせたがっている存在――リィンシーだ。
徐に顔を上げて、息を呑む。
さっきまでデウスを見ていた鏡面に、1人の女が立っていたのだ。
銀色の髪を伸ばし、右の前髪をピンで留めているそいつは、デウスと同じ青い目をしていて。
纏った純白のローブは、これまた幕を思わせる。あるいは――捧げ物を包む布にも見えた。
【強いて言えば、それがキミの役割だから】
「役、割……?」
【キミには“ザラメ”が必要で、充てがわれた筋書きには逆らえない――そうだろう、デウス・エクス・マキナさん?】
辿々しいオウム返ししかできない俺に、ヤツはご丁寧に付け加える。
余裕たっぷりの笑顔を差し向け、自分の胸元に手のひらを乗せた。
【権限こそ、ボクが持っているんだけどね。キミが握っていた力――幸運も理も、あの子との思い出に終焉の日だってボクの手の中さ】
「幸運だと……?!」
【ふふ♪ 驚いたかな?】
目や髪の色が違えど、満足げなリィンシーの表情には、どことなく見覚えがあった。
だがコイツの虚ろな笑みは、俺の“見覚え”と大きくズレている。
いやいや、んなこと考えている場合じゃねぇ。
眼前にいるのは、セカイを揺るがすほどの力を有しているらしいリィンシー。
コイツには、聞きたいことがあるんだ。
「お前、デウスの力を持っているんだな?」
【デウスのって――む?】
俺の問いに引っかかりを覚えたようだ。
リィンシーは顎に手を添え、鏡の内からこっちを覗き込んでくる。
【さてはキミ……デウス・エクス・マキナじゃないね?】
「おうとも」
するとリィンシー。
悠然とした笑みが、困惑に彩られていく。
【え、は? 何があったの?】
「細けぇことは気にするな」
【気にするよ?!】
リィンシーがツッコむのも、お構いなしだ。
「とにかくだ! お前の力を俺に譲ってくれないか?!」
洗面台に身を乗り出す俺に、リィンシーは口をぽかんと開けていた。




