誘う、オトナのセカイ!
デウスの身体で赴いた競馬場。
そこに居合わせたニケルが、俺に近づいてきた。
「珍しいな、デウス様って競馬に興味があるのか?」
まさか入れ替わっているとは思うまい。純朴な紫紺の瞳が、見上げてくる。
どう答えようか。
折角入れ替わったんだ。ここでバレては、あまりに勿体ない。
「ま、まぁな。神として、人間の娯楽を心得ておこうと思ってな」
「勉強熱心だぞ……!」
純粋に目を輝かせるニケル。
なんつーか、幸せなヤツだ。
「なぁなぁデウス様、オレもついていって良いか?」
頭頂部のアホ毛をぴょこぴょこ跳ねさせながら、ニケルが弾んだ声で聞いてきた。
「オレも人間の娯楽を学びたいんだ!」
「駄目だ駄目だ。この娯楽はオトナ向け。お前……じゃなかった、君にはまだ早い」
「ええ〜!」
ニケルが不服そうに顔を顰めるが、お構いなし。
俺は誰にも邪魔されず、1人で楽しみたいんだ。
だが待てよ。
こいつに競馬の楽しさを教えておけば、後々役に立つかもしれない。
ザラメへの説得とかな。
今の俺はデウスなんだし、ニケルも“俺”の言うことを素直に信じるだろう。
「仕方がない。見るだけな」
「やったぁ!!」
バンザイして喜ぶニケル。
「そうと決まれば」
おこちゃまの背を、俺はそっと押し――甘い言葉で囁きかけた。
「いざ征かん――堕落と退廃が織りなす、オトナの世界へ」
「おー! 何だかカッコいい響きだぞ!!」
これぞ神の啓示。聖なる導きと言えるだろうな。
浮足立った心地のニケルを率いて、戦地への門を潜った。
――――
「デウス様、競馬場って賑やかな所だな! お店がこんなに!!」
ゲートの先に広がっていたのは、ニケルが大燥ぎするような娯楽の数々だった。
フランクフルトや焼きそばといった屋台が賑わい、お土産コーナーには小さな馬のぬいぐるみが並んでいる。
コイツからすりゃ、ちょっとしたテーマパーク気分だろうな。
アホ毛を軽やかに弾ませ、瞳の中に星を瞬かせていた。
俺も初めて来たときは、胸を躍らせ燥いだものだ。
「こりゃすごい……!」
ニケルが立ち止まったのは、綿菓子の屋台だ。
ここの店主、綿菓子作りにこだわっているらしく、競走馬の顔を再現した創作綿菓子がイチオシとなっている。
それだけでなく、虹色の綿菓子といった可愛らしい商品もあり、ちょっとした有名店だ。
「どれ、何が良い」
目を輝かせるニケルを一瞥し、財布をポッケから取り出す。
この財布はデウスのものだからな。俺にとっては、痛くも痒くもない出費だ。
するとニケル。
「いいよ、お小遣いあるし」
と、自分のがま口財布を開く。
ジャラジャラと小銭同士が擦れる音が響いた。
見たところ十分足りるだろう。だがそれでは面白くない。
というわけで、ニケルに1つ教えてやろう。
オトナの在り方ってヤツをな。
「ニケル。このような場では年上に奢らせるのものだぞ」
言いながら、親指と人さし指で財布の金具を閉める。
すると、俺の挙動を不思議に思ったのだろう。ニケルがきょとんと見上げてくる。
「そうなのか?」
「そうとも」
「でもなんか悪いし……これぐらい、自分で払えるぞ」
と、財布の金具に手をかけるニケル。
「ニケル。自分で全てを賄うことだけが、オトナになるということではない。時には相手を頼ることも必要だ……郡青年のように」
「え、えと……何でそこで郡が出て……」
疑念を掻き消す、咳払い。
そしてニケルを勇気づけるべく、幼い肩に手を添えた。
「ザラメやデウスに、もっと甘えても良いのではないかな?」
「でも……」
「オトナに、なりたくないかね?」
「うっ」
俺の言葉に、ニケルは戸惑いながらも財布をポッケに仕舞った。
「……分かった。デウス様のお言葉に甘えるよ。じゃあ、この白い馬の綿菓子が欲しいな」
「おおっ、シュガーロットか!! 見る目があるな、ニケル!」
「そ……そうか?」
顔をほんのり赤くしたニケルを横に見つつ。
1つオトナになったニケルへの祝福として、デウスの代わりに出しておくとしよう。
なんてことを考えているうちに、ニケルが綿菓子を受け取り。
満面の笑みで、無垢な瞳で俺を穿ってきた。
「ありがとな! にしても、今日のデウス様はいつもと雰囲気が違うな。まるで別人みたいだ!」
「ギクッ?! そ、そそ! そんなわけ、あるまい! 私はまごうことなきデウスだ!!」
「?」
慌てて喋るものだから、舌が空回って。
手振りはぎこちなく、目線はあちらこちらとふらつく。
そんな俺の挙動に、首を傾げるニケル。
しまった、怪しまれたか。何か別のものに注意を向けねば……!
「ほ、ほらニケル! 馬を見たくないか?!」
「おおっ、見たいぞ!」
ニケルの両肩を押さえ、方向転換。
一瞬で華やいだニケルの顔に、俺は胸をなで下ろした。




