5 Side:正親
書けたので投下します。活動報告にも書いていますが、書けなくてすみません。続きは……早めにかけるといいなー(>_<)
「奥さんが倒れて、病院に救急車で運ばれたって連絡があったよ」
「和歌子さんが急に産気づいて、病院に運ばれたって連絡があったわ」
似て非なる二通りの連絡が自分の所に来たのは、得意先の会社をちょうど辞した所だった。
和歌子が身重だと知っていることも合わせて、内容が内容だけに会社の人間も慌てていたが、連絡を寄越した母も慌てているようで、要領を得ない。予定日はもう少し先なのに何があったと、兎にも角にも病院に駆けつけてみれば。
「サルモネラ菌による食中毒?腹痛によって腹筋が収縮、結果、子宮も収縮して陣痛が始まってしまったと言う事ですか」
一番と二番、どちらが正しい答えでしょうか?と聞かれて、答えは両方です、と言うような状況説明が医者からされた。同時に、母子ともに今のところは命の別状はありませんと告げられて、安堵の吐息を吐いた。勿論「今のところは」の部分は看過できないが。
「和泉さん……奥さんの和歌子さんに伺ったところ、朝、お嬢さんに作ったお弁当の残りの厚焼き玉子を食べたそうです。おそらく原因はそれでしょう」
サルモネラ菌は潜伏期間があり、いわゆる中ったというものと違って、すぐに症状が出るものではないようだが、弁当と聞いて、真っ先に思い浮かべたのは千鶴のことだ。昼を既に過ぎているから、遠足の行程がどうなっているかは知らないが、もう食べてしまっている筈だった。
「娘は今日遠足なんです。先に連絡してきてもいいでしょうか?」
「奥さんから伺った段階で連絡を入れておきました。お兄さんが様子を見に行ってくれるそうですよ」
「そうですか。良かった」
だが具合が悪くなっているのだったら、もう学校側から連絡があっても良さそうなものだが……まあ、遠足の出先で混乱しているだけかもしれない。
とりあえず後から連絡を入れるとして、今は託すしかできないのが歯がゆかった。体が二つあったらいいのに。
「サルモネラ菌で良かった、と言うべきなのでしょうね。原因菌によっては、胎児に影響が出る場合がありますから」
妊婦がサルモネラ菌による食中毒になった場合、一番多いのが今まさに起こっている早産だったが、もう予定日も近いので、陣痛が落ちつくかこのまま産ませてしまうのか様子を見ている所らしい。
同時に食中毒への治療を行っているが、症状を落ち着かせることはあえてしないようだ。
「嘔吐も下痢も、体内の毒素を排出するための体の反応ですから、下手に止めると返って良くないんですよ。脱水症状にならないように気をつけていますが、出すものは出してしまった方が、早く良くなります」
問題は和歌子本人の体力が持つかどうかだが、今回は食中毒の症状に陣痛が重なっているので、消耗が激しい。
様子を見て帝王切開に切り替えた方がいいかもしれないと言われて、全面的に医者に判断をお任せすることにした。素人にどちらがいいのか判断はできないし、内科と産婦人科の医師が連携して看てくれるそうなので、そもそも出る幕はないと思われた。ただただ、母子ともに無事に生まれてくれればいいと願うだけだ。
言われるままに入院の手続きと、するかもしれない手術の同意書にサインして渡し、いくつか追加で説明と注意を受けてから和歌子のいる病室へと急いだ。
病室に横たわる和歌子の顔は、朝、別れた時の快活な様子が嘘のように憔悴していて、顔色は青を通り越して白。戻し、下しが一段落してようやく落ち着いたところなのだと、へろへろな顔をして言った。
「もーほんと、お腹痛くて、気持ち悪くて、どうしようかと思った。今、ちょっとマシ」
「良かった。酷い顔色だけど、思ったより体力が残っているみたいだな」
状況的にもうちょっと体力が消耗しているかと思ったが、それだけしゃべれるなら上等だった。
「本当に心配したぞ。……聞いているかもしれないが、赤ちゃんには影響がないんだと。良かったな。あと、脱水症状にならないように点滴もするけど、白湯も飲んで下さいってさ」
「あ゛ー、飲むとそのまま出ちゃうけど、そりゃそうだよね」
どうやら眠いようで、だっすいしょうじょうこわいー、と幾分呂律のまわらない口調で呟いている。
無理もない、ずっと痛みに苦しんでいたのだから相当体力も使っただろう。
妊娠中、卵はとても重要な栄養源だが食中毒には気を付ける様に言われていて、よほど新鮮な物でも、生食はしないで割りほぐしたらすぐに食べる、ひびが入った物は食べないようにと注意されていたし、徹底していたつもりだったが、十分やそこら放置しただけでおかしくなるとは思ってなかったー、とかもそもそと言い訳をしながら和歌子が俺の顔を見た。……どうやら、よっぽど怒られると思っているようだ。
いや、具合が悪い時には怒らないぞ?特に寝落ちしそうな今叱っても、効果は半減だろうからな。
そんなことを思いながら、髪を撫でつけてやると、重そうな瞼がますます落ちそうになっている。
「側に居るから、眠れるなら寝たらどうだ」
陣痛も落ちついているようだから、少しでも体力が戻ればいいのだがと思って言ったら、和歌子は首を横に振った。
「……いまなんじー?」
「三時半、だな」
「──そう。……じゃあ、あとさんじかんくらい平気だと思うからー、千鶴のこと、迎えに行ってあげてー?」
「え?先輩に頼んだって聞いたけど、何か問題が……っ」
わざわざそんなことを言うこと、この何となく呂律が回っていない様子。思い当たることは一つだった。
酒は飲んでいないのは分かっているが──アレ、か?
……そもそも、なんで和歌子は食中毒なんてなった?元々何もしなくても悪運が強いというか、危ないところをすり抜けて来た経験が何度もあるのに、今回は見事に中った。絶対大丈夫なんてことがないのは分かっているが、なぜこのタイミングなのか?
先輩が千鶴を連れて行ったのなら、具合が悪ければ病院へ連れてくるはず。だが、今の所、連絡もない。そんな考えを読んだように、
「ウチの神社にー、いると思……う」
そう言って、こてり、と和歌子の首から力が抜け落ちた。
寝落ちしたと分かっているし、ようやく眠れたのだろうからゆっくり休ませてやりたいが、もっとはっきりした言葉を聞きたくて無性に起こしたくなった。
「神社ってことは、千鶴があいつに連れて行かれたって事か?」
応えはない。
迷ったのは一瞬。迎えに行けと言ったのは和歌子なのだから、俺が行かなければ何かがまずいのだろう、きっと。
「娘の一大事のようです。すみませんが妻をお願いいたします。多分、三時間以内にもどって来れると思います」
そう看護婦に言い捨てて、病院の廊下を走り出した。
三時間。
水森神社までの往復なら、十分に戻って来られる時間だった。
──何事もなければ。