08話 ふつう2
——季節は秋。
街路樹が少し色づき始めた頃。
咲は親友の遥と優梨と五反田のイタリアンにランチに来ていた。
まじまじと指輪を眺める2人。
婚約指輪と結婚指輪を見せる約束をしていた。
「わぁ、素敵~!これ何カラット?」
照明の光にかざしながら遥が言う。
婚約指輪は、
ブリリアンスカットされた大粒のダイヤ。
サイドにはミルグレインで美しく装飾されている、アンティークなデザインだ。
「この、波の感じがめっちゃ可愛い~。あ、ここのブランド知ってる!」
指輪の内側を見ながら優梨が言う。
結婚指輪は、
シンプルながらも繊細な細工が施されている。
レースを縁取ったようなデザイン。
レースを飾るようにぐるりと一周ダイヤがちりばめられていた。
都内に数店舗構える、老舗のブランドで購入されたものだ。
しかも、セミオーダー。
結婚式の時は既製品でピッタリのものを用意したのだと思っていたが…
実は、違った。
結婚式から半月が経った頃だった。
夕食の後。
大地が、部屋から高級そうな10センチ程の箱を咲の前に置いた。
箱にはクラウンのロゴ。
その時に、あの老舗ブランドだと気づいた。
開けてみると、指輪が3つ入るようになっていた。
セットリング用のジュエリーケースだ。
その1番上に、ダイヤの指輪が。
びっくりし、戸惑っていると、大地が説明してくれた。
この指輪のコンセプトを聞き、コレだと決めたと。
でも、刻印をするのに時間が足りない。
1か月から1か月半はかかる。
しかも、予約がいっぱい。
特急が可能なのは2つまでと言われ、結婚指輪を優先したという。
そして。
今日、やっと婚約指輪を受け取りに行ってきたのだと説明してくれた。
『遅くなってごめん』
と言われたが、そもそも”婚約”をしていない。
恐縮する咲の薬指に、指輪をはめ。
『僕と結婚してくれますか?』
と、プロポーズしてくれた。
うっとり、ため息交じりで指輪を返す2人。
2人の反応に、改めてすごいものを頂いてしまったと実感した。
遥と優梨は太一との共通の友人だ。
太一は大学からのテニスサークル仲間で、定期的に太一が開く飲み会によく来ていた。
咲は皆とは違う大学だった。
その飲み会には卒業後、友人の友人を介し、参加したことがあった。
そこで、2人と知り合い意気投合したのだ。
太一は、大学時代からの女性遍歴が派手だった。
悪い奴ではないのだが。
季節ごとに連れて歩く女の子が違っている。
遥と優梨は、それを知っていた。
太一が、咲に目を付けているのに気付いた時。
咲が餌食にならないように、こっそり根回しをしてくれていたのだが。
そうとは知らず。
咲は、太一の押しに負け、付き合うようになっていた。
しばらく様子を見ていたが、心配していたようなことは起きず、
『今回は、本気なのかも?』
そう思わせるほど、太一は咲に夢中に見えたのだった。
(二人が幸せなら)
そんな思いで、咲と太一を見守る事にしたのだが…。
「あのクズ、この間、飲み会にとうとう“マナミチャン”を連れてきやがったわ」
と、ローストビーフをフォークで突き刺す遥。
「ほんっと、頭ん中どーなってるんだろうね?あのクズ」
と、続けて付け合わせのポテトをフォークで突き刺す優梨。
話題は、元婚約者の話題へ。
咲と愛美を二股していた太一は、愛美をみんなに隠していた。
だが、破談となった今。
浮気相手だった愛美を本命に。
そして、
頃合いを見て、みんなにお披露目したのだそうだ。
”太一らしい”
咲はそう思った。
「ははは…まぁ、良かったじゃない?」
と、なだめる咲。
「「良くない!!」」
ハモる遥と優梨。
彼女たちを、これ以上刺激しないために、咲は「ははは…」と愛想笑いを繰り返す。
怒りが収まらない2人の話を聞き、もう無いアイスティーをズズズとひたすら飲んだ。
どうやら。
クズ認定された太一と愛美ちゃんは、仲良くやっているらしい。
良かったじゃないか。
色々あったけど。
今更二人をどうこうしようとも思わない。
遥かと優梨は納得いかないようだったけど。
咲の中では、もう完全に過去の登場人物になっていた。
それくらい今が充実していたのだった。
散々二人からクズ話を聞かされた後。
話題の矛先は、咲の結婚生活へ変わった。
優梨が言う。
「それはそうと、大地さんとはどうなの?」
「…どうって?」
二人がにやにやと咲を見る。
「…ふつう…だよ?」
コホンと遥が、咳払いをする。
「その"ふつう"を詳しく説明したまえ、咲クン」
エアーで眼鏡をクイッと上げる。
2人は、咲と太一との関係を知っている友人だ。
結婚式にも出席していた。
突然現れた“ハイスペ男子”との生活。
聞きたくて、うずうずしているようだった。
「ええっとぉ…」
観念して咲は話し始める。
内容は——
大地さんの得意料理がパスタだとか、スイーツに目がないが、隠しているらしいとか、週に1度家で映画を観ること。
工場見学が好きで機械オタクなところがあること。
今度、郊外の科学館に行く約束をしている事などを、嬉しそうに話した。
一通り話し終わり二人を見ると。
遥と優梨は"そうじゃない" と言う顔。
「……あれ?」
咲の頭に『?』が浮かぶ。
優梨が、チラリと遥を見て
(あんたが言ってよ)
と、合図を送る
「コホン…咲クン。仲良しなのは分かりました…」
「…はい」
「それで、あちらの方はいかがかね?」
謎の教授キャラで咲に訪ねる。
「…あちら?」
キョトンとする咲に見かねて優梨が口を開いた。
「もぅ~だからぁ、ハイスぺ男子の”味”はどうなのって事よ。」
「味?」
「…ハイスぺ男子が、どれだけ甘いのか聞きたいの!上腕二頭筋に後ろからハグされる感じとか、大胸筋に攻められる感じとか!」
遥かも被せてくる。
「床ドン、壁ドン、ドンドンドンがあるでしょ?ドンから始まる、そう言う“甘いオハナシ”をきかせてくれぃ」
「ど…!」
ようやく2人の言っていることが分かった。
みるみる赤面する咲。
やっと話が聞けると、期待して待つ。
観念し、うつ向きながら咲は口を開いた。
「そ…」
「「そ?」」
「…そうぃぅ……ドンとか…ハグは、…ぃ…」
「「ん?」」
「…だから、ドンもハグも…その先も、そう言うのは…ない…の!」
真っ赤になりながら、うつ向く咲。
しばらくの沈黙の後。
「「えええええーーーー!!!」」
2人の絶叫が店内に響き渡り、スタッフの方にお叱りを受ける。
そして。
その後は、2人からの、”一般?教育攻め”が続いた。
食事も終わり、そろそろ帰る時間に。
遥から可愛いデザインの紙袋を手渡された。
「はい、これ。私たちから」
「え、なに?ありがとう…」
「色々言ったけど、まぁ、頑張りな!」
続けて、優梨。
「健闘を祈るよ」
ポンと肩をたたく。
「…?うん?」
咲はその意味を、まだよく分かっていなかった。
——帰宅
「ただいま」
「お帰り、咲さん」
エプロンを外しながら、咲を出迎える。
久しぶりに会って楽しかったと、嬉しそうに話す。
リビングにプレゼントを置いて、着替えを済ませる。
すぐに戻り、また話す。
大地は、観葉植物に霧を吹きながら、咲の話に耳を傾けた。
「あ、そうだ」
話の途中で、2人からのプレゼントを思い出す。
ソファーに座り、可愛いラッピングのリボンをほどく。
中を取り出しかけ…
咲がピタリと止まった。
(…これは)
すごいスピードで紙袋に戻す。
「…?どうしたんですか?」
「…あ…いえ…」
顔が赤くなり、変な汗が出る。
いつもと違う様子に気付く。
「大丈夫ですか?」
大地が、霧吹きを置き、咲に近づこうとした時。
「だ、大丈夫です!ちょっと…部屋で用事してきます!」
その場から逃げるように自分の部屋に駆け込んだ。
扉をバタンと閉め、深呼吸。
もう一度、中身を確認する。
それは…
咲が、絶対選ばないランジェリー。
(…こんなの…着れないよぉ)
しばらく顔のほてりが取れず、部屋から出られなかった。
やっと扉が開いた時。
時刻は夕方を過ぎようとしていた。




