第22章 追い詰められる影
夜の街は、どこか息を潜めているようだった。
高層ビルの隙間を縫う風が、冷たく吹き抜ける。
その静けさの中で、ひとつの部屋だけが異様な熱を帯びていた。
モニターが並ぶ薄暗い室内。
青白い光が、男の顔を照らしている。
日比野健は、苛立ちを隠そうともせず、キーボードを叩いていた。
「……おかしい」
何度目かの入力エラー。
想定していたルートに、アクセスが通らない。
「遮断……? いや、違う……」
画面を睨みつけるその瞳に、焦りが滲む。
これまでなら、必ず通っていたはずの裏口。
完璧に構築したはずの“逃げ道”。
だが今は――どれも、塞がれている。
「……クソ」
短く吐き捨て、別のルートを叩く。
しかし、そこにも“何か”がいる。
まるで、こちらの動きを先読みしているかのように。
――いや、している。
日比野の背中に、冷たい汗が流れた。
「……まさか」
頭に浮かぶ名前を、彼は無理やり振り払う。
「違う……あいつらのはずがない……」
だが、否定すればするほど、事実ははっきりしてくる。
あの完璧な防御。
正確すぎるカウンター。
そして、こちらが動く“前”に張られている罠。
「……凪……それに、桐生……」
歯を食いしばる。
自分の“音楽”が、読まれている。
ピアノを弾くように組み上げてきた攻撃が、 今は、まるで指揮者のいないオーケストラのように崩れていく。
そのとき、画面の片隅に赤い警告が表示された。
《アクセスログ異常》
《外部照合進行中》
《データ整合性:低下》
「……くそっ!」
キーボードを叩く指が荒れる。
だが、もう遅い。
彼が築き上げてきた“音楽”は、
いつの間にか別の旋律に呑み込まれていた。
――“《Blue Echo》”。
静かに、だが確実に反響する反撃の音。
その瞬間、画面に一行のメッセージが浮かび上がった。
《アクセス権限:遮断》
《外部接続:遮断》
《ログ転送:完了》
日比野は、椅子にもたれかかる。
「……くそ……」
唇を噛みしめ、目を伏せる。
彼はようやく理解した。
自分が追い詰められていることを。
そして、もう“逃げ場”がないことを。
◇◇◇
――一方、その頃。
アークシステムズの一室。
凪と蒼真は、静かに画面を見つめていた。
「……入ったな」
凪の声は、冷静だった。
「ええ。完全にこちらの領域です」
蒼真が小さく息をつく。
「もう、逃げられませんね」
凪はわずかに口角を上げた。
「ええ。ここからは、こちらのターンです」
画面に映るログが、
ひとつ、またひとつと確定していく。
そこには、明確な“証拠”が積み重なっていた。
そして、その裏側では――
知らぬ間に、包囲網は完成していた。
次に動くのは、
彼らではない。
――正義の側だ。




