第20章(後編) 静かなる包囲
夜更けの警視庁捜査二課。
照明を落としたフロアの一角で、
北澤優はモニターに映るデータを無言で追っていた。
指先は静かにキーボードの上を滑り、
画面には複数のログ、口座情報、
通信記録が幾層にも重なって表示されている。
傍らには、彼の部下たちが並んでいた。
「……ここだな」
低く落ち着いた声が、空気を切る。
画面に表示されたのは、複数の送金ルートが一点に収束する瞬間だった。
「表向きは別々の案件に見えるが、
実際は一本の線で繋がっている。
名義を変え、ルートを分断し、時間をずらす……
だが、癖は消せない」
指先が一箇所を指す。
「この処理速度。このログの癖。
同一人物だ。間違いない」
部下が息を呑む。
「犯人は……?」
北澤は画面から目を離さず、静かに答えた。
「まだ断定はしない。ただ——
“相当な自信家”だ。
自分の技術を誇示したがるタイプだな」
その言葉と同時に、別モニターに新たなデータが表示される。
「……きました。外部からの不正アクセス痕跡です」
北澤はわずかに口角を上げた。
「やっと尻尾を出したか」
彼は椅子から立ち上がり、背後のホワイトボードに向かう。
そこにはすでに、関係者の相関図が描かれていた。
中心にある名前――
高杉 湊
その周囲に、線で繋がれた人物たち。
そして、まだ伏せられた“黒塗りの存在”。
「湊さんを狙った理由は、もうはっきりしている」
北澤は静かに言う。
「彼女は“鍵”だ。
システムを壊す鍵じゃない。
真実を開いてしまう鍵だ」
部下が息を呑む。
「つまり……」
「そう。犯人は、彼女が“何を知っているか”よりも、
“何に気づける人間か”を恐れている」
北澤は小さく息を吐いた。
「だから消したい。
でも、派手にはできない。
だから裏から潰そうとしている」
机の上に置かれたファイルを閉じ、静かに言った。
「――だが、もう遅い」
その視線は鋭く、迷いがない。
「こちらは証拠を掴んだ。
次は“詰め”だ」
彼は携帯を取り、短く指示を出す。
「動いてくれ。水面下でいい。
相手に気づかれないよう、包囲網を敷く」
通話を終えると、ふっと息を吐いた。
「……守るべきものがある時、人は強くなる」
その視線の先には、
真実を知らぬまま、
それでも前を向こうとする1人の女性の姿が浮かんでいた。
——高杉湊。
この戦いは、もう個人の問題ではない。
だが同時に、彼女を守るための戦いでもあった。
静かに、しかし確実に、包囲網は閉じられていく。




