第19章 反撃の旋律
静まり返ったオフィスに、規則正しい電子音が響いていた。
モニターに映るコードの流れは、まるで生き物のようにうねり、形を変えながら画面を埋め尽くしていく。
凪はキーボードに指を置いたまま、わずかに息を整えた。
「……来る」
その声と同時に、画面が一瞬だけ暗転した。
次の瞬間、異様な速度で文字列が流れ出す。
「侵入経路、確定。向こう、完全にこちらを狙ってる」
凪の背後で、蒼真が低く呟いた。
画面の隅に、見覚えのある署名が浮かび上がる。
《Etude Op.10 No.12》
「……やっぱりな」
凪は唇を引き結ぶ。
相手は、間違いなく“あの男”だ。
——日比野健。
自分の技術に絶対の自信を持つ、天才気取りのハッカー。
そして、彼が今、狙っているもの。
「……湊さんのデータだ」
凪の声に、蒼真が頷く。
「個人情報だけじゃない。履歴、経歴、改ざん用の下地……全部だ」
画面上では、凪が組んだ防御プログラムをすり抜けようとするコードが、まるで旋律のように踊っている。
ショパン《革命》。
速く、激しく、容赦のない音の連なり。
「来たな……」
凪の指が、キーボードの上を走る。
「なら、こっちは“英雄”で迎える」
蒼真が別の端末を起動する。
——《Blue_echo》、起動。
その瞬間、画面の色調が変わった。
侵入してきたコードが、徐々に反転していく。
攻撃が、反転し、解析され、記録されていく。
凪の声が低く響く。
「……誘導成功。こっちの土俵に引きずり込んだ」
蒼真の指が止まらない。
「このまま、相手のアクセス元をトレースする」
数秒後、画面に一行のログが浮かび上がる。
《Connection identified》
凪が息を呑む。
「来た……!」
次の瞬間、画面が一斉に暗転した。
そして、浮かび上がる文字。
―― SYSTEM LOCKED
―― DATA SEALED
―― Blue_echo : Complete
室内に、静寂が落ちた。
それは勝利の静けさだった。
凪はゆっくりと椅子にもたれかかり、深く息を吐いた。
「……終わった」
蒼真も画面を見つめたまま、静かに頷く。
「いや、正確には……“始まった”だな。ここからが、本当の勝負だ」
モニターには、犯人のアクセス履歴、偽装されたログ、改ざんされた証拠の全てが、整理されたデータとして並んでいた。
それは、もはや“攻撃”ではない。
告発のための、完全な証拠だった。
遠くで、街のサイレンが鳴る。
その音を聞きながら、凪は静かに呟く。
「……これで、逃げ場はない」
その時、別の部屋で静かに眠る環の姿が、ふと脳裏をよぎった。
――必ず守る。
その誓いを胸に、凪は次の画面を開いた。
物語は、ついに核心へと踏み込んでいく。




