第16章 告発(後編)
午後3時。
落ち着いた色合いのカフェの一角で、時間がゆっくりと流れていた。
窓際の席に座る3人の前には、まだ湯気の立つコーヒーが並んでいる。
「はじめまして。北澤優です」
穏やかな声でそう名乗った男は、落ち着いた雰囲気をまとっていた。
鋭さを内に秘めた目元は、どこか美乃とよく似ている。
「中里涼平です。こちらが高杉湊」
涼平の紹介に、湊は軽く会釈をした。
「今日はありがとうございます」
「こちらこそ。話は美乃から聞いています」
優はそう言って、静かに視線を落とした。
湊は一瞬だけ息を整え、バッグから資料の入ったファイルを取り出す。
「これが、今回の件に関する資料です」
テーブルに置かれたファイルを、優が丁寧に開く。
ページをめくる指が止まり、空気がわずかに張り詰めた。
「……これは、かなり綿密ですね」
低く、しかし確かな声だった。
「はい。正直、ここまでとは思っていませんでした」
湊の言葉に、優は小さく頷く。
「1人で集めたんですか?」
「……いえ。仲間がいます。みんな、必死に協力してくれました」
その言葉に、優は一瞬だけ表情を和らげた。
「そうですか。それなら、なおさら大切に扱わないといけませんね」
ページをめくる手が止まり、優は顔を上げる。
「正直に言います。これは、かなり深いところまで踏み込んでいます」
湊と涼平が同時に背筋を伸ばした。
「関係者も多い。下手をすれば、圧力がかかる可能性もある」
沈黙が落ちる。
しかし、湊は視線を逸らさなかった。
「それでも、やめるつもりはありません」
はっきりとした声だった。
「誰かがやらなきゃいけないことです。見て見ぬふりは、できません」
優は一瞬、驚いたように目を見開いたあと、ゆっくりと微笑んだ。
「……美乃が信頼するわけですね」
湊はわずかに肩をすくめる。
「私はただ、正しいと思うことをしたいだけです」
その言葉を聞き、優は静かに頷いた。
「分かりました。この件、正式に受けます」
そう言って、資料を丁寧に揃える。
「警察として、しかるべきルートで動きます。ただし――」
視線が鋭くなる。
「この件は、想像以上に根が深い。あなた方にも危険が及ぶ可能性がある」
涼平が即座に答えた。
「承知しています」
湊も、迷いなく頷く。
「覚悟はできています」
その言葉を聞き、優は静かに息を吐いた。
「……わかりました。では、ここからは私が引き継ぎます」
そう言って立ち上がり、2人に深く頭を下げた。
「必ず、真実を明るみに出します」
店を出る直前、優は振り返った。
「ひとつだけ。しばらくは目立つ行動を控えてください。特に……あなた」
視線は、真っ直ぐ湊に向けられていた。
湊は小さく頷く。
「気をつけます」
優が去ったあと、2人の間に静かな沈黙が落ちた。
やがて涼平が、息をつくように言った。
「……思った以上に、大事になりそうだな」
「うん。でも、もう後戻りはできない」
湊は窓の外を見つめた。
夜の街は変わらず、何事もなかったかのように静かだ。
けれどその裏側で、確実に歯車は動き始めている。
——静かな決意とともに。




