第14章 反撃の序章
部屋に漂う緊張は、先ほどまでの解析作業の余韻をそのまま残していた。
モニターに映るデータは静かに沈黙しているが、その奥に潜むものの重さは、誰もが感じ取っていた。
柊は腕を組み、しばらく考え込んだまま口を開いた。
「……この件、もう個人で抱えられる段階じゃない」
低く、だがはっきりとした声だった。
凪も蒼真も、反論はしなかった。
誰の目にも明らかだったからだ。
これは単なる不正アクセスではない。
組織的で、計画的で、意図的な犯罪だ。
柊は視線を上げ、正面にいる湊を見た。
「湊さん。この件、正式に動かす必要があります。
警察……しかも、内部事情に詳しくて、信用できる人間じゃないといけない」
湊は一瞬だけ視線を伏せた。
重みのある沈黙のあと、ゆっくりと口を開く。
「……正直に言うと、私の周りに“完全に信用できる”人間は多くない」
その声は淡々としていたが、どこか覚悟を含んでいた。
「でも、1人だけいる」
柊が顔を上げる。
「誰ですか?」
湊は、少し考えてから答えた。
「美乃。北澤美乃。
私の親友だ。……彼女なら、信じられる。
……美乃のいとこが、警視庁の捜査二課にいるはず」
その場の空気が、静かに引き締まった。
柊は深く頷く。
「それなら、そこが最善だ。
我々が直接警察に持ち込むより、信頼関係のある人間を介した方がいい」
湊は一度、目を伏せる。
自分の過去、仕事、そして今回の件——
すべてを晒す覚悟がいる。
だが、逃げるつもりはなかった。
「……わかりました。私が連絡します」
そう言って、スマートフォンを取り出す。
画面に映る名前――
『北澤 美乃』
ほんの一瞬、指が止まったあと、通話ボタンを押した。
呼び出し音が数回鳴る。
やがて、落ち着いた声が応えた。
◇
『……もしもし?』
「美乃。突然でごめん。ちょっと、相談があるんだ」
電話越しに、わずかな間があった。
『……声、真剣ね。どうしたの?』
湊は一度だけ息を吸い、ゆっくりと言葉を選んだ。
「実は――
ちょっと、厄介な案件に関わってしまって……
美乃の力が、必要かもしれない」
通話の向こうで、空気が変わるのを感じた。
美乃の声が、少し低くなる。
『……わかった。詳しく聞かせて。
それ、もしかして“警察案件”?』
湊は短く答えた。
「うん。たぶん、かなり」
一瞬の沈黙のあと、美乃の声が静かに響いた。
『……わかった。私の方で動く。
信頼できる人がいる。話、つなぐわ』
その言葉に、湊は小さく息を吐いた。
「ありがとう……助かる」
◇
通話を切ると、部屋には再び静けさが戻った。
だが、その静けさは、もはや嵐の前触れだった。
柊が静かに言う。
「これで、引き返せない……」
湊は、まっすぐ前を見た。
「最初から、そのつもりだ」
凪が小さく笑った。
「じゃあ、いよいよ“本番”だ」
蒼真も頷く。
「ええ。ここからが、本当の勝負です」
静かに、しかし確かに、
運命の歯車が回り始めていた。




