79. 交渉
二人はヴァイパーズパンクの街を走り抜けた。
道中酒瓶を片手に倒れこむ人や住む家も無く野宿する人。他にも銃の手入れをする人もいれば、胸元が大きく開いて店に誘惑する者もいる。スラム街と呼ぶだけあってか強者と弱者が入り乱れているのが分かる。
「この街は社会のアウトサイダーが集う街。家庭環境から金銭問題、犯罪者、多くの理由からここに流れ込み生き死にを選ばせてくれる」
「ナタリーも同じ境遇なのか?」
「いや、我々忘神会は元々前当主が束ねる宗教団体でね。ヴァイパーズパンクに集う力無き者が多く集まる場所だった。私は幼き頃その当主に拾われた義娘。神と交信が出来ると祀り上げられた巫女にも近い存在だった。だがブラッディソウルが街へ来た頃に武力こそ本物の力であると主張し、神に祈るよりも自らを強くしようと多くの信仰者が流れていった。ネクロポリス率いるクルサーノも同様、魔王シガレットの力こそ神の雷と称しそれに乗せられまた消えていった」
次第にナタリーの顔つきは暗くなっていく。
「失った信仰に悩みぬいた末に辿り着いた前当主は、その、私に数々の暴力を振るった。神への交信と訴え身体に焼印を入れる事だってあった。ウチの声は誰にも聞こえないし、助けを求めても神は何も答えてくれない。そんな絶望を繰り返したある日、気が付けばウチは父親を殺していたよ。ナイフで何度も刺しているウチを見た信者は恐れおののいたが、多くの暴力を知っていた信仰者はウチの行動に称賛した。そして我々は神に忘れられた場所として"忘神会"を作った」
この小さな身体よりも小さい頃から背丈に見合わない物を背負ってきていた。誰にも助けを求められずきっと藻掻き苦しんでいたといった所だろう。
「ウチにとって忘神会は帰る家なんだ。みんなも私を信じてくれているし、ウチを信仰する様に守ってくれている。だから私もみんなを守らねばならない。それが当主の務めであり信じてくれるみんなの光となるはず……!」
「ナタリーは強いな」
「強くあらねばならない。それが当主として―――!」
「俺だってナタリーを守らなきゃならない。約束しちまったしな。だからナタリーが背負ってるものの半分を俺に背負わせてくれよ」
この子は強くなんかない。強くあろうとしているだけだ。小さな手は震え、コナミが来るまで覚悟は固まっていなかった。当然だ。こんな小さな子一人にみんなが寄ってたかって押し付けているんだ。それを少しでもコナミが背負う事が出来るならきっとナタリーの不安も少しは――――。
「……ッ!!」
足取りが遅くなり立ち止まったナタリーの顔はリンゴの様に耳まで真っ赤だった。今の状況に理解が出来ずコナミも立ち止まる。
「そ、それは、驚いた。そんな急に、ハ、ハハ。決して嫌ではないんだ。ウチの見た目は小さくても今年で18歳だし……年齢的にはその、えと、ほら、イイ感じに熟して、なんて、あの……でも、傷とかいっぱい付いてるし、そのあの、えと初めてじゃないし……えと。これからを二人で背負うとか、コナミは本当に、ウチでいいのか……?」
もじもじと聞いてくるナタリーだったがコナミの頭上には完全にハテナの文字が浮かんでいるレベルに理解が出来なかった。まさかこれがナタリーにとってはプロポーズになっているだなんて夢にも思っていない。
「え、なにが?」
真っ赤にしてもじもじしている仕草にトイレにでも行きたいのかと思っていたコナミの反応に、ナタリーも流石に理解していないのを察したのか大きく溜息をついた。
「童貞め」
「どどっ、どどどど、童貞ちゃうわい!!!」
鼻で笑って走っていくナタリーだったが初プロポーズがこんな形となり内心傷ついていたのにコナミが気付くことはなかった。それでも背負っている重さを知ったコナミには何があってもナタリーを守る覚悟だけはあった。
――――――――――――――――――
鉄で出来た豆腐ハウスが並ぶ街並みは生活感等何も感じられない。先程通ってきたスラム街よりも印象は悪く、常に暴力的な言葉や音が飛び交う。この中にもナタリーの父親の元居た信者達が多くいるのだろう。人というのは環境によって生き方を変えなければ生きていけない種族だが、こんな暴力的な形が正解とは到底思えない。
「おいあれ忘神会のナタリーか?」「隣にいるのはさっきの餌だぜ」
「今度こそぶち殺してやるよ」「よせ、べリアさんが最後は楽しむんだ」
コソコソと話しているが声の大きさが隠すつもりがまるでない。普段から大声で怒鳴りあっているせいか声のボリュームが壊れているのだろう。
そこに上から降ってきたのはブラッディソウル幹部のファウドだった。銃がナタリーに壊されたが替えの銃は持っているのか銃口を向けてくる。
「よお、さっきぶりじゃないか闇の使者。それに大口叩いた生娘。今すぐここで殺してやりたいがべリアさんのとこまで来やがれ」
ファウドは目で手下に合図するとゴロツキがロープを持ってきてナタリーを縛ろうとした。しかしその手を振り払い耳が割れるような音で激しくビンタをして家の中までゴロツキを吹き飛ばした。
これはアイリの様に怪力自慢ではなく肉体強化にマナを振りきった力。やはりナタリーは相当の腕前を持つ魔法使いだ。
「ご生憎様だがウチは手を繋いでもらわなくても一人で歩けるしお前らと争う気などない。これは正当防衛と受け取ってくれよファウド君。ウチらはお話をしにきただけだ。お茶を飲み終わる頃には帰っている」
部下一人連れてこずに強気な態度のファウドはピキピキと音が鳴るほどの苛立ちを見せた。
「お前一人がノコノコここに足を運んで無事で帰れると思ってんのか?餌のくせに舐めた態度取ってんじゃねぇぞコラ……!!」
「御託はいい。早く連れていけ」
一歩も引かないナタリーを前に殺意全開のファウドは両者が視線で火花を散らしながらべリアの居るブラッディソウル本部へと赴いた。後ろからゴロツキ共が100人近く付いてきているが、ナタリーは気にも留めていなかった。一人で片付けられる自信なのか、それともコナミの力を信じ切っているのかはナタリーにしか分からない。
「入れ」
部屋にある垂れ幕を上げられないまま二人は入った。先程同様べリアは女に囲まれながらソファーで大樽を片手に酒を飲んでいた。
「はっ。一度逃げた餌が戻って来やがった。根性座ってるのか頭がイカれてるのか。そうは思わねぇかナタリーお嬢さん」
「ウチは餌でないし、こいつも餌ではない。コナミは忘神会へと入った。だから手を出す事は許されないし今回は話があってここに来ただけだ」
作り話ではあるが今の話からするにコナミは忘神会へと参加したらしい。ナタリーは手の震えなど一切なくそれは当主としての尊厳を失わない立派な姿だった。
「べリアさんに向かって勝手な事ばかり言ってんじゃねぇぞ。ここに来た時点で餌なんだよテメェらは!!」
「そうだ!」「いいぞいいぞ!」「殺しちまえファウドさん!」
べリアはゴロツキを睨むと静まり返りすくみ上った。べリアの殺気は獣のそれにも近しい今にも食い殺される予感を感じさせる。
「はっ。成程。忘神会に入ったちゃ餌の対象ではねぇ。こっちの馬鹿共は気にするな。それで?話ってのはなんだ」
「餌を集めている時に夜間街道まで行っているようだが、暗闇でも自由に動ける方法を知りたい。そしてそれをウチらにも提供して欲しい」
べリアは考える姿勢を見せたがこれにはファウドやゴロツキ共はは笑い始めて転げまわった。
「ぶははは!おいおい忘神会さんよぉ!おめぇらも人材募集中ってか!過去にも多く人は減ったが強硬手段たぁ世話ねぇな!!」「ギャハハちげぇねぇ!!」「餌の取り合いってか!!」
ドゴォォオオオオン!!!!!!
馬鹿にして笑うゴロツキ共に対しべリアは怒り狂い地面を殴った。爆発音にも近しい轟音が鳴り響き地震でも起きたかのように地面が揺れる。4メートルは超える大男が立ち上がり髪を逆なでている姿に誰もが声を失い恐怖した。ただ一人コナミ以外は。
「おめぇらいい加減にしねぇかあ!客人の手前だ!相手も分からねぇのか馬鹿共が!」
どうやらべリアは敬意をもってナタリーに接している様だ。これも悲惨な過去の経験から基づく今の忘神会にまで成り上がりを見せた結果に対してだろうか。すっかり威勢を失ったゴロツキ共は震えあがりながら言葉一つ発せずただその様子を見守っていた。
「はっ。お宅の要件は分かった。こっちのメリットは?」
そう。これは両者にとってビジネスだった。情報を売り、代わりに何かを得る。武力行使で奪ってきたべリアにとってもそれは分かっていた。
「忘神会はその技術を用いてネクロポリスを滅ぼす。そうすればそちらに餌を取られる事はないし、ウチら忘神会もそれについて一切介入しない。それがそちらに提示出来るメリットだ」
ネクロポリスというワードに驚いたべリアだったが、考える姿勢を見せてはいたが直ぐに答えは出た。というよりあくまで小芝居で始めから出ていたのだろう。
「はっ。あの不気味な連中か。コソコソと何をしているのかは知らないが少なくとも俺にとっては脅威と呼べない代物だ。つまり提示されたそれは認められない」
「だったら何ならばいい。こちらにはあまり時間がないのだ」
ニィ~~~~~~ッと笑みを広げるべリアは腰を下ろしてナタリーに対して指を指す。
「忘神会と決闘をしてお前たちが勝てばタダで情報をやろう。ただし、負けた場合はナタリー、お前は俺の妻となれ!!」
「「「………ええええええええええええ!?!?」」」
突拍子もない発言に場の空気は時間が止まるように静止したが、口を継ぐんでいたゴロツキ共ですら声を出した。ナタリーは顔が青ざめながらコナミをじっと見て助けを求めていたが、べリアもまたニヤついた表情のままコナミを見ていた。
どうやらお望みの対戦カードは初めから決まっていた。




