78. 深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ
「ね、シガレット。もしこの旅の途中で私が死んでも立ち止まらないで欲しいんだ」
不意にそう話してきたのはイヴと二人で魔法都市プライベリウムの街を散歩していた時だった。賑わう街中でシガレットのマントを小さく掴んでいる。
「何言ってんだ。イヴが死ぬわけないだろ。嫌な夢でも見たのか?まさか病気なったりとか?」
この時のコナミはまだイヴというキャラクターを操作しているプレイヤーに対しての心配をしていた。
「あ、いや、ほら3人も剣士がいるでしょ。フィルスはパーティーに入った時から強いし、シガレットだって全体を指揮をしながら前線で戦ってる。私はまだ、全然弱いし……」
「そうかな?この間のギガントオーク戦だってイヴが倒したし―――」
「そ、それはみんなが削ってくれて、たまたま」
自信を失いかけているイヴを慰めようとシガレットは頭を撫でた。普段は強気な振舞いをしているが二人になると弱音を吐いたりもする。それがイヴの可愛い所でもあり、信頼してくれている事に嬉しかったりもしていた。
「大丈夫だ。どんな時でも俺が守ってやるよ」
ニッコリと笑顔を見せるシガレットにイヴは照れながらも頷いた。イヴは強い。だから大丈夫。と考えるのはやめよう。世界を守るだなんて大きな括り付けの前に、仲間を守れない奴が【英雄】だなんて恥ずかしくて名乗れないしな。
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イヴの事を思い出しながら物思いにふけっていたコナミをナタリーは不思議そうにジロジロと眺めていた。まるで新しい玩具が来た子供の様に使い方を模索しているかのように。
「な、なんだよ」
「英雄と呼ばれる割に細いし強そうではないなと。いやなに、ウチはこれでも情報通で英雄については魔法都市プライベリウムから知っていたが実物であるコナミを見るのは初めてでね。かつての【剣聖】フィルスの様な屈強な男を想像していたからどこにその様な力があるのかと」
コナミ自身の身体変化は全くないが戦い方を覚えた事と動体視力が良くなった事で補われている。更には英雄の能力発動には力の根幹と言える強靭な魂が重要となる。ウラノスが見ている以上そこまで話す事は出来ないのだが。
「俺の力だけじゃない。今はどこにいるか分からないけど仲間がいるんだ。俺が探してるイヴも勿論その一人だけどね」
「ふうむ。話は聞いているがアイリという少女についての情報が余りにも乏しくていずれゆっくり教えて―――」
すると室外が慌ただしくなり息切れした黒服が入ってきた。
「お嬢様、大変です!例の奴を2匹を捕獲したとの事です!リーファス街道付近で頭を撃ち抜かれて死んでいたとか……!!」
別の黒服に運ばれてきたそれはまたしても異形の姿だった。
撃ち抜かれた頭部がアリで、身体は人間という簡単な作りだが熊の腕を取り付けたのかと思うほど腕は太くなっている。もう一方は顔は人間だが目は真っ黒になっており、体はアリ状で足が熊になっている。
「これは……。もしかすると街道で俺を襲ってきたネクロポリスの連中かも。途中ブラッディソウルに殺されていたが、暗くて見えなかったがこんな姿だったなんて……」
「アリは嗅覚に優れどんな暗闇でも場所が分かるという。一方こやつの目が何者のか分からないが夜目が利くのだろう。どうりで夜中でも昼間の様な活動が出来るわけだ」
黒服の男たちも異形のおぞましさに吐き掛ける者もいた。単純に人間をまるでプラモデルでも作るかの様にこの異形にしてしまう事の異常さをコナミは強く感じて恐ろしくなった。
だが、ナタリーその死体の頭を優しく撫でだした。
「危険です、お嬢……様……」
その姿は愛に溢れており優しく言葉にならなかった。異形として、魔物として、死体としてなど扱わず、ただ生物として人としてその尊厳を守っている。
「ウチら忘神会はこの件を終わらせてみせる。これ以上被害者を出すわけにはいかない。そしてイヴの安否も気になる。ただネクロポリスの本部をどうやって探せばいいのか……」
「お嬢様、街道に現れる奴らを追ってみるとか」
「バカか。どうやってあの暗さで尾行するというんだ。それに隠れて待っていようにも奴らには丸見え。戦闘能力は高そうだしウチらが襲われる可能性も十分にある」
「そ、それは……確かにお嬢様の言う通りです」
コナミも思いつく限りを考えた。最も効率的なのはメサイアの魔法で透明になったり夜をかき消す程の光を放ったり……。いやいや、メサイアを頼るにもイヴを助けるのに時間が足りなくなる可能性もある。
アイリならどんな方法が思いつくだろう。ああ見えて頭も良いからいつだって頼りになるし、腕っぷしも十分で非常事態でもアイリとなら……。
色々と頭を巡らせたがコナミは自身の誰かに頼る事という腐りきった性根を拭えない自分に苛立ちを覚えた。
イヴを俺が助けるんだろ。誰かが、じゃない。俺が!!
「……決めたよ。ブラッディソウルの連中にもう一度会ってくる」
急なコナミの異常な発言に忘神会全員が驚いた。
「な、なんでまた?協力してくれるわけないよあんな連中!知ってる?あいつらは入ってきた奴を"餌"と呼んで逃げ回らせていたぶって殺すのを楽しんでる連中なのよ!」
「あいつらが真夜中に"餌"を求めて暗闇を動けるのはなぜなんだ?暗視が出来る技術や魔法の類を何か知ってるかもしれない。俺はそれを聞きに行ってくる」
スタスタと外に出ようとするコナミをナタリーは肩を掴んで引き留めた。ネクロポリスもそうだがブラッディソウルの異常性残虐性もナタリーにはよくわかっている様だ。
「他はそうでもないがべリアだけは強さが異常だ。不意の一撃でべリアを飛ばせたのもあれは舐めてかかっていたに過ぎない!それに次もウチらが助けにいける保証はないし、最悪マフィア同士の戦争になる!」
コナミはナタリーの手を優しく撫でて肩から降ろした。
もう覚悟は決まってるんだ。迷う必要すらない。
「忘神会は関係ない。これは俺の問題だ。俺はイヴを助けに行くついでにネクロポリスも潰してくるよ」
ナタリーの顔を見る事なくコナミは玄関を出た。あの暗闇で自由に動けて更には一直線にヴァイパーズパンクへと帰ってこれるというのは何か理由があるからだ。タダで教えてくれるに越したことはないが戦闘は免れない。ナタリーをこれ以上巻き込みたくはない。
「お嬢様!」「待ってください!」
「コナミーーー!!待って!!!!ウチも行くから!!」
「は!?」
全力疾走のまま顔を真っ赤にしてナタリーはコナミにしがみ付いてきた。その小さな手は震えたまま今にも泣きだしそうになっていた。
「はぁはぁ、ごめん、ウチがの覚悟が足りなかった。そうだよね、ネクロポリスと戦争するっていうのに今ビビってても仕方ないよね、ハハ。今まで睨み合いが続いていたとはいえ三組織で争う事は無かった。ウチは生まれた時からここ以外居場所が無くて……その、忘神会を失うのが怖かった。だからネクロポリスの件もずっと一人では動けなかったの」
「だったら……」
「でももう迷わない!ウチも戦う!」
その目は真っ直ぐな迷いの無い強い目にコナミはアイリを思い出した。それでも怖いのかアドレナリンのせいなのか手の震えは収まっていない。頼りがいがあるが、守りたくなる、そんなナタリーを放っていくわけにはいかない。
「我らも一緒に!」
黒服の連中が付いて来ようとしたがナタリーは手を出して止めた。
「忘神会のみんなは待っていてくれ。これは当主としてウチが決めてくる」
「それでも危険です!お嬢様に何かあれば!」
ナタリーはふっと笑ってコナミの腕にぎゅっとくっ付いた。厚手の服を着ているとはいえその上から小柄な身体とは思えない大きな膨らみがある事に気づいたが、黒服の手前コナミは静かに堪えた。
「コナミが守ってくれる。彼は英雄なんだ」
こちらを見上げてナタリーは微笑む。そんな事を言われては断る事なんて出来ないのがコナミという男だ。黒服の男たちと握手を交わして誓いを決めた。
「必ずナタリーを無事に返す。約束するよ」
「お嬢様を頼みます。英雄殿」
忘神会に背を向けた二人はブラッディソウルのいる鉄で出来た家まで走った。
深淵を覗く為に闇を照らす光を探して。




