80. 誰がために
突然の結婚宣言に周囲は戸惑いを見せていたが、べリアの悪い顔を見て察しのいい連中はすぐに気付いていた。割と鈍感なコナミでさえも嫌な予感が的中して雲行きの怪しさに嫌気が指していた。
「結婚だなんて、え、そんな!好きでもないウチと結婚して何のメリットが!」
その言葉に笑いを堪え切れなくなったゴロツキ共が少しづつ吹き出し始める。まだ吞み込めていないナタリーはキョロキョロと周りを見回す。
「はっ。当然乗っ取りだ。俺が勝てば忘神会はブラッディソウルの傘下に下る。ネクロポリスもどこにいるか不明な今、ここヴァイパーズパンクは俺の物となるわけだ。ハハハハハハ!!!!」
べリアはソファーにドカッと座ると笑いながら大きな樽に入った酒を飲み干した。既に勝利を確信してヴァイパーズパンク全体を牛耳った気分にでもなっているのだろう。
「そして妻となったお前は最後まで飼ってやる。まずはそうだな、そのズタボロの身体に俺という存在を上書きしてやらねぇとな」
ニヤついた表情で笑うべリアにナタリーは絶望のあまり口に手を当てた。結婚という言葉に引っ張られていたナタリーは今の状況を完全に理解したのだ。負ければ全てを失い、人間としての権利を奪い取るつもりだった。べリアにとってはただの余興に過ぎないし、こんな勝負受ける価値なんかない。
「ギャハハハハハハハ!!!」「アーヒヒヒヒ!!!」
「どんな姿になるか楽しみだぜ!!」「3日と持たねぇな!!」
周囲のゴロツキ共はべリアの勝利を確信しているせいか大声で笑った。その声はこの先を既に見ているかの様に下衆な物だった。
「おい、ナタリー。もういい他の手段を」
コナミの服のすそを掴んだままナタリーは俯いて離さない。その手は大きく震えあがりそのまま膝をついてへたり込んでしまった。
「ねぇ、コナミ。ウチね、今まで誰にも頼る事出来なかったの。忘神会の当主だし、当然だよね。でもコナミを知ってこの人ならって、いつか会いたいって、ウチを助けてくれるってずっと思ってたの。まだ出会ったばかりだし、こんな傷だらけのウチを守る価値なんかないかもしれないけど。それでも―――」
ナタリーは泣いていた。
痛みを知っているナタリーにとって敗北は恐怖そのものでしかない。居場所を失い、傷は増し、それでもこれ以上犠牲者を増やさないために、その誰かの為にナタリーは戦っている。
「助けて、コナミ」
コナミはそんなナタリーの頭を優しく撫でた。
「約束したろ?俺が守ってやるって」
その言葉にナタリーの震えは止まりコナミに抱き着いた。誰かの為にナタリーが一人で戦うなら、俺もナタリーの為に戦うべきだ。ひとりの英雄として。
「おいおいおいおい!べリアさんの妻に触ってんじゃねぇぞ!」
「餌として食われて死ね前座野郎!」「英雄気取りもいい加減にしろ!」
周りの野次に目もくれずべリアは正真正銘"餌"を見る目でこちらを見下ろしている。今この瞬間に戦闘が始まってもおかしくない程の殺気がべリアから零れ落ちる。そしてべリアは座っていた大きなソファーを投げ飛ばすとその裏には扉があった。
「ここには地下核闘技場が隠されている。活きのイイ餌は俺がここで調理するからキッチンと呼んでいる所だ。さあて、闇の使者コナミ。俺とヤり合う準備は出来てるか?はっ」
「上等だ。その代わりお前の部下に約束させろ。俺がお前を殺しても文句言わずに出すもん出して金輪際関わらないってな」
ゴロツキ共の野次が大きくなる中、コナミは冷静にべリアを見ていた。恐怖をすればするほど英雄の能力は下がるが、デストレイズの今まで感じた事もない殺気を日々耐え続け、常に死と隣り合わせの戦いを続けてきたコナミには恐れる程ではなかった。
「始めるぞ野郎ども!!調理開始だ!!」
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地下闘技場キッチンは餌として葬った亡骸をしっかり処理して整備していないのか異臭が酷く、そこらかしこに大量の血の痕跡がある。中はドーム状になっていて周りの観客が下で戦うべリアを見る事が出来る。
このキッチンは単純にべリアが戦闘狂で餌を調理する処刑場でありながら、その強さを周囲に見せる事で信頼を厚く出来る恰好の場所だ。逆に言えばべリア自身負ける事は許されない。つまり勝ち逃げであの場から逃走した餌であるコナミを許しているはずは無かった。
「やれー殺せ!!」「くたばれ闇の使者!!」
「ナタリーの素っ裸にしてやれ!」「あのクソガキぶち殺してくだせぇ!」
ギャーギャーと騒がしい場内にナタリーは主賓席として周囲の観客から手出し出来ない位置に座らされているが、勝利が見えているゴロツキ共にとってはナタリーも餌として変わりない。ニヤニヤといやらしい目付きをしてナタリーを見ていた。
闘技場は東西に分かれた入り口にコナミとべリアは立たされた。べリアはファーの付いたコートを脱ぎ捨ててタンクトップになりその筋肉が一層目立つようになる。あまりにも巨大なその身体から放たれる恐るべき殺気に気絶していくゴロツキ共もチラホラ見えた。
「おい、コナミ。剣でも神命でも好きに使うといい。闇の使者であるお前を殺せば俺も英雄ってわけだよなぁ?」
「その面で英雄は似合わねーよ。せいぜい狂犬がイイとこだ」
安い挑発にお互い乗らずべリアは口から零れたよだれを拭き取る。互いに臨戦態勢の中ファウドが戦いの火蓋を切る。
「試合開始!!!」




