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61. エキドナ

 風呂からあがったアイリは街のベンチで桜を眺めていた。照明が施された夜桜は美しく、年中桜が咲き誇るというこんな綺麗な景色はここでしか見られないだろう。この街を人を魔物を壊すなんて許せないという気持ちが収まりが利かなかった。


「メビウス……メビウス……メビウス……ッ!!!」


 今夜殺す、殺す、殺す!!絶対に殺してやる!!


 だけどもし今夜決行するとして戦鬼が暴れたらこの街に被害が出るかもしれない。でもいずれ放っておいたとしても結果は変わる事はないどころか、より大きい血と破壊がこの街に訪れてしまう。


 一撃で仕留める。必ず……!!


「あら~?アイリさん、でしたか?夜桜を見に来られたので?」


 話しかけてきたのは統合都市アリエスに来た時に出会った蛇人間の魔物のエキドナだった。赤い着物に赤く結われた髪の毛に赤い目という統一された単色。魅了する様な良い匂いと顔立ちは誰もが振り向く美人だ。


 「エキドナさん。こんばんはデス。この街の桜は見ていて飽きないデスね」


 「そうですね。ここの桜は平和の象徴。人や魔物の心を落ち着かせ我々を融和させると言われています。アイリさんの心も落ち着きましたか?」


 ナギアにもそうだったがどうしてバレてしまうのだろうか。顔や声に出ている?それとも負のオーラでも出ているのか。


 「ワタシはこの街の人や魔物が好きデス。元は魔王勇者が決めた平和の在り方と定義されているデスが、ワタシはこの平和が世界中に広がっても良いと思うデスよ」


 「そう言って貰えるのは本当に嬉しい!私は元魔王様直属の幹部として魔王様を守っていた時にこの政策を聞いて驚きました。そして否定もしました。私はパーシヴァル様以前の魔王様よりお仕えしておりましたので、敵対する人を滅ぼす任こそが全てだったからです。ですがパーシヴァル様がお話する和平協定の目的を知った時、そんな世界があってもいいのではないでしょうか。そう思えてしまったのです」


 桜が舞い散る中、過去の話をするエキドナはどこか物悲しい様子でいた。


 「この街がそうデスよ。平和を象徴すべき街だと思うデス」


 「そうですね。パーシヴァル様がもしこの街を見て頂いた時どんな表情をするのか。私はそれをいつも考えてしまいます。人と人成らざる者。そしてパーシヴァル様の肉体は勇者でありながら魂は魔王。異なる種でありますがその心は等しく同じ種であると私は思います。もちろん形状によっては互いを理解出来ないヴァイパーもいますが、それらとの解決策もスイレンさんが模索している様です」


 ウチの庭を荒らす奴は殺す!と豪語していたスイレンは本当はヴァイパーも纏めて手を取り合う方法も探していた。スイレンは本当に努力家でありながら献身的な人だ。だがヴァイパーについて気になる点もあった。


 「闇の使者は、ヴァイパーデスか?」


 その質問にはエキドナも驚いていた。闇の使者、それは元を辿れば忠誠を誓った魔王勇者パーシヴァルの息子シガレットの魂を持った者。だが実際にメビウスが闇の使者としてエキドナのような仕えていた者は戦う事が出来るのだろうか。


 「……難しい事を聞いてこられるのですね。パーシヴァル様がご乱心なされた実の息子であるシガレット様に討たれましたが話が出来る様子では全くありませんでした。あれをヴァイパーと呼んでいいのかどうなのか。少なくとも今はこの街や民に危害が及ぶのであればそれはヴァイパー。逆に言えば話し合う余地があればきっと手を取り合う事は出来ます。それこそが統合都市アリエスとしての誇りですから」


 その言葉にはアイリはグッと来てしまった。闇の使者が身体にいるアイリとってずっと迷いがあった。自分が人か、否か。だからこそこの街の平和の在り方に対して心惹かれていたのだと今になって知ったアイリは気が付けば泣いていた。


 「ぐすっ、えぐっ……そうデスね。ワタシも、そうありたいって……」


 エキドナは優しく抱擁して頭を撫でてくれた。


 「よしよし、大変な旅路だったのですね。私で良ければお話を伺います。何でも仰ってください」


 「ぐすっ……ワタシは……闇の使者なのデス……ハッ!!」


 静寂。空気は固まり時が止まる感覚にも似ている。

 自分でも何を思って言ってしまったのか思いもよらない発言だった。エキドナはポカーンと口を開けたままこちらを見ている。


 「アイリさんが闇の使者だなんて驚きました。まさか、そんな……」

 「やっぱりそうデスよね。闇の使者は怖いデスよね」


 当然だろう。世界を破壊して回ったシガレットの分身だとするなら、その恐怖を植え付けられた世界は闇の使者と聞くだけで恐れを成す。だがそんな不安を余所にエキドナはアイリの手を取った。


 「本当にアイリさんが闇の使者であればこうやって手を取って歩めるという事。話が出来て共に生きる未来があるという事の証明です。だからアイリさんは私たちにとって唯一の光であり希望だと言えますよ」


 優しい笑顔を見せるエキドナにアイリは泣きじゃくってしまった。こんなに泣いたのはいつ以来だろうかという程泣いた。話そう。エキドナにならこの街の危機が分かって貰えるはず。どこまでも器が広いエキドナに対して心の底からアイリは信用していた。


 「エキドナさん、もう一つお話があるデス。実はこの街に危険が迫っているデスよ」

 「危険……?それは一体?」

 「落ち着いて聞いて欲しいデス。メビウスは闇の使者でこの街を滅ぼそうと計画しているデス」


 端的な話をしたが言いたい事は伝えられたが、エキドナは不思議な表情をしている。


 「メビウス君が闇の使者である可能性はかつて鬼が出現した時に私もそこにいたので分かっていました。ですがそれ以来メビウス君はイイ子にこの街で暮らしていましたよ。それが何故今、この街を滅ぼすなんて事になるのです」


 「それは、言霊を収集する為に……」


 「言霊?よく分かりませんが仮に街を滅ぼすなら今じゃなくてもいつでも出来ましたよね。スイレンやビルがいる今やる方がリスクが高いのではありませんか?」


 「で、でもアイツは闇の使者だから……!」


 「貴方も闇の使者ですよね」


 メビウスが1年間元気でイイ子で信用されて過ごしてきた期間というのは本当に効果があった。闇の使者だと知られていても誰にも信用されて誰もが悪事に対して疑う事などまるでしない。


 「えと、それは……」


 「スイレンがメビウス君に宿る闇の使者の魂を祓う方法を模索しています。今はそれを待ちましょう」


 更には自身が闇の使者である事を伝えた事で、余計に闇の使者と手を取って歩める事を示唆してしまった。これは仮にメビウスが"悪"の闇の使者だと知っても尚、この街の人は手を取る方法を模索するかもしれない。


 まずい……まずい……まずい……!!!

 やっぱり今夜殺すしかない。

 誰に疑われても、嫌われても、例えその後殺されるとしても。



――――――――――――――



 「やぁ、アイリちゃん。今夜も綺麗な月が僕たちを照らしている。こんな日はのんびりお話でもしたいよね?ね、アイリちゃん」


 誰も居ない街の外れにある小さな公園。普段でも誰も来ないだろうと予想出来る程、地面に落ちた桜が掃除されていないのが窺える。


 「…………」


 殺す。殺す。殺す。今ここで殺す――――!!!

 大剣は大き過ぎて警戒されると思ったアイリは旅館の厨房で拝借した包丁を手元に隠し持っていた。


 「そんなに殺意剝き出しじゃまるで今この場で殺されるみたいだ。僕はお話がしたいだけなのに。警戒する必要なんてないよ。さ、座って」


 「…………」


 無言のまま隣へ座る。ただ一瞬の隙を付いて首元を掻き切る。ただそれだけにアイリは集中していた。


 「しょうがないなぁアイリちゃんは。じゃあ特別に教えてあげるよ。僕の戦鬼は殺意を持ってしないと他人に見る事が出来ないが通常出したり意識の共有は出来る。スイレンやエキドナに僕の正体を話した時、君の後ろにぴったりとくっ付いていたのに気付いていなかったようにね」


 「なっ……!!」


 隠し持っていた包丁を持つ右手をガッシリと背後から戦鬼に捕まれる。カラン、と音を立てて包丁を落としてしまった。


 「アイリちゃんがどう秘め事をしようと僕には関係ない。幸いスイレンとエキドナは僕を信じてくれていたからあの場では暴れたり等しなかったけど、一歩間違えれば皆殺しにせざるを得なかった。これは僕からのお仕置きだ」


 両手を戦鬼に捕まれたアイリは身動き取れず、メビウスに腹を殴られた。普段から力仕事をしているせいなのかその拳は深く重い。


 「ごふっ……!!」

 「顔とかだとバレる可能性があるからね。これで許してあげるよ!!」


 全く許す気の無いメビウスは何度も腹を殴り続けた。意識が朦朧とする。頭の中が悔しさでぐちゃぐちゃになる。


 もう疲れた。どうなってもいいや。もう、いい。

 痛めつけられるのがワタシだけなら。


 アイリは静かに目を閉じた。

 その瞬間だった。


 「レイテント・アポカリプス!!!」


 何者かが放った呪文で戦鬼の顔が弾け飛び消え去りアイリの手は自由になった。何が起きたのか分からなかったがメビウスの動揺から察するに誰もこの状況を飲み込めていない。


 「アイリちゃん!!!」


 そう呼んだのは公園前に立っていたエキドナだった。


 「エキドナさん!!!」

 「メビウス君、アイリちゃんになんて酷い事を!!」

 「違うよ!僕は鬼に操られていたんだ!!僕がこんな酷い事をするはずがないだろう?エキドナ、信じてくれよ!!」


 ここにきてまだ嘘を貫こうとしている。情けない表情をしながら泣き真似もしてどこまでコイツは善良な人の心を馬鹿にすれば気が済むのだろうか。


 「残念ながらそれは出来ません。アイリちゃんが私に話してくれた時、初めから私はアイリちゃんを信じていましたから後ろを付けてきたのです。夕刻でのアイリちゃんとのお話をしている際は、聞かれる心配を考慮して敢えて私はあの時信じるフリをしていました。あまり魔王様直属の幹部をナメないで貰いたい」


 「エキドナ!僕を信じてくれよ!!お願いだよ!!」


 「情け無用!!レイテント・アポカリ……」


 「馬鹿が」


 ズシュッ……!!


 「えっ?」


 気が付けばエキドナの身体に背後から大きな爪が突き刺さっていた。エキドナ自身気付けなかったのは魔法を直撃して頭部が吹き飛んだはずの戦鬼が、何事も無かったようにエキドナの背後に立っていたのだ。


 「そんな……嘘デスよ……エキドナさん!!」


 エキドナは大量の血を撒き散らしながら倒れた。それを覆い隠すように桜が舞い落ちる。


 「こんな、こんな事が……これが、闇の使者……。マナの干渉なしで殺意無くこの私に近付き、全く気付かないなんて……」


 「初めから馬鹿みたいに信じていれば良かったんだよ間抜け。魔王様直属の幹部だと?僕はその魔王の息子の魂を継いだ者だ。ヘコヘコ従って手足となって動いていればこうはならなかった」


 エキドナから溢れ出る血を抑えるがとめどなく溢れ出る血はハッキリと死を告げるサインに感じた。


 「私は、アイリちゃんの心が……優しい心だと……気付いてた。ごめんね、助けになれなくて、ごめんね、ごめんね」


 「エキドナさん、エキドナさん、エキドナさん!!お願い、死なないで、お願い」


 血を止めていた手をエキドナは優しく握り締めて微笑んだ。


 「お願い、メビウス君を止めて……みんなを守って……私の大好きなこの街を……お願い……アイリちゃん……パーシヴァル様、バルフレア、みんな。遅くなり申し訳ございません。今そちらへ行きま……」


 そう言い残すと眠りにつくように力を失い、バシャッと血の海に手を落とす生命が消える音がした。アイリは血塗れのエキドナを抱きしめた。


 「ワタシのせいで、ワタシのせいで、ワタシのせいで」


 巻き込んでしまった。何の罪も無い誰よりも優しい街の人を。

 闇の使者であると知っても全てを受け入れてくれたエキドナという人物をワタシが殺してしまった。


 カランと音を立てて包丁をアイリに投げ込んだメビウスはニタニタと笑いながら大笑いを堪えている。


 「僕を殺したいんだろ?さあ、来なよ。いつでも来いよ」

 「メビウスウウウウウウウ!!!!!!」


 手を広げて煽るメビウスに怒りの限界が来たアイリは包丁を握り締めた。それを待っていたかのようにメビウスは大声をあげる。


 「うわあああああああああ!!アイリちゃんやめてくれえええ!!誰かあああああ助けてくれええええ殺されるうううううう!!!!」


 そう言い放つと街がザワザワと動き始める音がした。


 「お前ェェェエエ!!!!」

 「やめてくれえええええ!!ナンテネ」


 気が付けば街中の人が公園へと集まっていた。血だらけで死ぬエキドナ、血の付いた包丁を振りかざすアイリ、怯えながら助けを呼ぶメビウス。誰がどう見ても疑う余地無く状況は最悪だった。


 「おい!!嘘だろ!!」「エキドナ!?!」

 「あの子、血のついた包丁を持ってる!!」

 「メビウス!!大丈夫かあ!!!」


 街の人が動揺を隠せていないながらも決死の思いでアイリの身体を押さえつけて包丁を奪い取った。

メビウスを優しく抱擁して撫でて落ち着かせる街の人。その中でこちらを見て舌を出して挑発するメビウス。


 「メビウスゥゥゥウウウウ!!殺してやるデス!!!」

 「動くんじゃない!!!」「この人殺しが!!!」「よくもエキドナ様を!!」


 アイリを力強く地面に押さえつけたまま身動きが取れない。悔しさの余り目は涙を流しながら血走りヨダレまみれのままでもメビウスへの殺意は止められない。


 もっと早く殺していれば!!ワタシが殺していればあああ!!!


 怒りと悲しみの感情のコントロールが抑えられない。こんなにも怒りが爆発したのは生まれて初めてだった。


 「何事やぁ!!これはぁ!!!!」


 大声を放つ先にいたのはスイレン、ビルスメイン、ナギアだった。

 メビウスの計画通り、最悪のシナリオが始まった。

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