60. 殺意
スイレンは壁を触ると本棚がガタガタ動き出して丁寧に並べてある書類を食らうかのように奥へと吸い込むと、代わりに全く別の新しい書物を並べだした。本の背には戦争の事やかつてあった文明、そして王都ブレイブについても書いてありそうな文字が多く見られる。
「アチキのマナを送る事で奥から別の本を出し入れ出来る魔道具で作られた本棚や。これら全ての本はアチキが調べて書いた書物や現地にあった本になる。王都ブレイブに立ち寄ったのもこういった物を探す為や」
「これだけの数を……すごいデス」
スイレンは得意気な顔を見せると一番ボロボロになった書物を出した。そこには【闇の使者】と書いてある。
「これはアチキが調べた闇の使者に関する全てや。ただ整合性が取れへんもんでナギアに読んでもろて正しく直したい。良かったら見てくれへんか?」
そういってナギアに渡すと3人はソファに座りページを開いた。ビッシリと書かれた闇の使者に関する内容を記載してあった。途中で気付いた間違いの箇所を幾度と無く修正されており、血が滲む様な努力を感じる。その努力の結果があのメビウスの為となっては洒落になっていない。
神命に関する記載もあった。
『神命は怒りや憎悪、それとは別に正義として誕生した闇の使者の個が持つ
性質× 特性× 能力〇
元はシガレットが保有していた能力?←×
そのような記録は見つからない。
神命にはマナが使われていない。つまり魔法の類ではない。
神命とはなんだ。使命?』
これだけ調べても尚、まだ不明な箇所が多すぎる様だがナギアは興味深々にその本を読んでいく。
「ふんふん。この神命だけど記述通りこれは個人の持つ能力だよ。言霊と呼ばれるシガレットの伝記とか過去の情報を集めると、ドロドロしたキモい奴が出てきて神命を強くしてくれる。アーシも正直よく分かんない事ばっかだけどね~」
「なるほど、ってドロドロしたキモいもんって何や?アチキが持っとる情報を見せてアチキにもそれ見せてくれへんか?」
まるで目の前に新しい玩具が届いた子供の様にキラキラした瞳でスイレンはおねだりした。
「他の人には見えないみたいだよ~。あとアーシにそういう物見せないで!ジークが言ってたけど言霊はシガレットの魂を増大させる力を持ってて、もし仮に全ての言霊を集めちゃったらシガレットが復活しちゃうんだから」
その言葉にスイレンの中で緊張が走ったのが分かった。和やかだったムードは一瞬で消え去り、辺りは静寂となる。
「シガレットが、復活?言霊を集めきったら?そいたらここにある書物を全部読まれてしもたら、シガレットが復活してしまうかもしれへんのか……?」
アイリ自身もここで恐ろしい現状に気が付いた。メビウスはこれを分かっていてスイレンから言霊を得ようとしているのだったら、これだけの書物を読み解いた後でメビウスはシガレットとして復活し兼ねない。もはやそれはアイリとナギアも闇の使者であるが故、二人にとっても他人事では無かった。
「兎に角この書物だけは絶対に誰にも見せたりしちゃ駄目デス」
「で、でももし仮に、仮にやで。メビウスに言霊を得る為の資料とか渡して、もしメビウスが闇の使者やったらドロドロした何かって見えるんか?」
何を考えているのか直ぐに理解出来たアイリは止めようとしたが、それは研究者の性とも言えようかその期待に満ちた目は止まる事は無さそうだ。
「もしメビウスくんが"悪"の闇の使者だった場合、この街が滅ぶ可能性だってあるんデスよ!」
「アンタなぁ、あのイイ子のメビウスが"悪"の闇の使者な訳ないやろ。仮にそないな"悪"の闇の使者やったとしてアチキや兄貴、アンタやナギアもおる言うのにどないしてここで悪さ出来る言うねん。冗談にしてはそれはおもんないで」
「でも【鬼】は今のままでもビルスメインさんを吹き飛ばしたって……」
「それは暴走しとったからや。あの時だってアチキが止めた。今はメビウス自身がホンマに闇の使者なんかどうかが知りたい。もしまた暴走して【鬼】が現れたとしてもアチキが止めたらええんやろ?」
「そうなってからじゃ遅いデスよ!!」
その瞬間、青ざめてしまうドス黒い殺気がスイレンから夥しい程溢れ出てきた。ナギアですら槍を持つ事に躊躇いが無く無意識にそのままスイレンに槍を向けてしまう。その殺意に満ちた目は本気だった。
「アチキを誰が止められる言うねん。なぁ、言うてみろ」
戦闘自体は一瞬の技しか見た事はないが、明らかに勝てる相手ではないのは確実。メビウスがある程度言霊を手に入れたからといって勝ち目のある相手だろうか。もしかすれば闇の使者かどうかを証明する程度の言霊が増えたとて問題ないのではないか。アイリはそう思えてしまうくらいにスイレンから迸るマナの圧は強かった。
「ご、ごめんなさいデス」
ただただアイリは謝る事しか出来なかった。恐れたからではなくメビウスを止めるに足る実力だと知れたからだ。
「アチキはどの資料が言霊になるもんか探してみる。それでメビウスにドロドロしたもんが見えたなら魂やなく、メビウス自身が闇の使者と認識出来る事になってしまうけどな……。ほな調べもんするからアンタらは宿でゆっくり休んでくれ」
席についたスイレンは本をいくつか取り出して読み始めた。二人はスイレンの部屋を後にした。
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朝風呂ではなく昼風呂になるが二人は気分転換に温泉へ入った。昼間でも関係なく人や魔物が多く入っていて賑わっている。ナギアは気にしてなさそうではあったが、アイリは風呂に入っても気が重くなる一方だった。
「ふい~、スイレンちゃんマジ怖かったね~。でも相当強そうだし安心って感じではあるけどアイリちゃんは色々心配みたいだね。何かあったの?」
「あ、いえ別に何もないデスよ」
「じ~~~~~~」
じっと見つめるナギアは初めから察してくれていたようだった。どちらにせよメビウスが闇の使者として知れ渡る日も近いなら今話しておいても関係無い。
「実は……」
「アイリちゃん!ここにいたんだ~!」
ハッと振り向くとそこには狩りを終えたであろうビルスメインとメビウスがいた。タイミングを見計らうかの様に入ってきたメビウスはニッコリと笑う。
「ギギャギャ!今日はなかなか大物だぜ。スカイドライブバードとかいう怪鳥だ。こりゃ街全員にいきわたるな!」
「え~!すっご!それクエストで見たけどSSレベルだよね!アーシもそれまだ見た事ないんだよね!」
「ギギャギャ!そうか!なら後で見せてやる!20mは超える巨体で羽ばたくだけで俺様が吹き飛ばされかけたぜ」
その話に色んな人やモンスターが集まってきた。
「私もそれ見たーい!」「ビルさん俺も俺も!」「私もー!」
英雄の凱旋とも言えるくらいにビルスメインは持て囃されていた。血は止まっているが身体中は傷だらけで戦闘の大きさを物語っている。
「アイリちゃん何話してたの?」
隣に座ってきたメビウスはニッコリと笑うが、その笑みは正体を知っているアイリには気持ちが悪く不気味に映った。
「メビウス、アナタの好きにはさせないデス……」
「どうやって?何をするの?何が出来るの?ここで戦鬼を出したっていいんだよ?」
周りに聞こえない様に小声で話すアイリに対して余裕の表情を見せる。既にこの周り全ての人間や魔物を人質として扱っていた。メビウスはアイリの腰に手を回してきたが、その状況を周りはビルスメインに気を取られていて誰も気が付いていない。
「言ったよね。アイリちゃんが話せばこの街は血に染まる事になる。僕だってそんな事したくないんだ」
そう言いながらアイリの胸元を触り出す。アイリはビクつきながらも人質にされた状況では何も出来なかった。
「イイ子だね。今日の夜、また一人で昨日の場所まで来て。もし時計の針が2時を回っても来なかったら戦鬼を出すから」
「…………ハイ」
アイリは静かに表情にも殺気にも出さずに怒りを殺したが、俯きながらアイリは今夜メビウスを殺す事を決意した。




