62. 信じる心
血塗れのナイフを持って怒り震えながら押さえつけられるアイリ。
怯えるフリをして泣き真似をしながら保護されるメビウス。
腹に風穴が開いて無惨にも血の海に放り出され息絶えたエキドナ。
公園に集まり群がる民衆はその構図から状況把握し、誰がどう見てもアイリが殺したのだという怒りと悲しみと恐怖の目をこちらに向けている。
「アイリちゃん!一体、これは……!!」
ナギアが心配そうな目を向けているが、アイリに対して発する視線と同じ視線を民衆はナギアにも放ち共犯者だと疑っていた。その目にナギアはたじろいでしまった。
「何事やぁ!これはぁ!!」
凄まじい声と共に地面が揺れる程の殺気を零しながらアイリを見る。駆け寄ったビルスメインは震えながらエキドナを抱きしめた。
「待て、待ってくれオイ。コイツぁ、どうなってんだ。俺様の婚約者が、こんな、オイ!え、アイリ……テメェがヤったのか?アァ!?」
今までに見た事も無いビルスメインの怒りに満ち溢れた殺気を浴びたアイリだったが、それ以上にアイリも怒りが抑えられなかった。
全ての元凶のメビウスが手が届く所にいる。今、目の前に!!!
「どけえええええええええええええ!!!!!」
押さえつけていた民衆を跳ね除けてアイリはメビウスに包丁を向ける。殺すと決めて、その後殺されるのも覚悟を決めてここに来た。
ワタシがここでメビウスを殺すしかない!!そうすれば全て終わる!!
「メビウスうううううう!!」
「ウラァァァァッァァアアクソガキがあああ!!」
「アイリちゃん危ない!!」
アイリが斬りかかる背後には既にビルスメインが拳を構えた状態でこちらにいる。それを止めようとナギアは槍をビルスメインへと突き立てている。メビウスも危険を察知して泣きマネをしながらもこちらに殺気を繰り出す。
もうこの戦いを誰も止める事は出来ない、とその場にいる誰しもが思っていた。
たった一人以外は。
「全員止まれ」
スイレンはアイリを踏みつけ、扇子をビルスメインへ向けたまま、日傘でナギアの槍を止めた。そしてメビウスの顔を覗き込む。踏みつけられたアイリはそれでも殺そうともがいたが岩に押し付けられている様に重く身体がピクリとも動く気配が無い。
「誰も動くな。誰一人や。この場はアチキが取り持つ」
「スイレン、でもよォ!!このガキが!!」
「黙っとれや筋肉馬鹿。殺すぞ」
渦巻いた様に歪む目に怯えビクついたビルスメインは身体が硬直した。民衆も久方振りにスイレンのガチギレを見たのかザワついていた周囲は完全に沈黙と化し、呼吸すらしているのか分からなくなる程の緊張が出る。
「みんなは一旦メビウス連れて家に帰れ。後はアチキが何とかする」
その一言で嵐が過ぎたかの様に皆一同その場を後にした。扇子を胸元に仕舞うとスイレンは優しくエキドナの頭を撫でた。
「こんな、こんな事なってもうて可哀想に。なんでこんな事したんやアイリちゃん」
「違うデス!!メビウスが!!!メビウスがッ!!!」
こんな言い方では言い訳に聞こえるのは分かってはいたが、フーッフーッと息が荒く興奮が抑えきれないアイリの頭は回っていなかった。それを見たナギアはアイリを抑えるかのように抱きしめている。
「アイリちゃん落ち着いて。何があったの?お願い、教えて。アーシこんなアイリちゃん初めて見た。スイレンちゃんもビルっちも話聞いたげて欲しいな」
「ギ……ギギギギ!!俺様が正気でいられるのはスイレンがそうしろと言っているからに過ぎねェ。だが回答次第では今すぐ肉片に変えてやるから覚悟しろよクソガキが……!!!」
「黙って聞けや筋肉馬鹿。アイリちゃん、今すぐ話せ」
今は説明するしかないと深呼吸して心を落ち着かせた。だが3人はアイリの顔をしっかり見ているその背後には、ニヤリとほくそ笑んで立っている戦鬼がいた。
誰も気付いていない。話せば今すぐ誰かを殺すというサインだろうか。駄目だ、今話せば殺されてしまう。ワタシは無力で何も出来ない……。
「なんや、今すぐ話せ。アチキが正気でおれるんはアンタをまだ信じとるからや。何があったんか話せ!!!」
スイレンも自身の感情を抑えるのに必死だった。誰がどう見てもアイリが犯人だと思えるこの状況ですら信じてくれている。そのスイレンの実力や洞察力を信じなくて一体どうする。意を決したアイリは口を開く。
「ワ、ワタシがここに来たのは……え?」
先程までスイレンたちの背後にいた戦鬼はいつの間にか消え去っていた。一体どこに行った?いやワタシの背後?そう思って振り返るが見えない。マズイ。何かがマズイ。見逃している事はなんだろう。
「アイリちゃん、どうしたの」
「オイコラ、続きを話せェ!!」
何かを見落としている気がして危機感を拭いきれない。頭がぐるぐると回転する中、次の言葉を発する事が出来ない。なぜ今消える必要があった?ここで話しに気を取られている一番危険なスイレンを今殺すのが最優先なはず。あの不敵な笑みは別の意味があった?この状況はメビウスにとって有利?
ドゴオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!
その瞬間街の中央広場から爆発するような音が聞こえた。そこに現れたのは10mはあろうかという戦鬼だった。大きさも自由自在なのか―――!!
「鬼だと!?このタイミングで!?クソガキお前何をした!!とにかく街の人が危ねェ!!俺様が鬼の相手をする!!」
「なんや、これ。ホンマなんなんやクソッ!ちょっと待っとき。説明は必ずしてもらうさかいな!」
急いで二人は戦鬼が暴れ狂う街の方へと走って行った。既に建物が吹き飛ばされながら戦鬼は大袈裟な程に暴れていた。
「アイリちゃん、何があったか分からないけどメビウスに何かあるんだよね!アーシはいつだってアイリちゃんの味方だから!!一緒に行こう!!」
明るく真っ直ぐな眼差しでニッコリと笑うナギアは、アイリの事を微塵も疑っていない様子で手を差し出す。その光に満ちた手を繋いでアイリは大いなる闇との戦いを始める。




