63. 崩壊
悲鳴。悲鳴。悲鳴。
飛び交う声と破壊される音が周囲を響き渡らせる。1年前に暴れ回った鬼が目の前に再度出現したのだ。
「頼む!メビウス!落ち着いてくれ!」
「くそっ、あんな事があったから恐怖して暴走してしまったんだ!」
「あの冒険者のせいで!」「エキドナを殺したあいつらが!」
様々な怒りや恐怖の声が聞こえてくる中をナギアと手を繋いで走り抜ける。
目の前では巨大な戦鬼にビルスメインとスイレンが戦闘を繰り広げていた。
「華水鬼・炎天」
「ウラァァァァ!!!」
スイレンは扇子を振ると戦鬼の頭部が花火が弾けた様に吹き飛び、次にビルスメインの一撃で腹部に大穴が開いた。しかし頭部も無いまま戦鬼は腕を振り上げてビルスメインを殴り付けると家々を破壊しながら吹き飛ばされてしまった。
「以前やったらこれで元に戻っとったのにどないなってんねん。馬鹿は生きとるんか!」
「あぁ、クッソ。こいつ前よりも強くなってないか?メビウス!!そこにいるのか!!魂まで鬼になんかなってんじゃねェ!」
既に吹き飛んだ頭部や腹部は元に戻っていて元通りになり、スイレン達を無視して街や人を襲い始めている。わざわざスイレン達と戦うわけではなくなぜ他を?
「アイリちゃん、あれがメビウス君なの?」
「あれは【戦鬼】というメビウスの神命で作られた鬼デス。本体は何処かで身を潜めているはずデス。どうにかして探すデスよ」
メビウスはあの時街の人に保護されて何処かへ行ってしまった。その直後戦鬼を出して街で暴れさせている。何の為に?
「アイリちゃん危ない!」
吹き飛んできた家の破片が襲い掛かってきたが、ナギアが見事な槍捌きで守ってくれた。
「ご、ごめんなさいデス」
「まずはフィルスの大剣を取りに行こう!そしたらアイリちゃんサイキョーだし!」
フィルスの大剣はスイレンの事務所と並列している旅館に置いてあったが、その旅館はまだ被害が出ていない所か傷ひとつ付いていない。これだけ暴れているのにこんな綺麗な状態である方が不自然に思える。
ここでアイリは全て分かってしまった。
「ナギアさん!急ぐデス!メビウスは"そこ"に居ます!!」
「えっ!うん!!」
アイリたちは旅館へ入って行き、自分たちの部屋へと入った。荒らされた形跡も無くそこにはフィルスの大剣が無くなっていた。
「大剣が無くなってる!!アイリちゃんこれって……!!」
「間違いないデス。メビウスは今、スイレンさんの事務所にいるはずデス!」
二人は急いでスイレンの事務所へと急いだが扉に内側から鍵が掛かっている。少しでも時間を稼ぐつもりなのだろうか。アイリは怒りに任せた拳でその扉を吹き飛ばした。
「やっば……アイリちゃんマジマッチョ過ぎない??」
「乙女に言う言葉じゃ無いデスよ。ですよね、メビウス」
扉を破壊した事で埃が舞う暗い事務所の中で椅子に座って書籍を読むメビウスがそこに居た。ありとあらゆる書を引っ張り出したせいなのかそこら中に資料が散らばっている。隠し扉の事も知ったお陰か本棚は破壊の限りを尽くされていた。
「メビウス、もうアナタの好きにはさせないデスよ。戦鬼をわざと街の人に向けて暴れさせて、スイレンさん達が戦っている時間に言霊を得る計算デスか。誰もが戦鬼がメビウスだと信じている以上、メビウスがここに居るとは思わないデスからね」
「来るのが早いよアイリちゃん。僕の想定では君はスイレンから拘束されて尋問を受けている間、僕はゆっくりと言霊を集める事が出来たのに。流石にスイレンを甘く見過ぎていたけど短時間ながら僕はもう十分な言霊を得た」
本をパタリと閉じると背中に携えたフィルスの大剣をこちらに構え始めた。ナギアはそれを見て槍を構える。
「メビウス君、今すぐ止めて。スイレンちゃんもビルも街の人だってみんな君を信じてるんだよ?今からだって遅くない。ちゃんと謝って今回の事を深く反省して闇の使者だってみんなと歩める方法を……」
「黙れよ」
静かに吐いたそこ声に二人はゾッとした。今までニヤついていたメビウスはもうどこにも存在しないかと思わされる程、無表情で睨み付ける目にスイレンに近しい殺気を感じる。
「吐き気がするんだ。お前が僕と同じ闇の使者だって?笑わせるなよ。言霊を得て更に沸き立つこの怒りが、憎しみが、狂気が、お前に感じられるなら同じ事は思うまい。そして流れ来るこの無限の可能性を秘めた力が僕の神命を何処までも加速させていく!!」
「ウヴォオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
地面が揺れる程大きな声を張り上げる戦鬼は次の一撃で街の半分を吹き飛ばした。飛ばされる家々だけではなく身体が千切れ飛んだ人や魔物まで見られる。
「今すぐ止めるデス!!メビウス!!」
「止めたきゃ勝手にしろ。戦鬼は止まらない」
「だったら!!!」
ナギアは槍を構えたまま突進していった。その攻撃は凄まじくフィルスの大剣で受け止めたメビウスを事務所の壁ごと薙ぎ倒して外まで吹き飛ばした。
「ぐお……コイツ、こんな強……!?」
「アーシは元大三元の一人【流麗】のナギア。ギルドクラスSSの槍使いなの。闇の使者の神命だけに頼ってるメビウス君じゃ勝ち目無いってわけ。早く大剣を返して今すぐ戦鬼を止めなさい」
「いいや、終わらせない。僕がシガレットを復活させるまで!世界を地獄へ変えるまでは終わらない!!」
フィルスの大剣を大振りで振ったが重すぎるが故にコントロールが利かない上に、所詮素人の剣閃ではナギアに触れる事すら許されない。
「流星槍」
殺さない様に槍を反転させて石突の部分で突いたが効果は絶大。血反吐を撒き散らしながらメビウスは苦しみ藻掻いた。
「フー……まだだ……こんなものじゃ、こんなものじゃ終わらせないぞ。もっと、もっと言霊を……神命を強く出来ればこんなものじゃ!!」
「終わりデスよ全部。アナタの計画も何もかも終わりデス」
「アイリちゃん!!!」
ハッと振り返った時には戦鬼がこちらに向けて拳を振り降ろしている最中だった。まさか自滅する気で攻撃を!間に合わない――――!!!
「ウヴォオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
「クソがああああああああ!!!」
戦鬼の前に立ち塞がったのはビルスメインだった。何度も戦鬼と殴り合ったせいか腕が紫色にまで腫れあがりそこら中から血を流している。踏み込んだ一撃と共に戦鬼とビルスメインの拳が衝突する。
「「キャアアアアアアアア!!!」」
旅館が消し飛ばされる程の威力を放つ戦鬼の攻撃をビルスメインは受け止めた。風圧でアイリも吹き飛ばされそうになるが地面に刺した槍を支えにナギアが必死で抑えてくれている。
「ギ……ギギャギャギャギャアアアア!!」
「ビルっち!!!」「ビルスメインさん!!!」
互角、いやビルスメインの右腕はもう幾度と無くこの攻撃を受けていたせいか押されつつあった。先程から家々が吹き飛ばされているのはこの攻撃を受け止めていたのだ。
「俺様も今すぐそっちへ行くからな!!エキドナァァァァア!!」
ビルスメインの右腕は吹き飛ばされ全身で戦鬼の拳を受けた。未だ威力が落ちる事は無くビルスメインの身体を捉えているが、次第に威力は落ちて拳が収まった。
「び、ビルっち……?ダイジョウ……ハッ!!」
左腕を大きく広げたビルスメインは二人を守ったまま直立不動で死んでいた。あの破壊力の攻撃を真正面から受け止めたのだ。街を守る為に戦う男の背中は立派で強く誇らしく勇敢で大きい。戦鬼の攻撃になんて負けてなんかない。
そこにやってきたのは左手に扇子、右手に日傘を持ったスイレンだった。着物や武器はボロボロでスイレンも街の人を守る為に攻撃を凌いでいたのだろう。
「先に逝ってもうたんか。ホンマこの筋肉馬鹿……、いやアホ、ボケ、タコ。アチキの家族。アチキの宝物。アチキを独りにせんといて……お願いや……お兄ちゃん……うわあああああああああ!!」
スイレンはボロボロと涙を流して大声をあげてビルスメインを抱きしめた。それでも不動のビルスメインは立派でスイレンを受け止めている様にも見える。
「ウヴォオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
続け様に攻撃を繰り出す戦鬼はスイレン目掛けて先程の威力の拳を振り降ろしてきた。
「アーシが受け止める!!スイレンちゃんとアイリちゃんは離れて!!」
ビルスメインの拳が通じなかった相手にナギアで止められるのだろうか。決して実力を疑っている訳では無いがビルスメイン自身凄腕であり、拳の力だけならナギアよりも遥かに強力。
まさか、ナギアも死ぬ気で―――!!!
「カッコイイって思っちゃったんだもん。ビルっちの事。アーシだってちょっとはカッコイイとこ見せたいじゃん」
振り降ろされる腕は止まる事は無い。このままでは誰も救えない。
けど剣がないとフィルスの剣撃は放てない。
「ナギアさん!!!やめてええええ!!!」
「ウヴォオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
「さっきからうるさいねん」
日傘から引き抜いた剣を超高速で振り降ろしたスイレンの一撃は戦鬼の拳を弾き返して吹き飛ばした。日傘は剣を収める為の鞘だったのだ。圧倒的な力に戦鬼は身体を逸らしたまま仰向けに倒れてしまった。
「はー、もうええわ。滅茶苦茶や。アチキの街も家も家族もみんなぶっ壊されてもうた。誰や、やったもんは。どこにおる。アイリちゃん言うてみろ」
殺意を感じれない程の殺意。殺意の限界を超えたその先にある目は淀み黒く濁り人間の限界を超えている。ただ一つそこから発生させるのは恐怖、そして支配だった。アイリは震えた唇で答える。
「メビウス……デス。彼はスイレンさんの言霊を得る為に1年間仮面を被って過ごして……」
「そんなもんはどうでもええねん。犯人はメビウスなんやな?つまりあそこにおる鬼はメビウスちゃうわけや。ほんでどこにおるんや本人は」
「ハイ。あれはメビウスが生み出した神命【戦鬼】デス。メビウスはここにいま……、ってあれ!?」
そこに居たはずのメビウスは消えていた。先程の攻撃で吹き飛ばされて何処かへ飛んで行った?幾度と無くビルスメインが攻撃を受け止めてきたのを見てか、初めから受け止めて来るのを分かっていてこちらへ攻撃を振って来た。でもスイレンへ振った攻撃はナギアが受ける事を狙って?
「おらへんがな。どこ行ったんや」
「アーシの流星槍を受けたからまともに動ける状態じゃなかった。もしかしたら吹き飛ばされてそのまま死んじゃったカモ?」
「せやったらあそこでおねんねしとる神命の戦鬼も消えとるはずやろ。そもそも言霊を集めるちゅうんが目的なんやったらアチキの事務所。もうボロボロなってもうとるけどここにおるいう訳や」
既に風圧で倒壊した事務所の方を3人は見た。スイレンがメビウスの為に必死になって集め続けた資料が無惨にもそこらかしこに散らばっているが、そのどれもこれもが手書きで記された血と汗の結晶だ。
その中からパチパチと拍手をしながら現れたのは、メビウスだった。
「僕の為にこんなに集めてくれてありがとうスイレンさん。血も繋がってないビルの事を馬鹿にしてたけどお前も大馬鹿だよね。僕も血が繋がってないけど君もこれから家族だーとか言ってさ。気持ち悪いんだよお前。鳥肌立てながら1年間も過ごさせて貰ったよ」
スイレンは震えた手でギュッと扇子を握り締める。悔しさの余り唇を噛みしめて口元から血が流れ落ちる。
「それが……ホンマのアンタなんか?メビウス」
「当たり前だろ間抜け。ここにいる全て今日この日の為の道具だ。アイリちゃんが来た事でこの計画までの道筋が見えた。だけどお前はその二人も家族として迎え入れて最後まで信用した。そんな頭おかしい奴だとは思わなかったよ。お陰で全ての書類に目を通せる事は無かった。ああ、本当にお前は愚かで無能だよスイレンさん」
怒り狂い今にもメビウスに斬りかかるものかと思っていたがスイレンは泣いていた。何も言わず肩を震わせながら。そこに居たのは統合都市アリエスの長スイレンでは無く、ただの独りの女の子だった。
「あーあーあーあーあーあー!街みんなで家族ごっこしちゃってさぁ。気持ち悪いよね全く。だいたい死んでいった魔王勇者パーシヴァルの意向なんて今や叶える必要等ない。これからの魔王はシガレットいや、僕だ。僕は世界の終わりを望んでおられる。お前らも従え。愚民共」
言霊を集めすぎてメビウスはシガレットに近付きつつあったせいなのか、
言葉の一部一部がシガレットなのかメビウスなのかごちゃ混ぜになってきている。
このままでは本当に"悪"の魂を持ったシガレットが復活してしまう――――。




