46. 英雄のいない世界
深い海の中を潜る様に時々遠い昔の事を思い出す。
まだ生きていた頃の【剣聖】と呼ばれた父親の記憶だ。
父は優しくも厳格な方で、ワタシに対しても弟子と同じ様に剣の道を歩ませた。時折構って欲しいと泣いた事もあったが、父は忙しい人で各地へ旅に出る事も多く会える機会も指導の日となっていった。旅には多くの危険が付き纏い、死の瀬戸際を何度も経験する事も……。
バリッ
あれ?今何を思い出したんだっけ。
ワタシは、誰だっけ――――?
「―――からコナミくんはうちで預からせてもらいますね。それにしても傷を癒してもも全く起きる気配が無い。以前のアイリさん同様一体何故か分かりませんね。ですがコナミくんの事は僕に任せてください」
「何から何まで悪いなレイテ。みんなの傷や装備の修理までやってもらって。この借りはいつか返すよ」
レイテとイヴはコナミの容態を心配しながら話している。
あの戦いから既にあれから半月ほど経過していた。
要塞共和国インペリアルは完全に崩壊し、生き残った少数の人たちは教会都市ジンライムへ移された。レイテは生き残った人の治療や、心のケアも兼ねて寝る間も惜しんで仕事をしている。
「おや、おはようございますアイリさん。コナミさんが心配でずっと付きっきりもいいですが、僕に任せてたまには外に出た方がいいですよ。良ければ心配なのでアルマさんとナギアさんの様子を見てきてください」
「あ……そうデス……ね」
アイリは起き上がって外に出ると教会都市ジンライムは人が増えたおかげか以前よりも活気づいた様に感じる。お互いの街が闇の使者の被害者なので心は通じ合い協力関係として街を賑やかにさせていた。
「そうじゃ!いいぞ!もっと腰を下ろせ!吾輩の動きを見ておれ!」
「いいね~!めちゃうまだよ~!マジセンスある!」
声が聞こえた方を見ると二人は街で戦いに関する稽古を民に付けていた。ジークの死により魔道具を新しく生む事が出来なくなった民は、自らの命や大切な人を守る為に闇の使者に対抗出来る力を付けようとした。
「あ!アイリちゃん!体調はど?マジ部屋の中から出ないからアーシちょー心配したって!」
「ごめんなさいデス……」
「カッカッカッ!元気ないのぉ!まぁ、気持ちはわからんでもないわ。まさかあれから直ぐコナミがああなってしまうとはな。吾輩も行っておれば、と思うがナギアですらウロボロスには太刀打ち不可能なんじゃろ」
ナギアは槍をぎゅっと握り締めた。
「あの時あの戦いの中で間に割って入れたコナミっちはホント凄いよね。アーシでも絶対戦いの邪魔になるって分かってたもん」
「吾輩とも2度本気で殺し合ったがコナミはそれでも死なんかった。それにジンライムでの戦いの後も寝込んでおったがこれ程意識が戻らんかった事はないぞ」
二人はコナミの実力を認めていた。あの日ジークに対して一撃で焼き尽くしたコナミの実力とイヴの恐るべき強さを見てどこかウロボロスに勝てるのではと何処かで安心していた。
確かにコナミの強さは出会った頃よりもずっと強くなっている。かつてはウサギに倒されてしまっていたが、数々の戦いを乗り越えた結果なのだろう。でもどうして急激に強くなれたのか、あの時なぜ様子がおかしくなったのか。まだ聞きたい事は山ほどあるのに……。
「ってかあの時アイリちゃんの杖折れちゃったね。アーシが槍とか教えよっか?」
「え、いいんデスか?」
――――――――――――――――
「ふん!ふん!どうデスかナギアさん!」
「どうって、言っても、ねぇアルマ」
「下手くそセンス才能無しじゃな!」
教えて貰った通りに槍を振るっていたのに何が違ったというのだろうか。魔法もろくに使う事が出来なかったのに槍も才能がない事にアイリはショックを受けた。
「アルマー!言い過ぎっしょそれ!アイリちゃん魔法使いだもんね。これ前衛職だし!」
「じゃがアイリは杖より剣のが得意じゃろ?なんで使わん」
「え?そうなの?使ってみて~!」
そう言ってナギアは指南用の木剣を持ってきた。
※※※※※※※※※※※
―――――剣は嫌い。
ワタシがワタシではなくなるから―――――。
※※※※※※※※※※※
「アイリちゃん?大丈夫そ?」
気が付くと二人は心配そうに顔を覗いていた。
剣を持つと次第に記憶が薄れ、溶けて、消える感覚がする。剣を持っているだけでいつかワタシがワタシじゃなくなるのが怖い。
「あ、いや実は剣は好きじゃないんデス。あんまりイイ思い出が無いデスから」
二人は亡き父の事に気付きその場を誤魔化してくれた。コナミが居なくなってからずっと気分が暗く、どんよりした思いが拭えない。失ってからこんなに大事だって気付くなんてアイリは思いもしなかった。
それにナギアから聞いた話では【フィレメイシ】という魔法を使ってジークにやられた傷を全てコナミが引き継いでくれたと聞いた。そのせいで壊れてしまったのではないか、ワタシのせいなのでは、という心の中の罪が消えてくれない。
「コナミさん、早く会いたいデス……」
意図せずボソッと呟いた言葉を前にイヴが立っていて聞かれていた。アイリの完全に硬直し熱が出たように顔が火照っていく。
「アイリ、お前まさかコナミが好きなのか?」
「ちちちちち違うデスよ!何言ってるデスか!」
「ふふ、そうかそうか。それよりやっと元気になったな」
イヴはアイリの頭を撫でて抱き寄せた。赤い鎧が硬く冷たかったが、それでもアイリには温かく感じた。イヴの装いは既に出かける準備をしており、袋に大きな荷物を積めていた。
「ありがとうございますイヴさん。ところでどこかへ出かけるのデスか?」
「ああ。冒険都市ビルダーズインのギルドは強い。この街もきっと大丈夫だ。私が居なくても何とかなるだろう。だが早々にウロボロスは私が確実に殺す必要がある。その為に旅に出る事にした」
「じゃあワタシも一緒に……」
そう言いかけたが実際にジークとウロボロス戦で手も足も出なかった事を思い出した。むしろコナミが居なければ死んでいた上に、足手纏いだったという自覚もあった。
アイリは思い返す。
あの日、会議室からコナミが消えてしまった後の事を。




