34. 作戦開始
「きゃああああああああああああああああ!!!!」
女性の叫び声目を覚ますとベッドの隣で鈍器で滅多打ちにされ肉片になった女性。壁や天井にまで血しぶきは吹き飛び、廊下にも大量の人間だった物が広がっている。衝撃的な状況にコナミは叫び声を出す事すら出来なかった。
「な、なんなんだこれは……。アイリ、アルマ、レイテ……みんなどこだ……」
コナミは宿の階段を降りて外へ出てみると、まるで意志を持っているかのような炎が人や建物を攻撃し、魔物が人々を殺して回っている。業火で家や人間が燃える音と人々の悲鳴がひとつ、またひとつと消えていくのを感じる。これを地獄と言わずに一体なんと呼べばいいのだろうか。
「嫌だああああああ!!!へぶっ!!!」
街の中心部でミノタウロスの斧で頭から真っ二つにされた青年は簡単に死んだ。と、思ったらその傷はみるみるうちに治っていく。それに気付いたミノタウロスは頭を切り落とす、がまた治っていく。面白く思ったのかミノタウロスは青年を切り刻み続けるが死ねない。
夢と現実を司る神モルフェウスと過去と未来を司る神クロノスから貰った夢を見る事でシガレットの追体験を出来、過去の真実を知る事が出来る能力。つまりここはシガレットの教会都市ジンライムへのシガレットの襲撃。
「死なせてくれ……痛い…痛い……」
青年は血のあぶくを吐きながらレイテに頼む。おかっぱにパッツンの髪形の当時のレイテはそこにいた。青ざめた表情のまま絶望した顔色を見せマナの発動を諦めるとミノタウロスの攻撃を受けた青年はそのまま肉塊となり死んだ。ミノタウロスはレイテに攻撃しようとするが、レイテはその場から時間を一時的に止めてどこかへ消えてしまった。
「素晴らしい!ああ、なんという美学。流石は麗しきシガレット。無惨無慈悲!」
意味不明な事を叫び続け嬉々として街を歩く謎の男。まるでヴァンパイアを思わせるような風貌。大きな黒のマントに白いスーツに蝶ネクタイ。白くて長い髪の毛は全て後ろで纏められている。その姿にコナミは見覚えがあった。
「なんでここにいるんだ、ウロボロス……」
ウロボロスは肉片となった青年を拾い上げてムシャムシャと食べ始める姿に、かつて魔法都市プライベリウムでコナミの切り裂かれた手を食べ始めた姿を思い出してコナミは吐き気が出てきた。だが今吐いたらバレる危険がある、耐えろ、耐えろ、耐えろ。
深呼吸するとコナミはある程度落ち着いた。ディバインズオーダーに来てから残酷な描写の経験が増えすぎたコナミは自分自身でも認めたくはないが人の死に対して慣れてきているのを実感する。
ウロボロスはニコニコしながら元中央教会の宮殿へ足を運んだ。もしかしたら何か秘密があるかもしれないとコナミも後を追う。宮殿内は破滅の限りを尽くされていて原型を留めてはいなかった。ウロボロスはそのまま宮殿内に入っていく。コナミは入口付近で中の様子を観察した。
「ああ、我が君。我が主。我が王。我が神。なんという美しい姿、なんという強く歪んだ目。なんというなんというなんという!まさかこれ程とは!」
ウロボロスが興奮しながら見つめるその先にいたのは。
「―――――シガレット」
自分の姿をどれだけ見てきたか。
最強武具、武神シリーズに身を包んだ鎧姿。赤く燃えるエフェクトのついた今見るとダサいマント。髪形は本来勇者風にサークレットで髪の毛を立てていたが、取り外されたのか下ろされていて髪がだらりとしている。
そして右手に持っていたのはかつて剣聖フィルスの金色に輝く剣だった。
『シガレット、あなたは何をしているのか分かっているのですか!』
宮殿内に姿を見せたレイテはシガレットに言葉を発した次の瞬間、シガレットはレイテに向かって剣を一振りした。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!
たった一振りで宮殿の半分を消し飛ばす程の凄まじい威力。レイテは時間停止魔法を使って回避していたが、その呼吸は常に乱れている。
「ああ、ああああ、あああああ!!この破壊力!!!素晴らしい!素晴らしい!素晴らしいいいいいい!!!」
興奮が止まないウロボロスは犬のようにハァハァとヨダレまみれで声を出すが、情緒不安定な自身の興奮を抑える為、先程の青年の肉を搾って血を呑み気持ちを落ち着かせた。シガレットはレイテに詰め寄り始める。
『これは罪と罰でありその精算だ。我が父が望んだ世界など幻想に過ぎない。下劣で非道な人間共よ、この世界から消えてなくなるがいい』
怒りの表情を見せながら迸る雷撃がシガレットの周囲を包み込み拡散する。
『雷光抜刀閃』
一瞬光輝いたと思った後から耳に残るのは破壊の轟音。完全に崩壊する宮殿に足場を失ったコナミは崩れ落ちる瓦礫と共に落下した。
「いってぇ……レイテは今も生きてるって事は無事、なんだよな」
コナミは瓦礫の中立ち上がったが背後に立つと"それ"はコナミの肩をガッシリと掴んだ。コナミには"それ"が何者なのかすぐにわかり、恐怖のあまり身体はガタガタと震えだす。
「お前は魔法都市に居た小僧。何故何故ここにいる」
ウロボロスはゆっくりと覗き込むようにコナミの顔を見た。その目は血走っていて先程のシガレットの一撃で興奮が抑えられていないと見える。
「なるほど。お前も言霊を集めているのだな?神命はなんだ。言ってみろ!!」
肩を掴む手の力が尋常ではなく肩の肉がえぐれて血が衣服に滲み出す。【英雄】だ。唱えるんだ。早く。早く。早く。早く。
「英雄ああああああああああああ!!!!!!」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「ああああああああああああ!!!!!!」
叫び声と共に目覚めた時には元のベッドに戻っていてアルマがギョッとした目でこちらを見ている。
「なんじゃなんじゃ騒がしい。これからが大事じゃと言うのに。ほれ、先に出発するからの」
「大丈夫ですかコナミくん。時間です。そろそろ出発しますよ」
二人は先にドアを出て行ったが手の震えがどうしても止まらない上に右肩が痛むわけではないが肩が重く感じる。ウロボロスがなぜ夢の中にいるのか気になったがそれよりも準備しないといけない。
アイリは未だ眠りに付いたままでこのまま起きないのではないかと心配だ。行ってきます、とアイリの頭を撫でて部屋を後にした。
教会都市ジンライムの夜はあまりにも静寂に包まれていて、街灯りひとつも無くまるで人が居ないと感じる程だった。堂々と教会内へ侵入可能に感じるが焦って勘づかれてはいけない。あくまで慎重に進めて行くのが必要不可欠である。
「普段からこうも人が居ないのか?」
「どうでしょうか……夜は教会内に潜んでいますのであまり外には出ませんがあまりにも静かですね」
「罠じゃなかろうの?吾輩らの策略がバレておるとか」
三人は少し考えたがもし罠であったとしてどう対処すればいいかわからない。宿屋の主人が店番に居なかったから単純に寝静まっている可能性だってある。
「作戦を確認するが、先ずは吾輩が獣人化して突撃する。フリューゲルの洗脳は吾輩ならば避けられるじゃろうからの。二人はその様子を観察して闇の使者であるなら三人で叩く。もし違ったのであれば吾輩はその場を去るでよいな?」
「アルマには悪い仕事を押し付けてしまったな」
「良い。吾輩にしか出来ん仕事じゃしな。それに闇の使者は吾輩にとって敵じゃ。ぶち殺してやる」
そう言うと身体はバキバキと音を立てて巨大化していく。近くで見ると2メートルはあるだろうか、この剛腕な腕で引き裂かれた時は簡単に腕が吹き飛ばされた。そうこう考えてる間もなくアルマは教会の階段を凄まじい速度で駆け上がっていく。コナミとレイテを完全に置いてけぼりにしてしまった。
「なんてスピード!コナミくん急ぎましょう!」
「あのバカ!やる気出し過ぎだ!」
二人は全速力で教会の階段を駆け上がったが、アルマが既に到着しているはずなのに争っている音は特にせず静寂のままだった。中の様子を確認したいが教会内自体が暗くてよく見えない。そこに雲が晴れたのか月明かりが静かに差し込み教会全体を照らす。
「なんだ……これは!!!」
そこには変身後のアルマ頭上をぼーっと眺めたまま天を仰いでいた。その周囲には大量のジンライムの民が溢れ出る程にひしめき合いながら祈りをささいでいる。何が起きたらこんな状況になるというんだ。
「冒険者コナミ、そして【大司祭】レイテ。ようこそ中央教会へ」
コツコツと足音を立ててこちらに近付いてきたのはフリューゲルだった、が、首を掻き千切られたのか頭を手に持った状態でこちらに近付いてきた。完全に頭部と分離しているはずの千切れた頭が話している。
「どういう事なんですかこれは……ありえないですよ!!」
「このアルマとかいうカラト族の小娘が物も言わず私の首を搔き切ってくれた。お前達の言う作戦という言葉はこやつの知能では遠く及ばなかったようだな」
「テメェ一体アルマに何をしたぁ!!!」
そう言うとアルマはぐるんとこちらを向いた。その目に理性という物があるのか不明な程ギョロギョロとしている。
「私は特に異常はないわ。お前達の言う作戦難しすぎたのじゃ。カッカッカッ!カカッカッ!!!」
笑いながらアルマは話しているがどうも違和感が大きい。
「お前本当に異常はないんだな?」
「お前しつこいぞ!無いと言っておろう!私がフリューゲルの首を搔き切ったのじゃ!」
コナミとレイテは目を合わせて頷いた。どうやらレイテも気付いてくれている様子だった。
「アルマの一人称は私、じゃなくて吾輩なんだよクソボケ。それにお前じゃなくてお主だ。洗脳されたのか、そうなんだな!」
「どうやらこちらが話してた作戦も筒抜けのようですね。そしてフリューゲル、あなたも既に洗脳されていたようですか」
「ぷ……」
「ぷくく……」
「ぷはっ…!」
「「「ぷははははははははははははは!!!!」」」
教会内の民、フリューゲル、アルマ全てが一斉にケタケタと笑い始めた。その声は教会内に響き渡り反響して凄まじい声となる。
民は笑いながら中央の道を譲るように道を開ける。するとアルマの身体を撫でるようにして笑いながら出てきたのは中央教会の階段で出会ったシスターだった。
「こんばんわ。私は闇の使者・ユルシュピ。神命は【支配】。このジンライム全ての民は私が支配し、操作し、飼いならしている」
「シスターが闇の使者!フリューゲルが闇の使者ではなかったのですか」
ユルシュピはまるでウエディングドレスをシスター服にしたかのような格好で白く長い髪と黒く棚引くベールをひらひらとさせ回りながらまたケタケタと笑う。
「ぷはははは!フリューゲルは既にこの通り死んでいるじゃないか!アルマを支配したくてフリューゲルに私は闇の使者だー!って言わせたらこの獣人、そのままバカ丸出しで突っ込んできやがる。こいつは私が直接触れたからね。支配の力が強すぎて自我なんてもうないよ。それより―――――」
ユルシュピはコナミに対して指を差す。
「【支配】の能力は記憶を見る事が出来る。そして言霊を集めていたが、お前の力は一体なんだ?神命が使えるって事は同じ闇の使者なのか?それに階段で私が直接触れたのに全くと言っていいほど支配が効いていない」
「知るかよ!お前他の闇の使者より大した事なかったりしてな!それに俺は闇の使者じゃねーよ!」
下手な回答はウラノスの口外禁止事項を破りかねないし、それにしっかり否定しておかないとレイテに闇の使者だとか疑われかねない。
レイテをちらりと確認すると安堵した表情を見せて頷いた。偽りの無い言葉を信じて貰えているようだ。
「そうかいそうかい。私は大した事はないか。じゃあ、試してみるか?」
そうユルシュピが言った瞬間、民とアルマが一斉に襲い掛かってくる。
闇の使者・ユルシュピとの戦いが始まった。




