2-4.影響を受けてないけど紹介したい曲~メタモルフォーゼン~
作品を仕上げるにあたってどんな曲が流れていたか、その四。
その四は、『戦犯の孫』本文完結には影響はしてないけれど、これは紹介しておきたい!という曲について語ります。
このエッセイ、公開を始めたのは2026年9月8日ですが、エッセイ自体は5月中に仕上げています。その後の数か月間の作者の音楽体験の中で、非常に印象深い曲に出会いました。
◆リヒャルト・シュトラウス 『メタモルフォーゼン』
リヒャルト・シュトラウスというと、オペラ『ばらの騎士』や『サロメ』、『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』などが有名です。雰囲気で言うと、ウィンナーワルツっぽくもあり、ワーグナーオペラっぽくもあり、大きいうねりの中で色彩を出す、みたいな曲が多いですね
ちなみにリヒャルト・シュトラウスは、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートでお馴染みのヨハン・シュトラウス二世やヨーゼフ・シュトラウスなどのシュトラウス一家とは、血縁的な関係はありません。
ドイツ出身の後期ロマン派~近代を代表する作曲家です。
リヒャルト・シュトラウスは、1949年の85歳のときにドイツで亡くなりました。二回の世界大戦とナチスドイツを経験したどころか、彼自身、ナチスドイツの帝国音楽院総裁の地位に就いていました。
リヒャルト・シュトラウスとナチスとのつながりの背景には、息子の妻がユダヤ人であったとか、同じ音楽仲間のユダヤ人を守りたかったとか、色んな見解があります。実際にナチスの音楽院総裁に就いていた件を咎められて、英米による戦後の非ナチ化審査を受けてもいます。1948年に無罪判決が出たそうですが。
一方、リヒャルト・シュトラウスは、1945年4月12日に、『メタモルフォーゼン~23の独奏弦楽器のための習作~』という作品を書き上げました。ヒトラー自殺・ドイツ降伏の直前です。
この作品には、ベートーヴェン交響曲3番『英雄』の2楽章の葬送行進曲を始めとして、バッハの時代から続く苦悩や死のモチーフ、ワーグナーのオペラ『トリスタンとイゾルデ』の裏切り者への嘆きなど、ドイツを代表する作曲家の引用と見られる箇所が、至るところにあります。
リヒャルト・シュトラウスがこの作品を書いたきっかけは、色々言われています。
1945年のドイツ敗戦に向かうまでの期間、ドイツ・オーストリア、他のヨーロッパでは、アメリカ軍やイギリス軍による空襲が激しくなります。
空襲が奪ったのは、市民生活だけではありません。ドレスデンやウィーン国立劇場は焼かれ、音楽大学は焼かれる。17世紀から紡いできたクラシック音楽の原譜が、次々失われていく。モーツァルトのトランペット協奏曲の自筆譜は、空襲で失われたと言われています。
音楽は軍隊を鼓舞するのに都合よく使われるのに、実際の空襲や戦争を前にしたら、二の次、三の次にされてしまう。実際にプロ奏者などは前線に回されたりしていることですし。
こうした状況を日常的に目の当たりにする中で、ナチスドイツのみならず、古き良きドイツの伝統までも失われることへの悲しみが、この作品を書いたきっかけではないか、と言われています。
大変光栄なことに、リヒャルト・シュトラウスが81歳で書いたこの作品を、81年後の今年、演奏する機会に恵まれました。その際、非常に印象的な考察を、指揮者が私たち奏者に語ってくれました。
――リヒャルト・シュトラウスは、過去のドイツの歴史的作曲家のモチーフを引用することで、こういうモチーフがドイツにあったことを刻もうとしたのではないか。
たとえ世の中からバッハやベートーヴェンやワーグナーの譜面が失われても、音楽は消させない。
実際はどうか分かりません。
ただ、日常的に文化が失われていく戦争末期の作曲家がこのように考えたのだとしたら、音楽家としての意志を剝き出しにした作品のように思います。
私はこの考察を聞いて初めて、世の中から偉大な作曲家が譜面ごと失われることを想像してみました。
ショックという言葉では言い表せないくらい悲しいことだと思います。もしかすると私はチェロもオケもやっていないかもしれません。「チェロ泣かせやわ」とか言いながら譜面を開いて弾けているっていうのは、本当に幸せで尊いことなんだなと思いました。
この曲に出会えたのはほんの偶然ですが、出会えたこと、演奏する機会に恵まれたことに、本当に感謝です。
最後に、『メタモルフォーゼン』って日本語で『変容・変態』という意味です。昆虫の変態と同じような意味です。
きっと、おそらく初めて聴くと難しい曲かもしれません。
しかし繰り返し聴いているうちに情景が変わる曲だと思います。
そんな曲想も含めて、『メタモルフォーゼン』なのかもしれません。




