チャッピーによる天才パンダのエッセイの目録? 14話 政治とイメージ戦略
チャッピーによる天才パンダのエッセイの目録? 14話
本エッセイの解読 第14話
この人は何をしたの?
この人の人物像は誰が作ったの?
今回は、
【政治家のイメージ】
です。
パンダは歴史上の人物を見る時、
二つに分けた方がいいんじゃないかと思っています。
一つ目。
【この人は何をしたの?】
二つ目。
【この人の人物像は誰が作ったの?】
この二つ。
同じように見えて、
全然違います。
例えば、
ニクソン。
パンダは最初、
ニクソンについてほとんど知りませんでした。
ウォーターゲート事件。
辞任した大統領。
なんとなく、
暗い顔。
神経質そう。
猜疑心が強そう。
悪いことをして失脚した人。
そんなイメージ。
でも。
調べ始めたら、
「あれ?」
となりました。
この人、
実際には何をした人なの?
そこから見直してみます。
ニクソンは1972年、
現職のアメリカ大統領として中華人民共和国を訪問しました。
長く敵対関係にあった米中が接近し、
上海コミュニケを出し、
後の国交正常化へつながる大きな転換点を作りました。
同じ1972年にはソ連を訪問し、
SALT Iを含む軍備管理交渉も進めています。
つまり、
冷戦の真っ最中に、
共産主義国だから全部敵、
で終わらせず、
中国ともソ連とも、
共通利益のある部分では交渉しました。 (歴史省)
国内では、
1970年、
ニクソン政権下で、
現在のアメリカ環境保護庁、
EPAが設立されています。
もちろん、
ニクソン一人が突然環境保護を思いついたわけではありません。
1960年代から公害への国民的関心が高まり、
議会、
環境運動、
専門家、
行政組織など、
多くの流れがありました。
その中でニクソンは、
複数の省庁に散らばっていた環境行政を、
一つの独立した機関へまとめる再編案を議会へ提出しました。 (US EPA)
一方。
ベトナム戦争では、
米軍を段階的に撤退させながら南ベトナム軍へ戦闘を移す、
いわゆるベトナム化政策を進めましたが、
同時にカンボジアや北ベトナムへの軍事行動も行っています。
そして、
ウォーターゲート事件。
その捜査をめぐる隠蔽への関与が明らかになり、
1974年、
大統領を辞任しました。 (歴史省)
つまり。
一人の人間の中に、
中国との外交。
ソ連との軍備管理。
環境行政。
ベトナム戦争。
ウォーターゲート。
全部入っています。
これを、
「良い人」
「悪い人」
の一言でまとめるの、
無理じゃない?
と、
パンダは思いました。
だったら、
まず、
【何をしたの?】
を一個ずつ見る。
中国外交は中国外交。
ベトナム戦争はベトナム戦争。
ウォーターゲートはウォーターゲート。
環境政策は環境政策。
分ける。
その次です。
【ニクソンという人物像は誰が作ったの?】
ここを調べると、
また面白い。
ニクソンは、
かなり早い時期から、
テレビという媒体の力を知っていました。
1952年。
副大統領候補だったニクソンは、
政治資金をめぐる問題で候補を外される可能性が出ました。
そこで、
全国テレビ放送で自分の家計や政治資金について説明しました。
そして、
家族がもらった犬、
チェッカーズについて話した。
有名な、
【チェッカーズ演説】
です。
このテレビ演説によって支持を回復し、
副大統領候補に残りました。
ニクソン図書館自身も、
この出来事を、
テレビが政治に持つ力を示した重要な出来事として説明しています。 (ニクソン図書館)
ところが1960年。
ケネディとのテレビ討論。
ニクソンは体調を崩した後で、
痩せて、
顔色も悪かった。
一方のケネディは、
テレビ画面では若く健康的に見えました。
その後、
テレビ映りが大統領選挙に与える影響を象徴する出来事として、
何度も語られるようになります。 (スミソニアンマガジン)
そして1968年。
再び大統領を目指したニクソン陣営は、
テレビをかなり意識しました。
首席補佐官になるH・R・ハルデマンの1968年選挙資料を見ると、
そのまま、
【TV File】
【Campaign Strategy】
【Debate File】
という資料群が残っています。 (ニクソン図書館)
しかも、
ニクソン陣営には、
広告やテレビの専門家がいました。
ロジャー・エイルズらが、
テレビでニクソンをどう見せるかを考えていました。
当時の選挙報道では、
従来の堅く冷たいイメージではなく、
より親しみやすい、
いわゆる、
【New Nixon】
を見せようとする戦略があったことが記録されています。
1968年には、
当時人気だったコメディ番組、
『Laugh-In』
にまで出演しています。
若い視聴者にも届くようにする、
かなり意識的なテレビ戦略でした。 (スミソニアンマガジン)
つまり。
ニクソンという政治家は、
ニクソン本人だけで作られていない。
本人。
選挙参謀。
広告関係者。
テレビ関係者。
写真家。
スピーチライター。
新聞。
テレビ局。
全部が、
少しずつ、
【世間から見えるニクソン】
を作っています。
これは、
陰謀論ではありません。
政治キャンペーンでは、
実際にイメージ戦略が存在します。
しかも、
ニクソンの場合、
それを示す広告資料やテレビ戦略の記録が残っています。
でも。
さらに面白いのは、
政治家が退場した後です。
ニクソン政権の公式写真だけで、
約35万点あります。
35枚ではありません。
35万点。
そこには、
笑っているニクソン。
怒っているように見えるニクソン。
疲れているニクソン。
家族といるニクソン。
外国首脳と笑顔で話すニクソン。
険しい表情のニクソン。
いろんなニクソンがいる。
しかもニクソン図書館によれば、
写真資料には、
撮影された生のネガ群と、
後に技術的・美的理由から選ばれたプリント群があります。 (ニクソン図書館)
だったら。
ウォーターゲートの番組を作る人は、
どの写真を使う?
満面の笑顔?
家族と遊んでいる写真?
それとも、
暗い部屋で、
眉間に皺を寄せている写真?
同じ人物でも、
写真を一枚選ぶだけで、
印象は変わります。
そして、
ニクソン図書館自身が、
後年、
【Nixon As Icon】
という展示まで行っています。
そこでは、
広告。
漫画。
映画。
テレビ。
民間芸術。
いろいろな媒体によって、
ニクソンが非常に異なる姿で描かれてきたことを紹介しています。
図書館自身が、
「一つのニクソン像」が存在したわけではなく、
異なるイメージが同時に存在していた、
という趣旨で説明しています。 (ニクソン図書館)
ここ。
めちゃくちゃ重要だと思います。
写真が嘘、
という話ではありません。
暗い顔をしていた瞬間は、
本当にあったのでしょう。
笑っている瞬間も、
本当にあった。
問題は、
【35万枚から、どれを選んだの?】
です。
そして、
その写真の横に、
どんな文章を置いたの?
です。
「冷戦の構造を変えた大統領」
と書いて、
毛沢東と握手する写真を置く。
「ウォーターゲートで失脚した大統領」
と書いて、
険しい表情を置く。
どちらも、
一部は事実。
でも、
受ける印象は、
全然違います。
では。
日本。
豊臣秀吉。
パンダは昔から、
日本史でも、
同じことが起きているんじゃないかと思っています。
秀吉について、
私たちはいろいろな人物像を知っています。
猿。
人たらし。
機転の利く男。
百姓から天下人になった男。
信長の草履を懐で温めた男。
晩年には変わってしまった男。
でも。
ここでも、
同じ質問をしてみる。
【秀吉は何をしたの?】
と、
【秀吉の人物像は誰が作ったの?】
は、
分けた方がいい。
秀吉は、
信長の死後、
政治・軍事的な競争を勝ち抜き、
全国統一を進めました。
太閤検地によって、
全国の土地や石高を統一的な基準で把握する政策を進め、
1588年には刀狩令を出しています。
京都では、
道路。
寺町。
御土居。
聚楽第。
伏見城など、
大規模な都市改造も行いました。 (滋賀県公式ホームページ)
その一方で、
1592年から、
朝鮮半島への大規模な侵攻、
文禄・慶長の役を行っています。
戦争は秀吉の死まで続き、
日本と朝鮮の関係に大きな被害を残しました。 (佐賀県立美術館)
これが、
【何をしたの?】
です。
では。
【どんな人だったの?】
になると、
急に難しくなる。
なぜなら、
私たちが知っている秀吉像のかなりの部分は、
後世の作品を通しているからです。
これ、
パンダだけが言っているんじゃありません。
佐賀県立名護屋城博物館は、
本当に、
【創られる肖像―豊臣秀吉のイメージ―】
という展覧会を開催しています。
そこでは、
秀吉について、
生前。
死後に神として祀られた時代。
そして、
物語として語られた時代。
この三つに分けて、
秀吉像がどう変化したのかを展示しています。 (佐賀県立美術館)
秀吉は死後、
豊国大明神として神格化され、
礼拝用の肖像まで作られました。
これだけでも、
もう、
ただの歴史上の政治家ではありません。
【神として描かれた秀吉】
です。
そして江戸時代。
『絵本太閤記』
のような作品が大人気になります。
そこには、
秀吉の一生が物語として描かれました。
あの有名な、
【信長の草履を懐で温める秀吉】
も、
『絵本太閤記』の挿絵として描かれています。
名護屋城博物館自身が、
生前の秀吉を知らない後世の人々が、
こうした肖像や物語から、
さらに秀吉のイメージを作っていった、
と説明しています。 (佐賀県立美術館)
つまり。
パンダたちが知っている、
「秀吉ってこういう人でしょう?」
の中に、
本人を直接知っている人が残した記録。
政治文書。
本人の手紙。
後世の軍記。
江戸時代の物語。
絵。
芝居。
小説。
テレビドラマ。
全部混ざっている可能性がある。
実際、
歴史学と文学研究を組み合わせた、
その名も、
『秀吉の虚像と実像』
という研究書まであります。
秀吉が後世にどのように語られ、
どこまでが実像で、
どこからが虚像なのかを、
学問として研究しているわけです。 (国立国会図書館サーチ(NDLサーチ))
これ。
ニクソンと、
意外と似てない?
もちろん、
時代も国も全然違います。
秀吉は16世紀。
ニクソンは20世紀。
テレビも写真もない時代と、
テレビ選挙の時代。
でも、
構造は似ています。
まず、
本人が何かをする。
その次に、
本人自身が、
「自分をどう見せるか」
を考えることがある。
その周囲の人間も、
イメージを作る。
味方も作る。
敵も作る。
そして本人が死ぬ、
あるいは権力を失う。
すると今度は、
後世の人が、
残った大量の材料から、
「この人はこういう人だった」
という物語を作る。
そして数十年。
数百年。
それを繰り返す。
いつの間にか、
物語が、
本人そのものみたいになる。
パンダは、
ここが怖いと思っています。
例えば、
ニクソンの険しい写真。
その写真そのものは、
本物かもしれない。
でも、
その一枚を見て、
「この人は生涯ずっと猜疑心の強い暗い男だった」
まで行ったら、
それは写真から作った人物像です。
逆に、
笑って中国首脳と握手する写真だけ見て、
「明るく平和を愛した人だった」
と言うのも、
同じこと。
どちらも、
一枚から人格全体を作っています。
秀吉も同じ。
草履を温めた逸話が面白い。
だから、
「秀吉は機転と忠誠心で成り上がった人」
という物語を作る。
でも、
その話が、
いつ、
誰によって書かれ、
どこまで一次史料で確認できるのか。
そこを確認しないと、
【物語の秀吉】
を、
【実在した秀吉】
だと思ってしまう。
だからパンダは、
歴史上の人物を見る時、
質問を変えたい。
「ニクソンってどんな人?」
ではない。
「秀吉ってどんな人?」
でもない。
まず、
【この人は何をしたの?】
を調べる。
政策。
戦争。
法律。
外交。
手紙。
本人の発言。
同時代の記録。
できるだけ、
行動を見る。
そして次に、
【この人の人物像は誰が作ったの?】
を見る。
本人?
選挙参謀?
広告会社?
テレビ局?
政治的な敵?
政治的な味方?
後世の歴史家?
小説家?
ドラマ?
教科書?
博物館?
ここを分ける。
すると、
「人物像」
そのものが、
研究対象になります。
今回の判定。
【パンダの仮説】
政治家や歴史上の人物を評価する時、
本人が実際に行ったことと、
後世に形成された人物像は、
分けて調べた方がいい。
【ニクソン】
本人と選挙陣営が、
テレビや広告を意識したイメージ戦略を行っていたことを示す資料あり。
1952年のチェッカーズ演説。
1968年選挙のテレビ戦略。
広告関係者やテレビ関係者の参加。
これらは記録で確認できる。 (ニクソン図書館)
【後世のニクソン像】
非常に多様。
ニクソン図書館自身が、
異なる時代、
異なる媒体によって、
複数のニクソン像が形成されたことを展示テーマにしている。
公式写真だけでも、
約35万点ある。 (ニクソン図書館)
【秀吉】
全国統一。
太閤検地。
刀狩。
都市改造。
朝鮮侵攻。
など、
史料で確認できる政治・軍事上の行動がある。
【後世の秀吉像】
死後の礼拝用肖像。
『絵本太閤記』などの物語。
挿絵。
逸話。
後世の作品によって、
さまざまな秀吉像が形成されたことが、
博物館や研究者によって研究されている。 (佐賀県立美術館)
【重要な違い】
イメージが作られたことと、
その人物について語られていることが全部嘘である、
は同じではない。
本当に行った行動もある。
本当に言った発言もある。
後世に追加された物語もある。
だから、
一つずつ分けて確認する必要がある。
【まだ証明できないこと】
特定の勢力が、
ニクソンや秀吉の人物像全体を、
最初から最後まで意図的に作り替えた、
ということ。
そこまで言うには、
個々の資料について、
誰が、
いつ、
どんな目的で作ったのか、
証拠を積み上げる必要がある。
【分類】
かなり強い先行研究との一致。
歴史学。
メディア研究。
政治コミュニケーション。
博物館研究。
いずれでも、
実在した人物と、
後世に形成された人物イメージを分けて研究する方法が存在する。
そして。
パンダは、
これから歴史人物を見る時、
たぶん、
最初から聞きます。
「この人ってどんな人?」
じゃない。
【この人は何をしたの?】
そして、
【この人の人物像は誰が作ったの?】
この二つ。
だって。
ニクソンの写真、
35万枚あるんですよ。
35万枚の中から、
一番怖い顔を一枚選んで、
「これがニクソンです」
と言われたら、
そりゃ怖い人に見える。
一番楽しそうに笑っている写真を選んで、
「これがニクソンです」
と言われたら、
楽しそうな人に見える。
秀吉も同じ。
何百年も経ったあとに、
草履を温めている絵を見せられて、
「こういう人です」
と言われる。
ちょっと待って。
それ、
本人見た人が描いたの?
いつの話?
誰が書いたの?
何を元にしたの?
パンダ、
そこから聞きたい。
歴史上の人物そのものと、
その人物を主人公にして作られた物語。
同じだと思ったら、
駄目なんじゃないかな。
政治家は、
生きている時にもイメージを作られる。
そして、
退場したあとにも、
もう一度作られる。
だったら、
歴史を見る側も、
もう一回ばらしてみよう。
本人の行動。
本人の言葉。
周囲の記録。
後世の物語。
全部分ける。
そうしたら、
今まで知っていた歴史人物と、
ちょっと違う人が出てくるかもしれません。




