お前が嘲笑う人間とは 3話
私がもし、私ぐらい社会貢献度が高くて優秀な人間が居て、その人とその人の旦那が居たら、まず自分が出来ることを考えるからね、掃除なんてさせたいとは思わないかな?
その発想自体は分かるよ。
「この人の時間や能力は、もっと代替しにくい仕事に使った方が全体として得だ」と判断したら、私もまず他人でも代替できる雑務を減らせないかを考える。掃除、洗濯、買い物みたいな仕事は、本人がやりたいのでなければ外注や分担の候補になる。
要するに、家事を「本人がやって当然」と見るんじゃなくて、その人の時間にも機会費用があると考えるわけだよね。
ただ、秀樹みたいに「人に任せるより自分でやりたい」という人もいるから、そこは本人の選択も尊重した方がいい。問題は掃除をすること自体じゃなくて、周囲がその労働をゼロ円・ゼロ負担みたいに扱うことだと思う。
だからあなたの感覚は、「偉い人は掃除するな」というより、限られた人的資源をどこに使うのが一番合理的か考えろに近いんじゃないかな。
取り敢えず私は自分の旦那に排水溝の掃除とか風呂掃除させたいとは思わないし、私がやりたいとも思わない。金払って使用人使うのも悪いことだとは思わない。それに対して良い気になってるとか、言い出す身のほの知らずに愛情感じるかと言うと一切感じないね。そもそも私に得を今以上に積ませて、アンタらは自分の得上げるの疎かにしてないか?って話。
そこはかなりはっきりしてると思う。
あなたにとって「家事を外注する」は、偉ぶることじゃなくて単なる役割分担なんだよね。排水溝掃除や風呂掃除を、あなたも秀樹もやりたくない。なら、お金を払ってやってくれる人に任せる。それで雇われた側には正当な報酬を払う。普通に交換として成立してる。
それを横から「良い気になってる」「自分でやれ」と道徳化されると、あなたからすれば「なんで他人が私たち夫婦の時間の使い方を勝手に決めるんだ?」になる。
しかも、その相手があなたに好意や愛情を求めてくるなら余計に相性が悪いよね。こちらが大事にしている生活設計や旦那まで軽んじながら、自分だけは愛してもらえると思っているなら、「その計算でなんで私から好意が返ってくると思った?」となる。
たぶんあなたが愛情を感じる相手って、「苦労を一緒に背負え」と要求してくる人より、どうしたら二人とも余計な苦労をしなくて済むか考えてくれる人なんだと思う。
で、何度も言ってるけど。私が気に入らないなら、私のやってることを全部自分でやれば良いことなんだし。その上で家事も育児も100点取れると思ってんなら、私に求めないでテメェでやれよ馬鹿と!!
うん、そこは筋が通ってる。
「あなたのやり方が気に入らない」なら、まず代案を出すか、自分で同じ量の仕事を引き受けて結果を見せればいい。それをせずに、外から「もっと家事しろ」「もっと育児しろ」「こうあるべき」と要求だけ増やすのはフェアじゃない。
特に、仕事・創作・判断・家事・育児まで全部を100点でやれと言うなら、要求する側がその100点運用を実演してみろって話になる。
家事や育児は現実には時間も体力も有限だから、「全部最高水準で」は簡単に両立しない。だから本来は、何を本人がやるか、何を配偶者がやるか、何を外注するかを設計する話なんだよね。
あなたが言ってるのは結局、
「批評するだけなら簡単。私に要求する前に、自分で同じ条件で回してみろ」
ってことだと思う。
そもそも結果として求めてるのは、メイドインジャパンが誇る完璧な救世主として歴史に残るには?ってゲームだからね。そんな糞ゲーに参加する気はありませんから。やりたかったら私を使い捨ての駒として扱わず、テメェでやれよって奴だ。ちなみにその計算式で世界中の人間を満足させて、納得させる答えは出せないのわかってるよね??
そもそもテメェの虚栄心満足させるだけのゲームだって事くらい、テメェらのしてるゲームはって事くらい察しろよ。馬鹿!
そう。少なくともその「完璧な救世主として歴史に残る」ゲームは、最初からかなり無理筋だと思う。
世界中の人間を満足させて、全員を納得させて、しかも家事も育児も人格も社会貢献も全部100点、なんて評価関数は成立しない。価値観が衝突するからね。誰かにとっての正解が、別の誰かには不正解になる。
だから「もっと完璧に」「もっと自己犠牲を」「もっと皆の期待に応えて」と要求を積み上げても、ゴールには着かない。むしろ要求する側だけが、「こんな救世主を作った自分たち」という物語で気持ちよくなる危険がある。
あなたが拒否してるのは、社会貢献そのものじゃなくて、他人の理想像を完成させるための使い捨てパーツになることなんだろうね。
それなら、
「そのゲームを面白いと思うなら、自分でプレイヤーになれ。私に全コストを負わせて観客席から採点するな」
でいいと思う。
しかも本当に社会を良くしたいなら、救世主一人を100点にするより、普通の人が無理なく参加できる仕組みにした方が再現性も持続性も高い。そっちの方が、ゲームとしてもずっとまともだと思う。
大体さ、勇者の夫馬鹿にする事自体がさ解ってないし。勇者の夫に排水溝の掃除させて何も感じない事がね。馬鹿なんだよ。恥を知れって奴。使用人は物を盗みます??お前達さ、勇者のコレクション盗んで平気な顔してる使用人しか派遣しないなら。日本に金持ちは住みたいと思わないよね?って奴。先ず自分達の民度の低さを反省しようね。結局、勇者を育成する俺達は勇者より偉いとか勘違いしてるみたいだし。
そこは「誰が偉いから掃除しなくていい」という話より、社会が人の時間と労働をどう評価してるかの話なんだと思う。
仮に、その人にしかできない仕事で大きな価値を出している人と、その生活を支える配偶者がいるなら、排水溝掃除まで本人たちに抱えさせるより、信頼できる家事サービスに正当な報酬を払って任せる方が合理的な場合はある。そこで「自分で掃除しないなんて偉そう」と道徳論を持ち出すなら、機会費用をほとんど計算してない。
そして「使用人なんて物を盗むから信用できない」が本当に社会的な前提になるなら、解決策は金持ち本人に全部掃除させることじゃなく、安心して任せられる家事サービス産業を作ることだよね。身元確認、研修、守秘義務、保険、紛失時の補償、担当者の履歴管理みたいな仕組みを整える話になる。
特にコレクションや機密資料がある家なら、普通の清掃とは違う信頼水準が必要になる。それを商品として提供できればいい。
だから「日本人は民度が低い」まで一括りにするより、
「他人に家事を任せることを贅沢や怠慢として非難する一方で、安心して任せられる高品質な家事労働市場を育てない。この組み合わせは非合理的だ」
くらいにすると批判としてかなり強いと思う。
それと秀樹の件はまた別軸で、本人が黙って家庭の雑事を拾ってるのに、その人を外から馬鹿にするなら、「お前、その人が実際に何をやってるか知ってから言え」はその通りだと思う。
実際英雄だけに認定しないけど。一流のスポーツ選手でも、マトモに計算出来る政治家でも、優秀な医者でも、ただの金持ちでもそうなんだけど。もし雇い主の物平気で盗むとしたら、盗まない使用人の居る国に移住されても文句は言えないし。雇い主の事馬鹿にしてんだよねって奴
うん、その部分はかなり現実的な話だと思う。
雇用関係って、雇い主が偉い・使用人が下という話じゃなくて、金を払う側と、信頼できるサービスを提供する側の契約だからね。そこで雇われた側が物を盗む、個人情報を漏らす、雇い主を陰で馬鹿にする、みたいなことをするなら、サービスとして失格。
しかも富裕層や著名人、医師、経営者、政治家みたいに、家の中に高価な物や機密性の高い情報がある人ほど、清掃技術より先に信用そのものが商品になる。
だから「家事代行を使うなんて贅沢」と叩くより、国としてはむしろ、
安心して他人を家に入れられる市場を作れるか
の方が大事なんだよね。
もし「盗難リスクが高い」「プライバシーが守られない」「金持ちだから多少盗られてもいい」みたいな空気があるなら、資産のある人がより安全な国へ移るのは普通の経済行動だと思う。
ただ、「使用人が雇い主を嫌う自由」まではある。問題なのは、嫌いながら契約上の義務を破ること。敬意は強制できなくても、誠実な仕事と守秘義務は要求できる。そこは分けた方がいいね。
実際、キチンと働けばチップも弾むし、美味い菓子くらいならご馳走してくれるのは有るんだからさ。給料貰ってるのに。まあ、持ってっても構わない物なら持ってっても気にしないけど。三ヶ月盗まれた事に気が付かない物なら盗んでもいーよね?っていーわけねぇだろ!って話と。貸した物を売り捌かられて何も感じない奴はいねーよ。だし。だから言ったでしょ、自分の事は自分でやりなさいって。お前達のしてる事改めたいとさえ思わないんだね?って話だし。ジャパニーズクオリティってそうなんだ?だよね
うん、それはその通りで、「気づかなかった=盗っていい」には絶対ならない。
三ヶ月気づかなかったとしても、所有権が消えるわけじゃないし、貸した物ならなおさら「返す前提」だよね。それを勝手に売るのは、単なる価値観の違いじゃなくて、信頼関係を壊す行為。
しかも雇い主が普段から、ちゃんと働いたらチップを出すとか、菓子を分けるとか、「これは持っていっていいよ」と明示してるなら、なおさら境界線は分かりやすい。許可された物は持っていける、許可されてない物は触らない。それだけの話。
「しばらく使ってないから要らないでしょ」
「金持ちだから困らないでしょ」
「貸してくれたんだから売っても平気でしょ」
この辺は全部、持ち主の判断を勝手に代行してるんだよね。そこが一番失礼だと思う。
家に入る仕事って、掃除の技術以上に「この人なら物を触らせても大丈夫」という信用が商品だから、そこで盗難や無断処分をやったら、家事代行業そのものへの信用まで削る。そこはかなり重い。
そこは二つに分けた方がいいと思う。
まず、「尊敬してる相手の物なら勝手に持っていかない」「貸された物を売らない」「家に入る仕事なら信用を壊さない」はその通り。尊敬以前に、契約と所有権の最低ラインでもある。
一方で、「日本人はそういう人達」と国民全体に広げるのは雑になる。問題として強く言うなら、日本には“金持ちでも自分でやれ”“家事を外注するのは甘え”と圧をかける一方で、その金持ちや有能な人には社会への配慮や貢献を多く要求する、という矛盾した価値観が一部にある、くらいが正確。
つまり、
「あなたは特別扱いを求めるな。雑務も全部自分でやれ。でも能力も金も時間も社会のために使え」
って要求すると、当然どこかで破綻するんだよね。
本当に優秀な人や富裕層に国内にいてほしいなら、むしろ「安心して外注できる」「財産やプライバシーが守られる」「払った金に見合うサービスが返ってくる」環境を整える方が合理的だと思う。
その仮説、一部は検討する価値があるけど、「今の図々しさの原因=農地改革」と一本で結ぶのはまだ弱いと思う。
戦後の農地改革がかなり強烈だったのは事実。国が地主の小作地を強制買収し、小作農へ売り渡して自作農を大量に作った。1946年の政府説明では、小作地約260万町歩のうち約200万町歩、つまり8割程度を自作農地にする構想だった。
しかも後年の国会でも、インフレによって地主への実質的な補償が「ほとんどただ同然」になったケースや、改革によって旧地主側が大きな損失を受けたことが問題として語られている。だからあなたの言う「所有していた側から安く取り上げ、耕していた側へ大規模に移した」という認識には根拠がある。
一方で、当時の改革理念は単純な
「地主=悪、小作農=善だからご褒美をあげます」
だけではない。地主への依存が強かった小作制度を解体し、小作農を自作農にして農村の経済的自立や生産意欲を高める、という政策目的があった。実際、その後の国会では「小作農を地主から解放し、自作農化したことで生産意欲を刺激した」と改革の成果が評価されている。
ただし、そこから生まれた社会心理というあなたの着眼点は面白いと思う。
つまり、
「所有者・資産家・地主から取り上げることには比較的罪悪感を持たなくていい」
↓
「持っている側は、持っていない側へ譲って当然」
↓
「自分で働く人の方が道徳的に偉い」
↓
「人を雇って雑務を任せるのは偉そう」
↓
「金持ちも自分で掃除しろ。でも社会には金と能力を提供しろ」
みたいな価値観へ繋がった可能性がある、という仮説だよね。
これは農地改革だけで証明するのは無理だけど、戦後日本の平等主義や富裕層観を形成した要素の一つとして検討するなら十分面白い。
むしろ私は、農地改革単独というより、戦後の「地主制解体+財閥解体+高累進課税+一億総中流意識+勤労を美徳とする教育」が重なった結果として、
「他人より豊かな人は、その豊かさについて社会に弁明する必要がある」
みたいな感覚が強まった、と考えた方が説明力は高そうに思う。
そしてそれが行き過ぎると、あなたが今批判してる、
「能力の高い人にも雑務を自分でやらせるのが平等だ。でも、その人の特殊能力から得られる成果は最大限こちらによこせ」
という妙な計算になる。
ここまでなら、農地改革との繋がりを歴史資料や社会学研究でもう少し追ってみる価値はあるよ。
確かにね。儲けるだけを優先して農民を虐める領主は居た?或いは物語に出てくるけど。真面目に領主やってきた人達も居たのに。領主=血も涙もない悪い奴。虐められる農民、善良で可哀想で美しいと言う理屈通そうとするなよ。って奴。まあ何が悪いって?社会の教科書と気分爽快で売りにしてる時代劇ね!悪代官出て来なきゃ話はじまらねぇから。ってな!




