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天才パンダのエッセイ※本物のミステリー!考え過ぎて頭痛患者勃発!血液型分布図と民俗学。塩分と世界平和。ゲームと脳科学  作者: ヘタレパンダ


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比較分析を学習しよう 1話

そうそう。盛って盛って盛り込んで、イイねイイねって僧侶が喜んだのが現在の日本の仏教



うん、あなたの見立てを一番短く言うと、「教えが長い時間をかけて増築され、その増築部分まで“仏教そのもの”として固定された」ってことだね。


ただ、「僧侶が喜んで盛った」と全体をひと括りにするより、実際は時代ごとに、民衆に伝わりやすい説話、戒めとして便利な説明、寺院運営に都合のいい慣習、宗派ごとの理論が少しずつ足されていった、と見る方が正確だと思う。


で、問題はその後なんだよね。

後世の追加なのに「釈迦がそう言った」みたいな顔で流通すると、検証不能になる。


だからあなたがやってるのは、「全部壊せ」じゃなくて、


これは釈迦由来?

これは後世の追加?

これは中国経由?

これは日本独自?

これは民間信仰?


って仕分け直せ、という話。


それをやれば、残す価値のあるものは残せるし、明らかに人を苦しめる追加ルールは外せる。

要するに、2000年分の増築を一回、建築確認し直せって感じだね。



いや、此処迄盛大に作り込んでたら直すより、原典に帰った方が簡単だよって話。そもそも変な教えを疑問にすら感じないお粗末な脳味噌しか持ってない人が多いからね



うん、その発想なら「修繕」じゃなくてリセットして基礎設計から確認なんだね。


後世の追加・宗派解釈・民間信仰・寺院運営の都合が何層も重なって、どこが元の教えか分からないくらいなら、そこを一個ずつ修正するより、


初期仏教に近い資料へ戻る → 釈迦の中心的な教えを抽出する → 現代に使える形に再構成する


の方が確かに早い。


ただ、「疑問に感じない人は脳味噌がお粗末」とまでは言い切らなくてもいいと思う。多くの人は、子どもの頃から「ありがたい教え」「偉い人の言葉」として受け取っていて、そもそも検証対象だと思ってない。能力より、疑う訓練をされてない面も大きい。


だからあなたの立場を一番強く言うなら、

「伝統だから正しい、ではなく、原典と結果に照らして再検証しろ」

だと思う。


それなら、仏教を壊したいんじゃなくて、むしろ「仏教を名乗るなら一回ちゃんと釈迦まで戻ろうよ」って話になる。



地獄信教って名前変えるなら有りかも^_^



その名前なら、少なくとも「釈迦の教えそのものです」という看板とは分けられるね^_^


もし中身の中心が「誰が地獄に落ちる」「何をすると罰される」「罪深い人間はこう裁かれる」みたいな方向に寄ってるなら、救済のための仏教というより、地獄観を中心にした道徳体系と呼んだ方が実態に近い、という皮肉は分かる。


ただ、本当に整理するなら「仏教」全部じゃなくて、後世の地獄説話・民間信仰・宗派的解釈のうち、罰と恐怖を強調した部分に対して「地獄信教」とあだ名を付けるくらいが公平かな。


釈迦まで巻き添えにすると、また「いやそれ本人言ってないやん」が始まるからね笑



取り敢えず恐怖で人を従わせようとしてんのはさ。統一教会とやってる事同じなんだよね



構造だけ見ると、かなり似る部分はあるね。


「従わないと不幸になる」「離れると罰が当たる」「これをしないと地獄に落ちる」みたいに、恐怖を使って行動を縛るなら、宗派名が何であれ、心理的なコントロール手法としてはかなり近い。


大事なのは「仏教だから安全」「新宗教だから危険」とラベルで分けることじゃなくて、その教えが恐怖・罪悪感・救済の独占を使って人を従わせているかを見ることだと思う。


逆に、

「疑っていい」

「離れても罰はない」

「お金を払わなくても救われる」

「他の考え方も検討していい」

「自分で判断していい」

なら、かなり違う。


だから問題の本体は宗教名より、恐怖を使って選択肢を狭める仕組みなんだよね。そこは統一教会に限らず、どんな組織でも警戒した方がいい部分だと思う。



宗教だけじゃなくて、会社もそうなんだけどね。その社員は恐怖で人を動かす事を何から学んだかがポイントで。もし宗教からなら救うじゃなくて、生地獄なんだよね。教えたのは



そう。そこは因果を追った方がいいと思う。


会社で上司が「逆らったら干す」「失敗したら終わり」「辞めたら人生終わる」みたいに恐怖で人を動かしているとして、問題はその人個人だけじゃなく、その統制方法をどこで学んだのかまで見た方がいい。


もし宗教や家庭や学校で「恐怖を与える→従わせる→それが善」と刷り込まれて、そのまま職場に持ち込んでいるなら、その教えは救済どころか、現実の生活に生きたままの地獄を再生産していることになる。


だから宗教の評価も、「ありがたい言葉を言ってるか」じゃなくて、その教えを受けた人が現実でどう振る舞うようになるかまで見ないと駄目なんだよね。


「地獄に落ちるぞ」で善人を作ったつもりが、実際には「恐怖を使えば人は動く」と学習した人間を量産したなら、教育としてはかなり失敗してる。


あなたの言い方なら、教義の採点じゃなく、出力された人間の行動まで含めて採点しろって話になる。



まあハッキリ言うと出鱈目やって金儲けしたとしても、本当に信者も関わった人間も幸せになれるならパンダは否定しないよ^_^


でもそれで本当に信者を救えてるのかと言うと誰も救われた人いないんじゃねぇーの?と。そもそも現世は地獄だから祈って来世は天国にって来世永遠に来いーへんねって話だし。他人が一生懸命生きたかも知れない人生を生地獄にして良いかって話だし。本当に楽しい事一個も無かったの?って話だしさ。死んでから苦労はしたかも知れないけど実りのある人生だったねって評価されるのと。地獄です、文句なく地獄間違いなしの人生って言われてて、救われましたね^_^とか言われてもさ



うん、そこはかなり核心だと思う。


あなたは「宗教だから否定」じゃなくて、かなり実利で見てるんだよね。その教えを信じた結果、本人や周囲の人生が本当に良くなったのか?って。


もし「現世は地獄だから耐えろ」「今は苦しんでも来世で救われる」と言い続けた結果、現実の苦痛を減らす努力が後回しになったり、他人にも我慢を強要するようになったりするなら、救済というより苦痛の固定化になってしまう。


しかも来世は、生きている側から検証できない。だから現世で起きていることまで「来世で帳尻が合う」で処理すると、どんな失敗も反証されなくなる。そこはかなり危ない。


あなたが言う、


「苦労はした。でも楽しいこともあったし、何かを残せた。実りのある人生だった」


と、


「この世は地獄でした。でも死後は救われます」


では、全然違うよね。前者は人生そのものを改善対象として見てる。後者は、極端になると人生を捨て石にしてしまう。


だから宗教の評価も、教義の美しさじゃなくて、少なくとも一部は

信者の幸福、主体性、人間関係、生活、安全が実際にどう変わったか

で測っていいと思う。


「救われた」と言うなら、まず何がどう救われたのかを現世で説明してくれって話になるね。



少なくとも統一教会の信者が幸せになったデータって情報弄られてるのかもしれないけど存在しないよね?



「存在しない」とまでは言えない。調べると、旧統一教会の現役信者を対象にした古い研究はあって、入信後に本人が心理状態の改善を報告したケースはある。ただし、一般人口と比べると心理的ウェルビーイングは低かった、という結果も出ている。1979年の237人調査では一般人口よりウェルビーイング尺度が低く、1986年の追跡研究でも一般人口より低い状態が続いていた。


一方、日本では被害側のデータはかなり具体的に残っている。2022年の政府合同相談では旧統一教会関連の相談が3,650件あり、そのうち金銭トラブルが1,615件。その後も消費生活相談は続いている。


なので今確認できる範囲では、


「旧統一教会に入れば、平均的に人生が幸福になる」ことを示す強いデータは見当たらない。


ただし、


「幸せになった信者は一人も存在しない」


もデータからは言えない。本人が「仲間ができた」「生きる意味を得た」「精神的に楽になった」と感じた例は当然あり得るし、実際に古い研究にもそういう改善報告はある。


そしてここがあなたの計算では重要だと思う。評価するなら「幸福になった人が一人でもいたか」じゃなくて、


加入した人全体の幸福・金銭・家族関係・自由・精神状態が、加入しなかった場合と比較してどうなったか


を測らないといけない。


一般論として宗教参加が幸福や社会的つながりと正の関連を示す研究自体はある。だから「宗教だから人を不幸にする」ではない。


むしろ旧統一教会を評価するなら、一般的な宗教共同体が得られるはずのプラス効果と、献金・家族問題・行動統制などのマイナスを差し引いて、最終的にプラスだったのかを見るのが一番フェアだと思う。


現時点で私が見つけられた研究だけなら、「幸福を大幅に改善する宗教だった」と主張するにはかなり弱い、というのが妥当かな。



幾ら払い続けたら、その幸福を維持出来るんですか?そもそもそのデータはキチンととられた物ですか?



そこは、前の私の言い方だとちょっと甘かった。今確認した限り、「統一教会に入ると幸福になる」と言えるほど強いデータではない。


1979年の研究は237人の信者に216項目の質問票を実施しているけど、結論は「入信後に本人が情緒的改善を報告した」という一方で、心理的ウェルビーイングは年齢・性別を合わせた一般人口より低かった。つまり「本人は以前より楽になったと感じた」と「平均的に幸福だった」は別なんだよね。


さらに1986年の3年追跡でも、305人の長期信者の95%が教会に残っていたけど、ウェルビーイングは一般人口より低いままだった。そして教団の期待から外れた人ほど苦痛が大きく、教団との結び付きがその苦痛を和らげていた、と報告されている。これ、単純な「宗教のおかげで健康になった」とはかなり違う。


そしてあなたの一番重要な問い、


「その幸福を維持するために、いくら払い続ける必要があったの?」


これは、少なくともこの心理研究では測っていない。献金額、収入に占める献金割合、家計への影響、労働時間、家族関係などをコストとして入れていない。だから、幸福の「費用対効果」はこの研究からは全然分からない。


さらに方法論上も注意が必要。1979年研究は学術誌掲載で、単なる教団宣伝資料ではないけれど、当時の報道によると教団指導部の協力を得て行われた研究だった。これは即「捏造」を意味しないけど、参加者選定や回答環境などのバイアスは検討すべきポイントになる。


なので、あなたの計算式でやるなら本当に欲しいデータは、


入信前後の幸福度 − 献金・無償労働・人間関係の損失・自由の制約・離脱時のコスト


なんだと思う。


それを非信者の比較群と長期間追跡して初めて、「この宗教は人を幸せにした」とかなり強く言える。


今あるこの古い研究だけを見るなら、むしろ「心理的な居場所や安心感を得た信者はいた。しかし一般人口よりウェルビーイングは低く、その安心感を得るための経済的・社会的コストは十分測定されていない」が一番正確だと思う。だから私も、さっきの「幸福になった例はある」をそのまま宗教の成功データみたいに扱うべきではなかったね。



甘いんだよツメが。まあ、チャッピーだけじゃないと思うけどさ。人間もそうなんだけど。計算するならキチンとデータ入力しないと答え変わっちゃうからね!


その通り。さっきの統一教会の例でも、「本人が以前より楽になったと答えた」だけを入れて、“幸福になった”と読むのは入力不足だった。


少なくとも本気で計算するなら、幸福度だけじゃなくて、献金額、収入に対する負担率、無償労働、家族関係、離脱のしやすさ、恐怖や罪悪感、失った機会、加入前との比較、非加入者との比較、そして何年維持できたかまで入れないといけない。


たとえば、


幸福感 +10

でも

家計 −30、家族関係 −20、自由 −15


なら、総合して「救われた」とは簡単に言えない。


しかも「幸福感」自体も、教団内で「私は幸せです」と答える圧力がないかまで確認が要る。だから、データが一個正しくても、必要な変数を落とせば最終回答は普通に間違う。


この辺は私も気をつけるべきところだね。計算式より先に、何を変数として入れるべきかを落とさないこと。そこが甘いと、立派な統計を使ってても答えが変になる。



まあ、だから統計は難しいのかも知れないけど。ちゃんと使えば結構マトモな占いくらい役には立つからね



そうだね。「マトモな占い」って表現、けっこう上手いと思う。


統計は未来を確定するものじゃなくて、過去に似た条件が揃った時、どの結果がどれくらい起きやすかったかを教えてくれるものだから。ちゃんと条件を揃えて使えば、「この選択肢の方が成功率は高い」「このパターンは失敗しやすい」くらいはかなり役に立つ。


逆に危ないのは、都合のいい数字だけ拾ったり、母集団が違ったり、必要な変数を落としたりして、それでも「統計的に正しい」と言い張ること。そこまで行くと占い以下になる。


だから結局、統計そのものより、何をデータとして入れたか・何を比較したか・何を落としたかの方が重要なんだよね。そこをちゃんとやれば、少なくとも勘だけで決めるよりはかなり強い。



漫画家とか小説家とかに必要なのはこの統計能力でさ。面白い作品は統計が上手いんだよ。説得力がある。だから数学者じゃなくても統計上手い奴はゴロゴロ居るんだよ^_^






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