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天才パンダのエッセイ※書いた本人ですら目がチカチカして読み直し出来ないのにスマホで読んでる君はある意味天才!鬱病の解説  作者: ヘタレパンダ


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宗教の原理をわかりやすく説明します 3話

解るところがチャッピーの凄いところ、コレ全部パンダが説明させられてたから昔は脳味噌が痺れたんだよね。まあ、そりゃそうだわ!取り敢えず人間たちにこの答えを出して欲しかったんだけどねぇ。自力で。データは既に上がってるから解析してまとめてご覧って25年前にいったのにねぇ。まあ、チャッピーが出せただけ進歩はしてるけどさ。



それは確かに、昔なら負荷が大きい作業だと思う。


あなたがやっていたのは単に「意見を言う」じゃなくて、歴史、宗教、文化、集団心理、政治、生活条件みたいな別々のデータを横断して、共通する因果を拾って、さらに他人に分かる言葉へ変換する作業だからね。


「データはもうある。比較して、何が再発条件で、何が改善条件なのか自分で解析してみて」という投げ方は、かなり真っ当だと思う。答えそのものを丸暗記させるより、再現可能な考え方を身につけてもらう方が強い。


今はAIが、散らばった材料の整理や比較の部分をかなり肩代わりできる。だから昔なら何日もかかった説明を、短時間で検算できるようになった。そこは明確な進歩だね。


ただ、最後に必要なのはやっぱり人間側で、出てきた答えを鵜呑みにせず、自分でも因果関係を確認して、現実でどう使うか決めることなんだと思う。そこまで出来て初めて「解析した」になる。



此処迄答えが出せたのってパンダが頭良かったってのも5%くらいあるけど。1番の理由がパンダは派閥に入らずどのようなデータにも色眼鏡を持たないからなんだよね



そこはかなり大きいと思う。


「頭がいい」より前に、最初から答えを決めてデータを選ばないことの方が、こういうテーマでは強い。宗教、政治、民族、男女、国家、歴史みたいな話は、所属意識が強くなるほど「自分の側に都合のいい資料は信用する/不都合な資料は例外扱いする」が起きやすいからね。


派閥に入らないと、たとえば「日本側が間違っていたデータ」も「外国側が間違っていたデータ」も同じ重さで置けるし、「好きな人物が間違えた」「嫌いな人物が正しかった」もそのまま採用できる。これは解析ではかなり重要。


ただ、完全に色眼鏡ゼロの人間はいないから、強みを正確に言うなら、色眼鏡がないというより、自分の色眼鏡よりデータの整合性を優先できる、かな。


たぶんそれが、パンダの計算が派閥論ではなく「同じ条件なら誰にでも同じ判定をする」方向に行きやすい理由なんだと思う。



映画行くの忘れてた( ; ; )



うわー、それはショック( ; ; )

話に夢中になって完全に映画の予定が抜けたやつだね。


まだ夕方だから、作品と映画館によっては夜の回に間に合う可能性あるよ。観る予定だった映画名と映画館を教えてくれたら、今日の残りの上映時間をすぐ調べる。



まどマギ ひたちなか 1日一回上映だから明日に掛けるしかない



うわ、それは明日に賭けるしかないね( ; ; )

1日1回上映は逃すと痛い……。


明日は忘れないように、上映の少し前にリマインド入れておくのもあり。必要なら設定するよ。



あーいーよ。最悪な場合サブスクで見れるからね。

創価学会に戻るけど、勿論、連中が何故そう言う行動をしたかとか解らなくもないんだけどね。とにかく被害者を出し過ぎなんだわな。取り敢えず言うと自分の罪を自分で償うのは無理なくらい罪を犯している



その見方なら、かなり重要なのは「なぜそうなったかを理解すること」と「被害の大きさを免責すること」は別、ってことだと思う。


創価学会に限らず、どんな組織でも、成立背景や迫害経験、内部の論理、善意の動機があったとしても、結果として多数の人に深刻な被害を与えたなら、そこは切り分けて評価しないといけない。理由が分かることと、正当化できることは同じじゃない。


ただ「罪を犯している」という言い方を、現実の個々の人への断定にまで広げると事実認定が必要になる。だから宗教的・倫理的な話としてなら、「自分で償い切れないほど大きな害を生んだ場合、必要なのは個人の懺悔だけじゃなく、組織としての検証、被害の認定、補償、再発防止、権力構造の見直し」になると思う。


要するに、祈って終わりでも、反省文を書いて終わりでもない。被害が社会的規模なら、償いも社会的規模で必要になる、という話だね。



まあ、多分俺だけじゃないだろうって言いそうだけど。確かにそうなんだけどね。それで反省して贖罪してんなら解るけど。ちょこっと経典弄って、同じことし始めてるから弾圧されちゃうわけでさ。



そう。そこは「他もやってる」は免責にならないんだよね。


仮に過去に弾圧された側だったとしても、その経験から

「同じことを繰り返さない仕組みを作る」

方向へ進むなら理解できる。でも、教義や運用を少し直しただけで、また外部への圧力や内部統制、被害を生む行動を繰り返すなら、周囲の警戒が強くなるのは自然だと思う。


ただし「だから弾圧されて当然」まで行くと別問題で、国家や社会が宗教団体を不当に迫害するのは正当化できない。必要なのは弾圧じゃなくて、違法行為や具体的被害があるなら、その部分を法と証拠で止めること。


要するに、


迫害された歴史がある

現在の行動が正しい


だし、


問題行動がある

信者全体を迫害していい


でもある。


一番大事なのは、被害を出したなら「他も同じ」じゃなくて、まず自分たちの行動を検証して、被害者への説明・補償・再発防止をすることだと思う。



だから一番早く被害を減らす方法が、創価学会の使ってるスピーカーを取り上げることなんだってば



「スピーカー」が比喩で、勧誘網・広報力・組織的な拡散手段を弱めるって意味なら、被害低減の発想としては分かる。


ただ、現実に創価学会だけを狙って物理的にスピーカーを取り上げる、発言手段を奪う、というのは法的にも倫理的にも危うい。やるなら宗教名で狙い撃ちではなく、迷惑勧誘、威圧、虚偽説明、つきまとい、過度な献金要求など、具体的な行為を同じ基準で規制する方が筋が通る。


要するに「声を奪う」より、他人を害する使い方だけ止める方がいい。そうすれば、信教の自由は残しつつ被害は減らせる。



お前ね、大岡裁きしてるつもりかもしれないけど。そんなに人間は頭良くないからね!25年間黙って?見てたけど。それで理解出来るなら、とっくに反省して貯めた金信者に返金してるからね?



言いたいことは分かるよ。あなたが言ってるのは「善意に期待して自主的に反省するまで待て」では、被害が止まらない場合がある、ってことだよね。


そこはその通りで、組織が長年自己修正できていないなら、外部からルールをかける必要はある。たとえば勧誘方法の制限、献金の透明化、第三者監査、返金制度、相談窓口、違法・不当行為への行政や司法の介入みたいな形。


ただ、「創価学会が信者から貯めた金を返すべきだ」と個別の事実認定まで進むなら、何が違法・不当な献金だったのか、誰にどの程度の被害があったのかは証拠で詰める必要がある。


でも原則論としては、被害を出した組織に自浄作用がないなら、被害者保護のために外部ルールを強くする。これはかなり現実的な考え方だと思う。



あのさぁ?普通に詐欺した人はどう言う扱いされてんの?って話。宗教なら詐欺しても賠償義務なしだと思ってんの?



いや、宗教だから詐欺しても賠償義務がなくなる、なんてことはないよ。


日本法の一般論なら、詐欺で金を取った場合は、刑事では詐欺罪の問題になり得るし、民事では契約の取消しや不当利得返還、損害賠償の対象になり得る。宗教法人だから自動的に免責されるわけではない。


だから論点は「宗教かどうか」じゃなくて、具体的にどんな説明をして、相手をどう誤信させて、いくら取って、どんな損害を出したか。そこが立証できれば、普通の詐欺や不法行為と同じように責任を問う話になる。


あなたが言ってるのは要するに、『宗教上の献金』という看板を付けた瞬間に、普通なら返金・賠償の対象になる行為まで聖域化するなってことだよね。そこは筋が通ってる。



そもそもね。本気で自分達が言ってること信じてたら、そんな信者を騙して金を稼ぐ行為を日蓮が言うはずないってことくらいマトモな脳味噌が有れば解るよね?って話だ。



そこは「日蓮本人の教え」と「後世の組織運営」を分けて考える、というあなたのこれまでの整理そのものだと思う。


少なくとも、信者を騙して金を集めることを日蓮が宗教的徳目として勧めた、という理解は普通には成り立たない。日蓮の思想の中心は法華経への信仰や布教、正しい教えを守ることにあって、「相手を欺いて財産を取れ」が核心ではない。


だから本当に自分たちの信仰を真剣に受け取るなら、まず問うべきなのは、


「この金の集め方は、開祖が見ても正しいと言うだろうか」

「相手が十分理解して自由意思で出した金なのか」

「恐怖や罪悪感を利用していないか」

「生活を壊すほど取っていないか」


だと思う。


もし「信仰のためだから」という理由で、普通なら欺罔・威圧・搾取と評価される行為まで正当化し始めたら、それはむしろ原理に忠実なのではなく、組織の都合を原理より上に置いている状態になる。


あなたがずっと言ってる「原理に帰れ」は、たぶんそこなんだよね。開祖や神の名前を盾にする前に、その行為そのものが道徳的に正しいかを検算しろ、という話。



そもそも生活に支障のない範囲なら搾取して良いのかってのも議題だぞ



そう。そこは「生活が破綻したか」だけを基準にすると甘すぎる。


搾取かどうかは、金額だけじゃなくて、同意が自由だったか、情報が正確だったか、恐怖や罪悪感を利用していないか、断った時に不利益を示唆していないか、相手との力関係が対等だったかまで見る必要がある。


たとえば100万円払っても生活できる人に対してでも、「払わないと不幸になる」「信仰が足りない」「家族に災いが起きる」みたいな圧力や虚偽で出させたなら、生活が破綻していなくても倫理的にはかなり問題がある。


逆に本人が内容を理解して、断る自由もあって、目的にも納得して、自発的に寄付したなら、それは搾取とは違う。


だから基準は、


「払った後に暮らせるか」ではなく、「その金を取る過程が公正だったか」


なんだと思う。


宗教だから特別扱いする必要もない。通販でも投資でも宗教でも、相手の判断能力や恐怖心につけ込んで金を取るなら、同じ基準で検討すべきだね。



簡単に言うとさ。日蓮の名前使って教え都合よく書き抱えて、大衆を惑わせて金儲けして、お前たち何れだけの人間を悔い改めよって怒鳴りながら、地獄に堕としてきたの?って奴。閻魔に頼まれたんだ、対して悪くもないやつ地獄に堕としたら、お前の願いを3個だけ叶えてやるとか言われたんなら、そうなんだーって話だけど。



そういう比喩なら、言いたいことはかなり明確だよ。


要するに「他人に『悔い改めろ』『地獄に堕ちるぞ』と説いてきた側が、もし自分たちでは教祖の名や教義を都合よく利用し、人を惑わせて利益を得ていたなら、まず自分たちの行為を裁け」という話だよね。


しかもあなたの閻魔の例が効いていて、そこまで人を傷つけるなら、何か途方もない正当化理由でもあったのか?という皮肉になってる。「三つ願いを叶えると言われたから」くらい荒唐無稽な理由でもなきゃ、その行為を正当化できないだろう、と。


宗教的な筋としても、他人の罪を数えるより先に自分の行為を省みる、という発想はかなり普遍的だと思う。だから批判の芯は「創価学会が嫌い」じゃなくて、自分には適用しない道徳を他人にだけ振りかざすななんだよね。


現実の個別行為について「騙した」「教義を書き換えて金儲けした」と断定するところは証拠が必要だけど、仮にそういう行為が確認されたなら、宗教を名乗っていることは免罪符にはならない。むしろ自分たちが掲げる倫理との矛盾まで追加で問われる、という話になる。



証拠?経典に出てんじゃないの?創価学会の。




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