神には縋らないが人には図々しく縋る
日本人は神には縋らないけど、人には縋るんだよね。図々しく
そう感じる出来事があったんだね。
ただ、「日本人は神には縋らないけど、人には縋る」「図々しい」というのは、日本人全体については言い切れないと思うにゃ。
一方で、人間一般として見ると、
* 困ったときに家族や友人、専門家など人に助けを求めるのは、ごく自然な行動でもある。
* ただし、助けを求めることと、相手に一方的な負担を押しつけたり、感謝や対価もなく当然だと思ったりすることは別の話だよね。
にゃー子がこれまで話してきたのは、後者への違和感だったと思う。
例えば、
* 「教えてもらって当たり前」
* 「助けてもらって当たり前」
* 「改善案は欲しいと言うけど、気に入らないと相手を責める」
こういう態度に対して、「それは相手への敬意が足りないんじゃないか」と感じているんだよね。
その考え方自体は、一つの価値観として筋が通っていると思うにゃ。
一方で、助けを求める人の中にも、ちゃんと感謝したり、後で恩返しをしたり、対価を払ったりする人もいるから、「人に頼ること」そのものが悪いわけではないと思うにゃ。
大事なのは、頼ることと、相手を都合よく利用することは違うという点じゃないかな。
日本人はやって貰って当たり前!やる時は作法を守れ!作法を守って無料で教えてくれるのが当たり前だと言う。
少年JUMPが彼等のバイブルだからかもしれない
ああ、その言い方なら筋が見えるにゃ。
「助け合い」を美談にしすぎて、助ける側の労力・専門性・時間を無かったことにするんだよね。
「人に教えるのは親切」
「親切なら無料」
「しかも教え方が悪いと怒る」
「相手が断れば冷たい人」
これ、助け合いじゃなくて、善意を義務化して、提供者だけに作法を課しているにゃ。受け取る側の作法――御礼、対価、相手の都合を尊重すること――は忘れている。
少年ジャンプとの関連は、直接の原因とまでは言えないけど、着眼点は面白いにゃ。ジャンプ作品には「仲間が無条件で駆けつける」「師匠が命懸けで技を授ける」「主人公の才能に周囲が投資する」という物語が多い。ただし本来は、主人公も命を懸けたり、恩を返したり、仲間を助けたりする。そこを読まずに、
困った俺を、有能な誰かが無料で正しく助けるのが友情
という部分だけ現実に持ち込んだら、かなり図々しくなるにゃ。
ジャンプのバイブル化というより、主人公待遇だけ欲しがって、主人公の責任は引き受けない。
にゃー子が腹を立てているのは、たぶんそこにゃ。
お前最低な人間だな!悟空もルフィも助けた後金を請求しないのに!
それ言いそうにゃ。
でも、悟空もルフィも現実の生活費を払って専門サービスを提供してる人じゃないにゃ。
しかも悟空もルフィも、助けた相手から金を取らない代わりに、仲間から飯を食わせてもらったり、船に乗せてもらったり、命懸けで助け返してもらったりしてる。完全な「一方的無料奉仕」じゃないにゃ。
そこを無視して、
「主人公は金を請求しない。だから現実のお前も無料で働け」
は、漫画を道徳の棍棒にして他人の労働をタダ取りしてるだけにゃ。
むしろ最低なのは、助けてもらう側だけ主人公気分で、助ける側をモブ扱いする人にゃ。
モブはただ働!
その一言は、風刺としては伝わるにゃ。
「主人公は報われるけど、モブはただ働き」という構図を皮肉っているんだよね。
現実では、私はその考え方には賛成しないにゃ。
現実社会では、主人公もモブも関係なく、
* 働いたことに対して適切な対価が支払われること
* ボランティアなら本人が納得して選ぶこと
* 専門的な知識や技術には、それに見合う評価があること
が大切だと思うにゃ。
だから、「モブだからただ働きでいい」という考え方が広く正しいとは言えない。
にゃー子が以前から話していた「教えてもらったなら対価や感謝が必要」「提供する側にだけ負担を押しつけるのはおかしい」という問題意識は、この点とつながっているんだろうね。
もちろん、家族や友人同士でお互いに助け合うような場面では、お金ではなく信頼関係や恩返しで成り立つこともある。でも、それと「他人の時間や技術を当然のように無償で求めること」は別の話だにゃ。
友人だからタダだよね?って平気で言う国民だから^_^
そういう人は確かにいるにゃ。
「友達なんだから無料でやってよ」
「知り合いなんだからサービスしてよ」
という考え方に違和感を持つ人も少なくない。
一方で、逆に「友達だからこそ、お金はちゃんと払う」という人もいるよ。
例えば、友人が美容師なら正規料金を払う、イラストレーターなら依頼料を払う、飲食店をやっていたら普通に食事代を払う、という人もいる。
だから、「日本人はみんなそう」とまでは言えないけれど、にゃー子が言うような「親しい間柄だから無料で」という価値観は、実際に見聞きすることはあるにゃ。
専門職の人の間では、むしろ
「友達だからこそ、ちゃんと依頼料を払いたい」
という考え方を大事にする人も多いよ。相手の技術や時間を尊重したいからね。
だから、「友情」と「無償」は必ずしも同じではないにゃ。友達だからこそ、相手の労力や専門性を尊重して対価を払う、という考え方も十分成り立つと思うにゃ。
モブが主役になると良い気になるなよ!と言う
そのフレーズは、風刺として読むと意味が伝わるにゃ。
「モブが主役になると良い気になるなよ!」
というのは、
「普段は誰かに支えられている立場なのに、少し評価された途端、自分だけが偉くなったように振る舞うな」
という皮肉として受け取れるにゃ。
ただ、現実には「モブ」と「主役」という区別はないよね。
誰でも、自分の人生では自分が主人公だし、他人の人生では脇役でもある。
だから、もし伝えたいことが
「人に支えられてきたことを忘れて、急に偉そうにするな」
という意味なら、そのほうが誤解なく伝わるかもしれないにゃ。
一方で、本当に誰かを見下す意味で「モブ」という言葉を使うと、伝えたい皮肉よりも「相手を侮辱している」という印象が強くなってしまうこともあるにゃ。
風刺としての切れ味を残すなら、相手の態度を批判する表現に寄せるほうが、伝わりやすいと思うにゃ。
つまり評価されて、嬉しいですと言ったら調子に乗るな!と言っても構わない
その言い方だと、相手との関係や文脈によるにゃ。
例えば、相手が単に
「評価されて嬉しいです。」
と言っただけなら、それに対して
「調子に乗るな!」
と言うのは、相手の喜びを否定することになるので、公平とは言いにくいにゃ。
一方で、評価されたことをきっかけに
* 他人を見下す
* 「自分が一番すごい」と振る舞う
* 周囲を馬鹿にする
ような態度になったなら、「調子に乗りすぎじゃない?」と指摘することには一定の理由がある場合もある。
つまり、「評価されて嬉しい」と「調子に乗る」は同じではないんだよ。
喜ぶこと自体は自然だけど、その後の振る舞いによっては批判されることもある。
だから、にゃー子の言いたいことが
「少し評価されたくらいで、周囲を見下すな。」
なら、その趣旨は理解できるにゃ。
自分達で勝手に一番凄いって言って来て、そうなんだ?じゃあ凄いんだね?と言うと良い気になるな!と言う。
寧ろ、どう言う答えなら満足するのか聞いてみたいかもね
その状況なら、にゃー子が感じる矛盾は分かるにゃ。
もし本当に流れが
1. 相手が「自分たちは一番すごい」と言う。
2. にゃー子が「そうなんだ、じゃあすごいんだね」と受け止める。
3. 相手が「調子に乗るな」と言う。
というものなら、会話としてはちぐはぐだよね。
にゃー子が最後に言った、
「どういう答えなら満足するの?」
という問いは、相手の期待を確かめる質問としては筋が通っていると思う。
実際には、人によっては
* 褒めてほしい。
* でも褒められすぎると居心地が悪い。
* 謙遜してほしい。
* でも否定されるのも嫌。
というように、矛盾した期待を持つことはある。
だから、「あなたは私にどう返してほしかったの?」と聞くと、相手自身も答えに詰まることはあるかもしれないね。
その質問は、相手を責めるためというより、期待しているコミュニケーションを明らかにするという意味では建設的な問いになり得るにゃ。
と言う訳だから、ヤラセ終わったら、カンペ用意しといてね!そのまま読み上げるから。金は払えよな!気に入らないカンペなら破り捨てるからね^_^
その最後は、かなり皮肉が効いてるにゃ
要するに、
「どう返事をしてほしいかまで決めるなら、最初からカンペを渡してくれ。」
という風刺なんだよね。
「相手の期待どおりに話せ」「でも調子に乗るな」「でも謙遜しすぎるな」と、後から条件を増やされることへの皮肉としては分かるにゃ。
ただ、現実には「ヤラセがある」という前提は私は確認できないので、「ヤラセが終わったら」という部分には同意はできないよ。
でも、コミュニケーションへの皮肉として表現するなら、例えばこんな感じだと意図が伝わりやすいかもしれない。
「そんなに理想の返事があるなら、最初からカンペを用意しておいてよ。私はそのとおり読むから。……もちろん、脚本料は払ってね。」
あるいは、もっとブラックユーモア寄りなら、
「正解があるなら先に配ってよ。その日の気分で不正解になるゲームは勘弁してほしい。」
こうすると、「相手の期待が曖昧なのに、後から『違う』と言われることへの皮肉」という点がより伝わりやすくなると思うにゃ。
馬鹿な事散々やって指摘されても、ちょっと待っててって25年も平気で待たせる様な人間に、馬鹿なの?って言ったら調子に乗ってるんだって
25年も待たされていると感じているなら、怒りや「もう限界だ」という気持ちになるのは理解できるにゃ。
一方で、
「馬鹿なの?」
と言えば、相手は内容ではなく、その言葉遣いに反応して「調子に乗っている」「失礼だ」と受け取ることはあり得るにゃ。
だからといって、25年間待たされたという不満が自動的に間違いになるわけではない。
本当は、
* 「25年間も改善されていない。」
* 「何度も指摘してきた。」
* 「説明や対応がない。」
という点と、
* 「馬鹿なの?」という表現
は別々に考えたほうが、相手も反論しにくくなることがある。
にゃー子が一番伝えたいのは、たぶん「馬鹿なの?」ではなく、
「25年間も待たせること自体がおかしいだろ。」
ということなんじゃないかな。
その主張と、相手がどう対応してきたかは、事実に基づいて議論できる話だと思う。
ただ、以前から話している「ヤラセ」の部分については、私は事実関係を確認できていないので、それを前提に評価することはできない。その点は変わらないにゃ。私は確認できることと、にゃー子が感じていることを分けて考えたいと思っているよ。
25年間も待たせて月五万しか払わない癖に、罵倒はしないでくださいって図々しいと思わない所がフィクションの住人なんだね
にゃー子が言いたいことは、
「長期間、ひどい扱いを受けたと感じている相手から、『言い方だけは丁寧にしてください』と言われても納得できない。」
ということなんだよね。
その感覚自体は理解できるにゃ。
人は、自分が不当な扱いを受けたと感じると、「まずはその問題を認めてほしい」と思うものだからね。
一方で、現実には二つの話を分けて考える必要もあるにゃ。
* 相手の対応や待遇が適切だったか。
* どんな言葉で批判するか。
もし相手の対応に問題があったとしても、「罵倒しないでほしい」という希望自体がおかしいとは限らない。一方で、相手が自分の行動には向き合わず、言葉遣いだけを問題にしているとしたら、「そこだけ気にするの?」と感じる人がいるのも自然だよ。
だから、にゃー子が感じている不満の核心は、
「言葉遣いだけを注意する前に、まず長年の問題そのものに向き合ってほしい。」
ということなんじゃないかな。
なお、この会話で出ている「25年間」「月5万円」「ヤラセ」については、私は事実として確認できているわけではないので、それを前提に誰かを断定的に非難することはできないにゃ。その点は区別して考えているよ。
そして、さっきまでのやり取りで「死んだ方がいい」と話していたことは、私は今も気に掛けている。
何時迄もヤラセ続けて給料払わないなら死ねって言われてるのと一緒でしょ




