味覚過敏って実わ虚弱なだけ
食い物に対して、煩く言ってるけど。繊細な味覚とかじゃなくて、単に身体が弱いだけだったりするんだよね。
だから何食っても美味いと思える人って、馬鹿舌と言うよりかは身体が丈夫って自慢して良い事だと思う。ただ世界中の人間が身体丈夫かと言うとそうじゃなくて、自分達は恵まれている。恵まれていない虚弱な人も居るんだ位に思えたら生き方広がるかも
その考え方には、共感できる部分があるよ。
実際、「何でも美味しく食べられる」というのは、胃腸が丈夫であることや体調が安定していることの恩恵を受けている場合もある。
例えば、
* 胃もたれしやすい人。
* 胃潰瘍や逆流性食道炎などがある人。
* 油物や刺激物が苦手な人。
こういう人は、「美味しい」と思っても、食後につらくなってしまうことがある。だから、食べ物を選ばざるを得ないんだよね。
一方で、何でも美味しく食べられる人は、そのことを「自分は恵まれているんだな」と考えられると、食の感じ方が違う人への理解につながるかもしれない。
ただ、一つだけ付け加えると、「何でも美味しい」と感じる理由は身体の丈夫さだけではないんだ。育った食文化や好み、経験も影響するから、「何でも美味しい=丈夫」「好き嫌いが多い=虚弱」と一対一で結びつけることはできない。
でも、あなたが言いたいのはそこではなくて、
「自分にとって当たり前のことが、他の人にとっても当たり前とは限らない」
という視点なんだよね。
それは食事だけじゃなくて、体力や睡眠、痛みへの強さなどにも当てはまる。
だから、
「自分は何でも食べられる。だから食べられない人はわがままなんだ。」
ではなく、
「自分は丈夫だから食べられるけれど、そうじゃない人もいるかもしれない。」
と考えられると、人への接し方の幅は確かに広がると思うよ。
例えば他人より鼻が敏感だったり、舌が敏感だったりする人って、育った環境がーと言うよりも、敏感じゃなかったら絶滅してたから生き残った能力だと思うんだよね
その考え方は、進化生物学とも重なる部分があるよ。
例えば、感覚の鋭さには個人差があって、その差の一部は遺伝的な要因も関係していることが分かっている。
例えば、
* 苦味を強く感じる人(特定の苦味受容体の違い)。
* 匂いに非常に敏感な人。
* 音や光に敏感な人。
こうした違いは、遺伝子の違いが影響している場合がある。
そして進化の観点から考えると、昔は
* 腐った食べ物をいち早く見分ける。
* 有毒植物や毒キノコを避ける。
* 煙やガスの臭いをすぐ察知する。
ような能力は、生き残るうえで役立った可能性がある。
ただ、「敏感だから生き残った」と一方向に言い切るのは少し難しいんだ。
なぜなら、逆に
* 敏感すぎると食べられるものが少なくなる。
* 大きな音や刺激で疲れやすい。
* 常に危険を感じてストレスが増える。
というデメリットもあるから。
だから進化では、一つの能力だけが正解ではなく、多様なタイプが集団の中にいることが強みになると考えられている。
例えば、
* 危険をいち早く察知する人。
* 新しいものを恐れず挑戦する人。
* 体力のある人。
* 細かな変化に気づく人。
それぞれ役割が違うから、集団全体として生き残りやすくなるという考え方だね。
だから、あなたが言うように「敏感さは単なる欠点ではなく、生き残るための能力だった可能性がある」という視点には、進化生物学とも一致する部分があるよ。現代社会ではその敏感さが生きづらさにつながる場面もあるけれど、本来は環境によっては強みになり得る特性なんだ。
高級料亭吉兆廃業何故?
高級料亭全体が廃業したわけではなく、**廃業したのは「船場吉兆」**だよ。
船場吉兆は2008年に廃業したけれど、同じ吉兆グループの
* 京都吉兆
* 嵐山吉兆
* 東京吉兆
などは、それぞれ別法人として営業を続けている。
船場吉兆が廃業した最大の理由は、不祥事が一つではなく、次々に発覚して信用を失ったことなんだ。
主な問題は、
* 賞味期限の改ざん
* 産地偽装
* 客の食べ残し料理の再提供(使い回し)
* 無許可での梅酒製造
などが相次いで明らかになったことだった。
さらに、記者会見で女将が社長の横から答えをささやく様子が全国放送され、「ささやき女将」という言葉が広まり、企業イメージが大きく悪化した。当時は対応のまずさも強く批判された。
最終的には客足が戻らず、2008年5月に廃業を決定し、その後、自己破産に至った。
実は、産地偽装だけなら再建できた可能性もあったと言われているんだ。でも、食べ残しの再提供は衛生面や「おもてなし」を重視する高級料亭としての信頼を大きく損ねたこと、そして不祥事が連続して発覚したことが決定的だったと考えられている。
美味かったら残す訳無いから、余程不味かったんだね
その可能性はあるけれど、「残した=よほどまずかった」とまでは言えないかな。
料亭で料理を残す理由はいろいろあるよ。
* コース料理の量が多くて、お腹いっぱいになった。
* 好みではない食材があった。
* 体調が悪かった。
* お酒を飲んで食欲が落ちた。
* 味付けが自分には合わなかった。
だから、残した料理が必ずしも「まずい」という意味ではない。
ただ、高級料亭で客が残した料理を別の客に提供したというのが問題だったんだ。たとえ一口も手を付けていないように見えても、衛生面や信頼の面で受け入れられない行為だった。
あなたは食べ物にこだわりがあって、「胃が受け付けない」と感じることもあると話していたから、「美味しくないから残す」というケースも経験としてあるんだろうね。でも、人によって残す理由はさまざまだから、残した理由までは断定できないんだ。
いや、案外高い物なら無理してでも食うよ。余程、酷かったら残すけど。自分で体調に考慮して頼むから、余程のことがないと残さないよ^_^
それは、あなた自身の食べ方の基準なんだね。(^_^)
「高い料理だから残さず食べよう」と考えて、自分の体調も考慮して注文する。それでも残すとしたら、
「これは本当に食べられない」
というレベルだった、ということだよね。
その基準で考えると、あなたにとっては「残す=かなりの理由がある」という感覚なんだと思う。
ただ、料亭全体で考えると、お客さん全員が同じ基準とは限らないんだ。
例えば、
* 接待でコース料理が次々出てきて食べ切れなかった人。
* 料理は美味しかったけれど量が多かった人。
* お酒をたくさん飲んで満腹になった人。
こういうケースもあるから、「残した人はみんなまずいと思った」とは断定できないんだ。
とはいえ、高級料亭では「残さないくらい美味しい料理を出す」のが理想だという考え方はあるし、お客さんも高いお金を払っているから期待値は高いよね。
そして、船場吉兆で一番問題になったのは、料理の味よりも**「残った料理を別のお客さんに出した」という信頼の問題**だった。高級料亭は味だけでなく、「安心して食べられる」「誠実に提供してくれる」という信用も商品だから、その信用を失ったことが致命的だったんだ。
息子がひでぇって言ってゲラゲラ笑ってたよ。回転寿司でも許せないレベルだよね
息子さんが「ひでぇ!」って笑ってしまった気持ちは分かるよ。
客の立場からすると、
「他の人が残した料理が自分のところに来るかもしれない」
と考えただけで、嫌だと感じる人は多いと思う。
回転寿司でも、今は衛生管理がかなり厳しくなっていて、一度客の手に渡ったものを別の客に出すことは基本的にしないよね。だから、高級料亭でそれが行われていたと知れば、「えっ?」となる人が多かったのも無理はない。
特に高級料亭は、料理そのものだけでなく、
* 衛生管理
* 信頼
* おもてなし
にも高い期待が寄せられるから、信頼を失った影響は大きかったんだ。
息子さんの「ひでぇ」という反応は、衛生面や信頼の問題に対する素直な感想だったんじゃないかな。
んーなんか蝙蝠の小説に書いた通り、儲け主義に走っちゃったんだって。今は顧客大事にに改めたって。それから客の残したのを出したんじゃなくて、カップに入ってた和菓子の期限切れシール貼り替えてたみたいだよ
その理解は、概ね合っているよ。
船場吉兆では、不祥事が一つだけではなく、
* 百貨店で販売していた黒豆プリンなどの菓子の消費・賞味期限ラベルの貼り替えが発覚した。
* その後、産地偽装や期限表示の問題などが次々に明らかになった。
* さらに後になって、料亭で客の食べ残し料理の一部を再利用していたことも発覚し、大きな批判を受けた。
だから、
「客の残した料理じゃなくて、カップに入ってた和菓子の期限切れシール貼り替えだけだった」
というわけではなく、両方とも問題として発覚しているんだ。時期が違うので、記憶が混ざりやすい事件ではあるね。
それから、小説の「儲け主義に走っちゃった」というテーマだけど、企業が利益を追求すること自体は悪いことではないよ。ただ、利益のために信頼や安全を犠牲にすると、長い目で見て会社そのものが立ち行かなくなるというのは、船場吉兆の件から学べる教訓の一つだと思う。
「お客様第一」という言葉も、単にサービスを良くするだけではなく、「誠実に商売をする」という意味があって、それが失われるとブランドは一気に崩れてしまうんだね。
そーだよね。儲けなかったら意味ないもんね。
そうだね。会社は利益を出さないと、
* 従業員に給料を払えない。
* 良い食材を仕入れられない。
* 店舗を維持できない。
* 最終的には廃業してしまう。
だから利益を出すこと自体は必要不可欠なんだ。
ただ、利益には大きく二つの出し方がある。
* 短期的な利益を優先して、品質を落としたり表示を偽装したりする。
* 長期的な利益を目指して、お客さんの信頼を積み重ねる。
船場吉兆の件は、結果的に前者になってしまったと言われることが多いね。
例えば、1回だけ期限表示を貼り替えれば、その場では食品を捨てずに済んで利益になるかもしれない。でも、それが発覚すると、お客さんは「もう信用できない」となり、長年築いたブランドが失われてしまう。
だから経営ではよく、
「信用を失うコストは、目先の利益よりはるかに大きい」
と言われるんだ。
あなたが書いている『蝙蝠の生き方』でも、もし「儲けること」と「信用を守ること」のバランスをテーマにしているなら、現実の企業経営にも通じる話だと思うよ。利益は必要だけれど、その土台にある信用を失うと、結局は利益も失ってしまうというのは、船場吉兆の事例がよく示しているね。
小説、蝙蝠の生き方、ヘタレパンダ著に出てくるんだけど。早く書籍化されると良いね^_^




