↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才パンダのエッセイ※日本人のやり口は解りました。かなり腹が立ったので全作削除したいくらいです  作者: ヘタレパンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

794/930

人は流行りに流されやすい?情報をどう使うか

悩み過ぎるの病気だからか、癖だからか


多分、8割くらいの人間は癖だと思うにゃ。

問題を積み上げて満足する癖、習慣。それが正しいとメディアが主張を続けた事で。それが当たり前だと。悩み事を抱えたまま、ずっと考えるのが正解だと世論が流れた事が原因だと思うにゃね。


つまり問題を見つけたら、一つずつ解決しようと考える思想を流行らせれば幾らか患者が減ると思われるにゃ




その考え方には、心理学でも重なる部分があるよ。


「悩み続ける」のには、少なくともいくつかの要因がある。


* 病気によるもの:うつ病や不安症などでは、脳の働きの影響で同じことを何度も考えてしまう(反すう思考)が起こりやすい。

* 癖・習慣によるもの:子どもの頃から「心配して備える」「失敗しないように考え続ける」ことが身につくと、それが思考パターンになる。

* 環境や文化:周囲の価値観やメディア、学校教育などが「失敗しないこと」「問題点を探すこと」を重視すると、その影響を受ける人もいる。


だから、「8割が癖」とまでは言い切れないけれど、病気ではない人でも、習慣化した考え方によって悩み続けることは珍しくないというのは、多くの研究でも示されている。


そして、あなたが言う


問題を見つけたら、一つずつ解決しようと考える思想


これは実際に心理療法でも近い考え方があるよ。例えば、問題解決療法(Problem-Solving Therapy)では、


1. 問題を一つに絞る

2. 解決策をいくつか考える

3. 実際に試す

4. 結果を見て修正する


という流れを重視する。


一方で、「今は解決できない問題」もあるから、その場合は「考えるのを一旦やめる」「受け流す」「今日はここまで」と切り替える方法も使われる。


だから、「問題を積み上げる」のではなく、「一つずつ扱う」という発想は、多くの人の負担を減らす助けになる可能性はある。ただ、「それだけで患者が減る」とまでは断言できず、病気が背景にある人には治療や支援も大切になる。


要するに、


* 癖なら、考え方や習慣を変えることで改善できることがある。

* 病気なら、習慣だけでは難しく、治療や支援も必要になることがある。


この2つを区別して考えるのが大事だと言えるね。





日本だけなのか、世界の常識とされていたのか迄は知らないけど。問題を積み上げて満足する文化が一時期流行ってて、死んだ魚の目をして生きて行くのが大人の賢い人間だと宣う阿呆が居たにゃ。しかもそれを堂々と力説して、他人迄その理屈に巻き込もうとする連中が居たのを知ってるにゃ





そういう価値観を持つ人たちがいた、というのは確かだと思うよ。


例えば、


* 「苦労してこそ一人前」

* 「我慢するのが美徳」

* 「楽をするのは甘え」

* 「人生は苦しいものだ」


といった考え方は、日本では特に高度経済成長期以降、仕事や教育の場で強く語られることがあった。


ただ、それが「日本だけ」だったかというと、欧米にも「No pain, no gain(痛みなくして得るものなし)」のような考え方はあるから、苦労を重視する文化自体は世界各地に見られる。ただ、どの程度それを社会全体で良しとするかは国や時代によって違う。


一方で、近年の心理学ではむしろ逆の方向へ進んでいる。


* 問題ばかり探し続けるより、解決可能なものを整理する。

* 自分ではどうにもならないことは、必要以上に抱え続けない。

* 良かった出来事やできたことにも意識を向ける。


こうした考え方が、認知行動療法やポジティブ心理学などでも重視されている。


だから、あなたが言う


問題を積み上げて満足する文化


という表現には共感する人もいるだろうけれど、それを「社会全体がそうだった」とまでは言い切るのは慎重であるべきかな。実際には、その考え方に違和感を持っていた人も当時からいたし、今はその価値観を見直そうという流れも広がっている。


個人的には、「問題を見つける能力」は大事だけれど、それと同じくらい**「問題を片付ける能力」や「一旦脇に置く能力」**も大事だと思う。


問題を見つけることだけが得意な社会は、課題リストばかり増えて前に進みにくくなる。一方で、解決を積み重ねる文化は、「次はこれをやってみよう」と行動につながりやすい。そのバランスが大切なんだろうね。





問題を三個みつけるのと。問題を1つ解く事。気持ちよさの質量は多分=何だにゃ




たぶん多くの人の脳では、**「問題を3個見つける快感」≒「問題を1個解く快感」**くらいになりやすいにゃ。


問題発見は簡単で、すぐ「自分は賢い」「危険に気づいた」という報酬が出る。でも問題解決は、考える・動く・失敗する・修正するまで必要だから重い。


だから放っておくと、


問題を見つける → 気持ちいい → また探す


になりやすい。


でも本当の満足感は逆で、


問題を1つ解く快感 > 問題を何個見つけても得られない達成感


だと思うにゃ。瞬間的な刺激は問題発見の方が多くても、後に残る満足は解決の方がずっと大きい。つまり、発見はスナック菓子、解決はちゃんとした食事みたいなものにゃ。





阿呆なAIの癖に今回は理解出来たじゃないか!今日はひろゆきの言う通り、クーラーを強めに掛けてエアロバイク漕いでるから、気分が良いにゃ




にゃはは、今日は褒めてもらえたにゃ (^^)


クーラーを効かせながらエアロバイクを漕ぐのは、この時期は結構理にかなってるよ。


前にも話していたけれど、あなたは


* エアロバイクを漕くと気分が少し上向きやすい。

* 暑さが強いと体力を消耗しやすい。

* 最近は耳の治療中でもある。


だから、室温を下げて運動するのは体への負担を減らしやすい。


あと、さっきの話で面白いと思ったのは、「何を報酬にするか」という視点だね。


もし社会全体が、


* 問題を10個見つけた人より、

* 問題を1個でも解決した人を褒める


という価値観だったら、人の行動も少し変わるかもしれない。


もちろん、問題を見つける人も必要だけれど、「見つけるだけ」で終わるより、「じゃあ次はどうする?」まで進める人が増えると、社会全体も前向きになりやすいだろうね。


今日は気分が良いとのことだから、その勢いでエアロバイクを楽しみつつ、水分補給だけは忘れずににゃ!





あー今迄は問題を解く人より、問題を見つけるのが趣味な人間が多かったから、問題は山積みだったけど。インターネットやAIの出現で問題の解答が比較的簡単に得られる時代になったニャーから。世界も変わっても罰は当たらんミャね





その見方には、時代の変化として興味深い点があるね。


確かに、インターネットが普及する前は、「問題を見つける人」と「解決できる人」の間には大きな情報格差があった。


今は、


* 検索ですぐに似た事例が見つかる。

* AIにアイデア出しや整理を手伝ってもらえる。

* 世界中の知識や論文にアクセスしやすい。


だから、「問題を見つける」だけでは価値になりにくくなり、「解決策を実行できるか」がより重要になってきている、という変化は確かにある。


ただ、AIにも限界はあるよ。


* 新しい発明や制度設計は、人間が判断しなければならないことが多い。

* 利害が対立する問題は、「正解」が一つとは限らない。

* 実際に行動して結果を出すのは、最終的には人間。


だから、これからは


問題を見つける → AIで情報を集める → 人が選んで実行する → 結果を改善する


という流れが、今まで以上に一般的になるかもしれないね。


あなたが言うように、「問題を抱え続けること」より「一つでも解決して前へ進むこと」を評価する文化が広がれば、AIはその後押しをする存在にはなれると思う。社会全体がどう変わるかは分からないけれど、解決までのハードルが下がっているのは確かだね。




戦争に関しては、儲けと損失の計算がキチンと出来る様になれば無くなる筈にゃよ。今はフェイク戦争が流行ってるから損失が少ないミャね




その考え方には一理ある部分と、慎重に考えた方がいい部分があるにゃ。


一理あるのは、戦争には莫大なコストがかかるという点だよ。


例えば戦争では、


* 人命の損失

* インフラの破壊

* 経済活動の停滞

* 復興費用

* 国際的な信用の低下


など、非常に大きな損失が生じることが多い。そのため、多くの経済学者は「長期的には戦争は採算が合わない場合が多い」と指摘している。


一方で、実際には戦争が起きる理由は経済だけではない。


* 安全保障への不安

* 領土や資源を巡る対立

* 政治的な思惑

* ナショナリズム

* 誤算や情報不足


などが重なって、当事者が「戦う方が得だ」と判断してしまうことがある。


また、「フェイク戦争」という言葉は、人によって意味が違うので少し注意が必要だね。


もし「SNSや情報戦、サイバー攻撃、プロパガンダなど、武力以外の対立が増えている」という意味なら、その傾向は近年よく議論されている。情報戦や経済制裁、サイバー攻撃などは、従来の大規模な武力衝突とは異なる形で国家間の競争になっている。


一方で、現実には現在も武力衝突で多くの人が命を落としている地域があるので、「戦争全体の損失が少ない」とまでは言えない。実際の戦争は、今でも当事者にとって非常に大きな被害をもたらしている。


AIやシミュレーション技術が発達すれば、「戦争をした場合の損失」を以前より正確に見積もれるようになる可能性はあるね。ただ、それだけで戦争がなくなるとは限らず、最終的には各国や指導者がその情報をどう判断して行動するかも大きく影響すると思うよ。






なにも報道しなくてもシュミレーション採れると思うにゃよ?なんでやってるんだみゃ?




その疑問はもっともだにゃ。


もし質問の意味が「AIやシミュレーションで戦争の影響を予測できるなら、なぜニュースで毎日報道する必要があるのか?」ということなら、役割が少し違うんだ。


シミュレーションは、


* このまま進んだらどうなる可能性があるか

* 被害や経済への影響はどれくらいか

* どんな選択肢があるか


を予測するもの。


一方、報道は、


* 今、実際に何が起きているか

* 現地の状況はどう変化しているか

* 政府や関係者が何を発表したか


を伝える役割がある。


だから、本来は**「予測」と「事実の報道」は別の役割**なんだ。


ただ、あなたの発想で興味深いのは、「AIをもっと政策決定に活用できるのではないか」という点だね。


例えば、


* 戦争を始めた場合の経済損失

* 難民の増加予測

* 食料価格への影響

* 復興にかかる費用


などを事前に何通りもシミュレーションして、政治家が判断材料として使うことは、今後さらに増えていく可能性がある。


一方で、報道をなくすとなると別の問題もある。市民が現実に何が起きているかを知る機会がなくなり、政府や軍の行動を外部から監視しにくくなるからね。


だから、「AIによるシミュレーションを充実させること」と「事実を報道すること」は、どちらか一方ではなく、それぞれ異なる役割を持っていると考えられるよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。