お金の使い方と馬鹿の教育 第5話 出川哲朗は今日も怒られる!
第5話 出川哲朗は今日も怒られる!
――お笑い番組で、社会問題を解決する方法
私の母は、出川哲朗の『充電させてもらえませんか?』という番組が好きだ。
私は正直に言って、あの番組をそれほど面白いと思っていない。
電動バイクで旅をして、人の家で充電させてもらう。
それを繰り返す番組である。
まあ、好きな人は好きなんだろう。
実際、私の母は喜んで見ている。
そこで、私は考えた。
この番組を利用して、人間関係の教育をしたらどうだろう。
教育と言っても、出川に教科書を読ませるわけじゃない。
そんなことをしたら、視聴者が逃げてしまう。
もっと面白い方法がある。
出川を、喧嘩している人たちの仲裁に放り込めばいいのだ。
出川、嫁姑喧嘩に巻き込まれる
例えば、ある家で嫁と姑が喧嘩している。
姑「だから、あんたのやり方はおかしいのよ!」
嫁「お義母さんこそ、いつも勝手なことばかり!」
そこへ出川が登場する。
出川「ちょっと、ちょっと! 悪口を言うのはやめましょうよ!」
姑「うるさい! あんたは黙ってなさい!」
バチン!
出川「痛い痛い! 何で俺なのよ!」
嫁「あんたには関係ないでしょう!」
バチン!
出川「ちょっと待って! 俺、いいこと言ってるじゃん!」
もちろん、実際に怪我をさせるわけにはいかない。
これは出演者の合意のある、安全なコントとして作ればいい。
しかし、テレビを見ている人たちは喜ぶだろう。
出川がせっかく仲裁しようとしているのに、二人から怒られてしまう。
ところが、出川は諦めない。
出川「ちょっと待ってよ! まずお嫁さんの話を聞こうよ!」
嫁が事情を説明する。
すると姑が驚く。
姑「えっ、そういうことだったの?」
今度は姑が説明する。
嫁「なんだ、そういう意味だったんですか」
実は、二人とも相手のためを思って行動していた。
ただ、説明が足りなかっただけだった。
出川「ほら! 最初から話せばよかったじゃん!」
二人は思わず笑ってしまう。
そして、出川だけが散々怒られたまま番組が終わる。
何だ、この番組は。
いや、結構面白いじゃないか。
水戸黄門の印籠と同じでいい
私は、この企画を一回きりで終わらせるつもりはない。
シリーズ化するのである。
『水戸黄門』では、最後に印籠が出てくる。
視聴者は、それを知っている。
知っているのに、また見る。
だったら、出川にも毎回同じことをさせればいい。
誰かが喧嘩している。
出川が現れる。
「悪口を言うのはやめましょう!」
「喧嘩は良くないですよ!」
すると、出川が怒られる。
視聴者は、
「あっ、また怒られるぞ!」
と思いながら見る。
そして、期待どおり怒られる。
これが、お約束の笑いである。
人間は、毎回まったく新しい展開ばかりを求めているわけではない。
いつもの展開が来ること自体を楽しむこともある。
だから、出川が怒られるという定番を作る。
ただし、喧嘩の原因だけは毎回変える。
そうすれば、いろいろな問題解決を紹介できる。
ご近所トラブルだって解決できる
例えば、ゴミ出し問題。
ある人が、指定された曜日を守らずにゴミを出している。
隣の住人が怒る。
出川が仲裁に入る。
ところが、出川自身が分別を間違えて怒られる。
出川「俺、仲裁に来たんだけど!」
そんなことを言いながら、結局は地域のゴミ出しルールを説明することになる。
次は騒音問題。
夜中に音楽を流す人がいて、隣人が困っている。
そこで出川が仲裁に入る。
すると、出川の声が一番うるさいと怒られる。
また出川が怒られた。
でも、最終的には音を出す時間や防音対策について話し合い、折り合いをつける。
駐車場問題でもいい。
ペットの問題でもいい。
町内会の役員を誰が引き受けるかという問題でもいい。
出川は毎回怒られる。
でも、問題は解決する。
私は、これはかなり使い回しの利く企画だと思う。
もちろん、実際の住民を勝手に喧嘩へ巻き込む必要はない。出演を了承した人たちによる再現劇として作ればいい。
視聴者は教育番組だと思っていない
ここが重要なのである。
普通に「人の悪口を言うのはやめましょう」と教育番組で言ったら、どうなるだろう。
「わかってるよ」
「説教くさいな」
そう思う人もいるかもしれない。
ところが、出川が怒られている番組ならどうだろう。
視聴者は笑っている。
面白いから、次の週も見る。
その次の週も見る。
そして、気づかないうちに、人間関係の解決方法を何度も見ている。
相手の話を聞く。
事情を確かめる。
すぐに悪者にしない。
具体的な解決方法を考える。
それが当たり前の展開として、毎週登場する。
私は、こうした方法で人間の考え方に良い影響を与えられる可能性があると思っている。
昔のテレビが悪口や対立を繰り返し娯楽にしてきたのなら、今度は仲直りや問題解決を繰り返し娯楽にすればいいじゃないか。
視聴者が本当に行動を変えるかどうかは、試して調べればいい。
だからこそ、企画として実施する価値がある。
三か月後、母は何と言うだろう
さて、ここで私の母の話に戻る。
もし、このシリーズを三か月ぐらい放送したら、母は私に何と言うだろう。
私は、こんなことを言いそうな気がしている。
「ねえ、パンダちゃん。出川って結構頭いいのよ!」
私は、平然として聞き返すだろう。
「へえ、そうなの?」
母は得意になって説明する。
「だってね、いっつも喧嘩してる人たちを仲直りさせちゃうんだから!」
私は、きっと笑ってしまう。
だって、そういう番組を作ればどうかと考えたのは、私なんだから。
しかし、それでいいのだ。
母が出川のことを頭のいい人だと思っても構わない。
実際、出演者が面白く演じられなければ企画は成立しないのだから。
それより、母が人間関係の問題を解決する方法に興味を持ってくれたら面白い。
そして、自分の生活でも同じ考え方を使い始めたら、もっと面白い。
私は、そこまで考えている。
そもそも、なぜ出川を使おうと思ったのか
最後に、今回の話の出発点を説明しておこう。
私は、日本の生活費や財政負担を減らす方法を考えていた。
そこで、一人暮らしを減らし、共同生活を増やす方法を思いついた。
長屋でもいい。
グループホームでもいい。
家族や気の合う人たちが、一緒に暮らせる住宅でもいい。
そうすれば、住居費や設備費を減らせるかもしれない。
家事も分担できる。
子育ても助け合える。
孤独も減らせるかもしれない。
もちろん、一人で暮らしたい人に共同生活を強制する話ではない。
選択肢を増やすということだ。
ところが、共同生活には人間関係の問題がある。
そこで、悪口や喧嘩を減らす教育が必要になる。
だったら、国民が普段から見ているテレビを使えばいい。
しかも、わざわざ新しい教育番組を作る必要もない。
既に人気のある娯楽番組の中に、問題解決の方法を組み込めばいい。
そう考えた結果、出川哲朗が嫁と姑に怒られる企画が生まれたのである。
何とも馬鹿馬鹿しい話だろう。
でも、私はこういう馬鹿馬鹿しいことを、真面目に考えるのが好きなのだ。
人を笑わせながら、社会の問題を解決する。
それができるなら、こんなに面白いことはないじゃないか。
さて、出川君。
今度はどこの喧嘩を仲裁しに行こうか。




