お金の使い方と馬鹿の教育 第2話 問題をなかったことにするな!
第2話 問題をなかったことにするな!
――人間関係を壊す、勘違いした教育
世の中には不思議な人がいる。
問題が起きると、問題を解決するのではなく、その問題が存在しなかったことにしようとする人だ。
見なかったことにする。
聞かなかったことにする。
面倒だから考えない。
そして、しばらくすると同じ問題が起きる。
当たり前だろ。
何も解決してないんだから。
私は昔から、こういう考え方が嫌いだった。
問題が起きたなら、まず原因を調べる。
原因がわかったら、解決方法を考える。
一つ試して駄目だったら、別の方法を試せばいい。
それだけの話じゃないか。
我慢することは問題解決ではない
例えば、家族と暮らしていて、ある人が毎晩大きな音でテレビを見ているとする。
ほかの家族はうるさくて眠れない。
そこで「我慢しなさい」と言ったらどうなるか。
うるさいテレビは、うるさいままだ。
だったら、音量を下げるなり、イヤホンを使うなり、部屋を変えるなりすればいい。
ところが、これを人格の問題にしてしまう人がいる。
「私のテレビを見る楽しみを奪うのか!」
「家族なのに我慢できないのか!」
いやいや、そうじゃないだろ。
眠れなくて困っているから、解決方法を考えようと言っているだけだ。
こういう簡単な問題すら、人間はなぜか感情的な対立に変えてしまう。
「嫌だ」と言われたら、まず理由を聞けばいい
嫁がお姑さんに言った。
「そのやり方はやめてください」
すると姑は怒った。
「嫁のくせに生意気な!」
さて、何が起きたのだろう。
嫁は、やめてほしいことを伝えた。
姑は、それを自分への攻撃だと受け取った。
たったそれだけで、争いが始まってしまった。
でも、姑がこう聞いたらどうだろう。
「どうしてやめてほしいの?」
嫁が答える。
「子供が危ないからです」
「ああ、そういうことだったの」
これで済む話かもしれない。
相手の言葉を、最初から悪意として解釈しなければいい。
もちろん、説明を聞いても意見が合わないことはある。
そのときは、双方が納得できる方法を考える。
どうしても無理なら、生活の場所や担当する仕事を分けてもいい。
喧嘩をすることが目的じゃないんだから。
孤独だけが、人を苦しめるわけではない
私は、孤独とうつの関係についても考えてきた。
誰とも話さず、一人で考え続けているうちに、嫌な出来事を繰り返し思い出してしまう人がいる。
こうした反芻思考が、精神的な苦痛を長引かせることはある。
でも、私は孤独だけが問題だとは思っていない。
問題が起きても解決方法を教えず、我慢したり、ごまかしたりすることを覚えさせてきた教育にも問題があるんじゃないか。
そんなふうに考えている。
ただし、うつ病にはさまざまな要因があり、考え方だけが原因という話ではない。※考え方の癖の所為です。或いは脳に傷が有るか。チャッピーがなんと言おうとも99%
私が問題にしているのは、日常生活の中で減らせる苦痛まで、解決しないまま抱え込んでしまうことだ。
例えば、問題が百個あるとする。
そのうち十個でも解決できたら、負担は減るかもしれない。
さらに十個解決できたらどうなるか。
私は、そういう小さな解決を積み重ねることに価値があると思っている。
「逃げるな」と言いたいわけではない
ここは勘違いしてほしくない。
暴力を振るう人間と一緒に住む必要はない。
危険な場所からは、逃げた方がいい。
相性の悪い人と、何が何でも仲良くなる必要もない。
もっともそれが相性の悪い親子だとどうなるか?諍いの仲裁者が居れば負担は軽く済む。
ただ、解決できる問題なのに、最初から人間関係を全部切り捨てるしか方法がないと思い込むのは、もったいない。
なぜなら、人と暮らすことには大きな利益があるからだ。
生活費を分担できる。
家事を分担できる。
育児や介護でも助け合える。
そして、誰かと一緒に笑える。
こうした利益を、ちょっとした誤解や悪口のために全部捨ててしまうのか。
私は、まずそこを考えてほしい。
人間関係も、問題解決の練習をすればいい
学校では、算数の問題を解く。
国語の問題を解く。
理科の問題を解く。
だったら、人間関係の問題も解けばいいじゃないか。
「友達に嫌なことを言われました。さて、どうしましょう?」
いきなり相手を悪者にするのではなく、何が起きたのかを調べる。
相手はどう考えていたのか。
自分はどう受け取ったのか。
どうすれば、同じ問題が起きなくなるのか。
答えは一つとは限らない。
謝ることかもしれない。
話し合うことかもしれない。
距離を置くことかもしれない。
大事なのは、何も考えずに相手を憎み続けることではなく、自分の生活を少しでも楽にする解決方法を探すことだ。
そして私は、この教育を広めるために、もっと簡単な方法があると思っている。
テレビなどの映像媒体を使えばいい。
ただし、その前に言っておきたいことがある。
テレビや映像媒体というのは、必ずしも現実をそのまま見せているわけじゃない。
そこを理解しないままテレビを信じていると、今度は別の問題が起きる。
次は、テレビの話だ。




