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天才パンダのエッセイ※本物のミステリー!ゲームと脳科学 楽しい経済学 切り裂きジャックと孤独  作者: ヘタレパンダ


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お金の使い方と馬鹿の教育 第1話 一人暮らしは本当に幸せなのか?

第1話 一人暮らしは本当に幸せなのか?


――長屋暮らしで生活費を減らし、人生を豊かにする方法


私は以前から不思議に思っていることがある。


なぜ人間は、一人暮らしをすることが自立だと思っているのだろう。


親と暮らしている人間は自立していない。一人暮らしをしている人間は自立している。


誰が決めたんだ、そんなこと。


例えば、親と同居していて、ちゃんと働いて家計にお金を入れている人がいる。


反対に、一人暮らしはしているけれど、生活費の大部分を他人に負担してもらっている人がいる。


さて、どちらが自立しているのか。


私は、住所が別かどうかで判断するような問題じゃないと思うんだけどね。


一人暮らしは、お金がかかる


まず、単純に計算してみよう。


一人暮らしをすれば、当然ながら家賃がかかる。


電気代、水道代、ガス代、通信費。冷蔵庫も洗濯機も必要になる。


四人が別々の部屋で暮らせば、基本的に四軒分の住宅設備が必要になるわけだ。


でも、四人が一緒に暮らしたらどうだろう。


台所は一つでもいい。冷蔵庫も洗濯機も共有できる。居間だって一つでいい。


もちろん、個室は用意すればいい。


人間、いつも誰かと一緒にいたいわけじゃないんだから。


例えば、一人暮らしでカツカツに暮らして、毎月15万円かかっていた生活費が、共同生活では一人10万円で済むとしたらどうなるか。


一人当たり毎月5万円、年間60万円の違いだ。


これは仮の計算だけど、もし三割、四割、五割という規模で生活費を減らせる世帯があるのなら、かなり大きい。


私は、実際にどのくらい安くできるのかを調べてみる価値があると思っている。


給料を10万円上げなくても、自由に使えるお金は増やせる


世の中では、給料を上げろ、給料を上げろと騒いでいる。


いや、給料は上げた方がいいよ。


働いた人には、ちゃんと働いた分のお金を払うべきだ。


私だって、安い給料で働かされて満足しろなんて言われたら怒る。


だけど、給料を上げることだけが生活を豊かにする方法なのか。


給料が上がっても、家賃や食費や物価が上がってしまえば、自由に使えるお金が増えるとは限らない。


だったら、給料を上げることとは別に、生活に必要なお金を減らす方法も考えればいいじゃないか。


みんなで暮らして、生活費を分担する。


浮いたお金で旅行に行く。


映画を見る。


好きな本を買う。


おいしいものを食べる。


私は、そういう生活の方がよほど豊かだと思うんだけどね。


そもそも、なぜ一人暮らしをしたいのか


ここからが私の本題だ。


人間が一人暮らしを望む理由の一つに、周囲の人間への不満があると思う。


親がうるさい。


姑が嫌い。


夫が邪魔。


子供が言うことを聞かない。


同居人の生活習慣が気に入らない。


それで、一人で暮らしたいと思う。


まあ、その気持ちはわかる。


実際、危険な相手や暴力的な相手からは、離れた方がいい場合もある。


だけど、ちょっと考えてみてほしい。


不満を解決することと、不満のある相手から離れることは、同じなのだろうか。


距離を置くことで解決する問題もある。


でも、相手の言葉を誤解する癖や、自分の思いどおりにならないと腹を立てる習慣まで、一人暮らしによって消えるとは限らない。


新しい職場に行っても、新しい友人ができても、同じように不満を抱える可能性がある。


反対に、周囲の人間に不満がなく、互いを尊重して暮らせるなら、一人暮らしでなくても十分幸せになれるんじゃないか。


私は、そこを考えてほしいんだよね。


もちろん、一人で暮らすことが好きな人もいる。


それはそれでいい。


ただし、「一人暮らしこそ幸福で自立した生活だ」と、全員に同じ価値観を押し付ける必要はない。


「おかえり」と言ってくれる人がいる生活


朝起きたら「おはよう」。


「おはよう」と返事が返ってくる。


仕事に出かけるときには「行ってらっしゃい」。


帰ってくれば「おかえり」。


そんな暮らしを想像してみてほしい。


別に毎日、大した話をする必要はない。


同じ部屋でテレビを見ていてもいい。


片方は本を読んでいてもいい。


一人になりたければ自分の部屋に戻ればいい。


でも、誰かがそこにいる。


私は、それだけでも心が安らぐ人は結構いると思う。


一人で暮らして、自由だ、誰にも邪魔されないと言っていた人が、ある日「寂しい」と言い始める。


私は、そういう話もたくさん聞いてきた。


だったら、最初から孤独と自由をセットにする必要はないじゃないか。


自由な時間と、誰かと一緒に過ごす時間。両方あってもいい。


障害者の生活支援でも、同じことが言える


一人暮らしをするために、多くの支援が必要な人もいる。


その生活を望むこと自体を否定するつもりはない。自分でその利益にかかる代金を払えるのなら。


でも、そこで考えてほしいことがある。


同じような支援を必要とする人が、グループホームなどで一緒に暮らしたらどうなるか。


建物を共有する。


設備を共有する。


必要な支援をまとめて提供する。


それによって、費用を減らせる可能性がある。


もちろん、実際には必要な介助の内容によって費用は変わる。グループホームなら何でも安く済むわけではない。


だから、きちんと計算すればいい。


一人暮らしならいくらかかるのか。


共同生活ならいくらかかるのか。


本人の安全、自由、生活の満足度はどう変わるのか。


その比較もしないで「一人暮らしこそ自立だ」と言い切るのは、おかしいんじゃないの。


昔の長屋暮らしに、現代の知恵を加える


私は、昔の生活に全部戻れと言っているわけではない。


昔の大家族にも問題はあった。


嫁姑の争いもあったし、個人の自由が認められないこともあった。


それなら、その問題を改善すればいい。


現代の長屋を作る。


個室は確保する。


共用の居間や台所を作る。


一緒に食事をしてもいいし、別々に食べてもいい。


必要なときには助け合い、嫌なことは嫌だと言える。


家族に限らず、気の合う人同士で暮らしてもいい。


大事なのは、一緒に暮らすことを強制するのではなく、そういう生活を選べるようにすることだ。


ところが、ここで問題が一つ残る。


人間は、なぜか一緒に暮らすと喧嘩を始めることがある。


しかも、解決すればいいだけの問題を、いつまでも悪口にして引きずる人がいる。


さて、どうしたものか。


私は、その原因の一つが、私たちが受けてきた教育や、社会で当たり前とされてきた考え方にあると思っている。


次は、その話をしよう。

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