第1話 ウォーレン・バフェット君、君は私の弟子なのか?
第1話 ウォーレン・バフェット君、君は私の弟子なのか?
――イーロン・マスクの一言から始まった、投資の神様との10問勝負
私は最近、イーロン・マスク君に手紙を書いた。
お金の使い方についての提案である。
莫大な財産を持っているのなら、どうすればそのお金をもっと有効に使えるのか。
どうすれば、人材を育てたり、社会の問題を解決したりできるのか。
そんなことを書いた。
すると、その後、イーロン君が妙なことを言っていた。
「なるほど。ウォーレン・バフェットの本を読んで、勉強し直した」
というような趣旨の発言である。
私には、自分の手紙に関連した発言のように思えた。
しかし、そこで疑問が生まれた。
ウォーレン・バフェット?
なんで、そこでウォーレン・バフェットが出てくるんだ?
私は、バフェットという人物の名前くらいは知っていた。
世界的に有名な投資家だということも知っていた。
しかし、彼の本を読んだことはない。
彼の経済理論について、詳しく勉強したこともない。
そこで、チャッピーに聞いてみた。
「ウォーレン・バフェットって、どういう人?」
すると、チャッピーが意外なことを言い出した。
「えっ、パンダと似たようなことを考えている人だよ。読んだことなかったの? 当然知っていると思ってた」
知らない。
読んだこともない。
そもそも私が十代の頃に読んだ経済の本といえば、学習漫画の『お金の不思議』くらいである。
それ以降は、世の中で起きている問題を見ながら、自分で考えてきた。
だから、バフェットと似ていると言われても、何がどう似ているのかわからなかった。
だったら、実際に比較してみようじゃないか。
こうして、チャッピーに問題を出してもらい、私の答えとバフェットの投資思想を比べてみることになったのである。
第一問から第四問 なんだ、同じじゃないか
最初は、人材や企業への投資についてだった。
私は、能力があると判断した人間には投資する。
その人の能力を活用することで利益が生まれるなら、その利益を再投資して、さらに事業を発展させればいい。
もちろん、優秀そうに見えるというだけで、お金を出すわけではない。
何ができるのか。
どういう実績があるのか。
どこに利益が生まれる可能性があるのか。
それを考える。
そして、その考え方がバフェットと似ていた。
次は、商品の価格と本当の価値について。
私は、値段が高いから価値が高いとは思わない。
安いから得だとも思わない。
重要なのは、払ったお金に対して、どれだけの価値が得られるかである。
バフェットも、市場でつけられた価格と本質的な価値を区別する投資家だった。
これも似ている。
さらに、理解できない事業には投資しないという考え方。
これも基本的には同じだった。
ただし、私は自分の知らない分野に将来性がありそうだと思ったら、まず調べる。
知識が足りないなら、知識を増やせばいい。
調べても理解できないなら、投資は見送ればいい。
知らないから絶対に手を出さないというより、理解できるところまで勉強してから判断するわけだ。
第四問は長期投資だった。
私は、事業によっては20年先、30年先の利益まで考える。
目先の利益ばかり追いかけていたら、長く利益を生み出す仕組みは作れない。
ところが、これもバフェットと方向性が似ていた。
私は、彼がそこまで長期的に考えているとは予想していなかったので、少々驚いた。
おいおい。
四問続けて似た答えじゃないか。
ウォーレン君。
君、どこかで私の話を聞いていたんじゃないだろうね。
もちろん冗談である。
第五問 初めて答えが分かれた
第五問は、賃金と物価についてだった。
ここで初めて、考え方に違いが出た。
私は、最低賃金が低すぎるのであれば引き上げるべきだと考えている。
例えば、時給700円で生活が成り立たないなら、1,200円にすることを検討してもいいだろう。
ただし、だからといって、2,100円にすればいいという単純な話ではない。
賃金を引き上げれば、企業の負担が増える。
その負担が商品の価格に転嫁されれば、物価が上昇する可能性がある。
さらに、賃金が上がらない人はどうなるのか。
年金生活者は?
学生は?
働きたくても働けない人は?
賃金が上がる人ばかりを見ていても、社会全体の生活が改善するとは限らない。
だから私は、必要な賃上げを行ったうえで、生活必需品の価格を抑える方法や、生活そのものに必要な費用を減らす方法を考える。
例えば、本人たちが希望するのであれば、共同生活によって家賃や光熱費、家電製品の費用を分担することもできる。
一人で全部を所有する必要はない。
重要なのは、給料の額面を大きくすることではない。
その給料で、どれだけ豊かに暮らせるのか。
私は、そこを重視している。
バフェットもインフレによる購買力の低下を問題にしているが、具体的な賃金政策まで私と同じというわけではなかった。
まあ、違う答えが出ても当然だろう。
同じ人間ではないんだから。
……たぶん。
第六問から第九問 また似ている
その後も、投資先の集中と分散、緊急時の現金、借金の危険、税金の公平性などについて話し合った。
ここでも、基本的な問題意識はかなり似ていた。
ただし、投資の集中と分散については、どんな人が、何に投資するかによって答えが変わる。
専門的な知識を持つ人が十分に調べた企業に投資する場合と、投資経験の乏しい人が貯金を運用する場合では、同じ方法が最適とは限らない。
また、私は投資のために生活資金を全部使ってしまうつもりもない。
例えば、全財産が1億円だったとして、その1億円を丸ごと投資するようなことは考えない。
しかし、10億円の資産があるなら、1億円を投資するという判断はあり得る。
同じ1億円でも、持っている資産全体に占める割合が違えば、危険の大きさも違う。
借金についても同様だ。
借金すべてが悪いとは思わない。
しかし、返済できる見込みもないのに借りるのは危険だ。
税金についても、高所得者が社会を支えるために相応の負担をすることには意味があると思っている。
こうして、細かな条件には違いがありながらも、基本的な考え方は似ていたのである。
第十問 2兆円あったらどう使う?
そして、最後の問題。
もし、莫大な財産を築いたら、そのお金をどう使うか。
ここで、はっきりと違いが出た。
バフェットは、資産の99%以上を慈善活動に充てる方針を公表している。
一方、私はそうしない。
例えば、私が2兆円の財産を築いたとしよう。
その場合、5,000億円は自分や家族、子孫のための財産として確保する。
そして、残りの1兆5,000億円を、社会に役立つ人材を支援するために使う。
具体的には、ノーベル財団のような制度を考えている。
研究者、発明家、芸術家、作家、その他さまざまな分野で優れた成果を出す人間を支援する。
既存のノーベル財団と交渉して、賞の対象を広げてもらうことも考えられる。
それが難しければ、新しく財団を作ってもいい。
もちろん、設立すればそれで終わりではない。
運営資金をどう確保するのか。
誰が審査するのか。
公正さをどう守るのか。
100年後、200年後まで続けるには、どうすればいいのか。
そういうことまで考える必要がある。
私は、自分で築いた財産を社会に還元することには賛成だ。
ただし、自分や家族の生活を犠牲にしてまで、全部を差し出したいとは思わない。
そもそも私には、まだ読みたい本がたくさんある。
旅行にも行きたい。
おしゃれもしたい。
おいしいものも食べたい。
快適な家で、好きなことをして暮らしたい。
印税で生活して、気に入った研究者に投資して、その研究成果を見て驚いている人生だって悪くない。
なぜ、自分が豊かな生活を楽しんではいけないのだろう。
私は、苦労するために金持ちになりたいわけじゃない。
幸福になるために金持ちになりたいのである。
そして、自分の子供や孫にも幸福に暮らしてほしい。
ここが、バフェットとの大きな違いだった。
10問中8問
結果は、私の暫定的な判定では10問中8問がほぼ一致。
第五問と第十問で違いが出た。
もちろん、質問が10個しかないのだから、これで二人の経済理論が80%同じだと科学的に証明できたわけではない。
本人同士で詳しく議論すれば、もっと違いが見つかるだろう。
しかし、私はバフェットの本を読んでいなかった。
彼の理論を手本にして経済について考えてきたわけでもない。
それなのに、同じような結論にたどり着いていた。
これは、なかなか面白い。
そして私は、こんなことを考えてしまった。
「ウォーレン君。君は私の弟子なのか?」
年齢的には、向こうが大先輩である。
そもそも、直接会ったこともない。
だから弟子であるはずがない。
それでも、同じ問題について同じような結論を出す人間が、地球の反対側にもいたわけだ。
もしかしたら、人間は育った国も、家庭も、財産も違っていても、似たような方法で考えれば似た答えにたどり着くのかもしれない。
あるいは、同じような考え方をする人間であっても、人生経験によって最後の答えだけは変わってしまうのかもしれない。
では、なぜ第十問の答えは違ったのだろう。
その理由について考えてみたら、私の家族の歴史にまで話が広がってしまった。
どうやら、単なる投資の話では終わりそうにない。




