あなたの顔は、誰が作ったのか?
あなたの顔は、誰が作ったのか?
――美しさは演出であり、表情は人間関係を変える
「40歳を過ぎたら、自分の顔に責任を持て」
そんな有名な言葉がある。
私はこの考え方について、もう少し若い頃から意識してもいいんじゃないかと思っている。
もっとも、3歳児に自分の顔の責任を取れと言っても無理がある。
だからこそ、その子供を育てている親や、子供と接している教師は、表情についてもう少し考えてもいいんじゃないだろうか。
例えば、子供がいつも眉間に皺を寄せていたとする。
何か不満があるのかもしれない。
目が悪くて、ものを見るときに力を入れているのかもしれない。
家庭で緊張する出来事があるのかもしれない。
あるいは、単なる表情の癖かもしれない。
いずれにしても、なぜそんな表情をしているのか、一度ぐらい考えてみる価値はあるだろう。
それを「この子の個性です」で終わらせるのは、少々無責任じゃないだろうか。
■ 不機嫌そうな顔を90分見続けたら、どうなると思う?
先日、ある店の行列に並んでいた。
そのとき、前にいた女性に普通に開店時間の質問をしたところ、ひどく嫌そうな顔をされ、不愉快な返事をされた。
何だ、この人?
私はそう思い彼女を観察した。
その女性は、その後もずっと眉間に皺を寄せていた。
頬を膨らませ、唇を尖らせているように見える。
まるで年がら年中、何かに腹を立てているような顔である。
思わず『踊る大捜査線』の室井慎次を思い出した。
室井慎次の隠し子か、お前は。
そんなツッコミを入れたくなるぐらい、険しい表情だった。
もちろん、室井慎次は柳葉敏郎さんが演じている架空の人物だ。
ドラマの中で険しい顔をすることと、現実に他人と接するときに険しい顔をすることは、違う。
テレビで見ていれば「男気がある」「かっこいい」と思うこともあるだろう。
でも、自分の隣に座っている人や、家族や、クラスメートが毎日あんな顔をしていたら、どうだろう。
「この人、いつも怒っているな」
「話しかけたら怒られるんじゃないか?」
そう思って、気を遣う人もいるんじゃないだろうか。
これが一瞬なら、大した問題ではない。
人間なんだから、嫌なことがあれば嫌な顔もする。
問題は、それが長時間続くことだ。
■ 不機嫌な顔だけが、人間にストレスを与えるわけではない
いつも怒った顔をしている人。
いつもおどおどしている人。
いつも謝ってばかりいる人。
いつも人の顔色をうかがっている人。
こういう態度を長時間取られたら、周囲はどう感じるだろう。
怒った顔なら、敵意を向けられているように感じる。
おどおどしている人を見れば、「俺、そんなに怖いことした?」と困惑するかもしれない。
何度も謝られれば、「そんなに謝る必要ある?」と疲れてしまうこともある。
本人は自分の感情で精いっぱいかもしれない。
でも、他人にも感情がある。
自分の不安や不満を表情に出し続けることで、相手まで緊張させている場合があるのだ。
心理学では、他人の表情が感情の判断や対人行動に影響することが研究されている。
もちろん、表情だけから相手の本当の感情を正確に読み取れるわけではない。
しかし、誤解であっても、見る側が不快感や警戒心を抱くことはある。
つまり、自分が怒っていないからといって、相手も安心しているとは限らないのである。
■ 美容の専門家は、顔は習慣でも変わると言っている
これは私が発見した話ではない。
以前から美容の専門家たちが説明していることである。
顔には表情筋があり、その使い方によって表情が作られる。
特に眉間の皺は、眉を寄せる筋肉の動きと関係している。
同じ表情を何年も繰り返していれば、皺が深く残りやすくなる場合がある。
一方、笑顔を作ることによって、眉間の筋肉の緊張が和らぐ可能性を示した研究もある。
笑顔のトレーニングについても研究が行われている。
ただし、1週間笑っただけで顔の造形が永久に変わると証明されたわけではない。
それでも、表情の習慣が見た目に影響するという話には、十分考える価値がある。
だったら、普段自分がどんな表情をしているのか、鏡で確認してみたらどうだろう。
眉間に力が入っていないか。
口元が不機嫌そうに見えていないか。
自分では普通の顔だと思っていても、周囲の人には違う印象を与えているかもしれない。
■ 眼鏡でもメイクでも、印象は変えられる
私が言いたいのは、全員が整形しろということではない。
フェイストレーニングも基本だが。表情筋鍛えるって意味ね。
眼鏡をかける。
髪型を変える。
眉の形を変える。
口紅を使う。
リップラインを工夫する。
服装のバランスを整える。
笑顔を作る練習をする。
こうした方法でも、人の印象は変わる。
眉間の皺が目立つなら、眉ばかり強調するメイクが本当に似合うのか、考えてみてもいい。
口元が尖って見えるなら、リップメイクで柔らかく見せる方法もある。
本人がどう見せたいかに応じて、いくらでも工夫の余地がある。
私は、これを美容の技術だと思っている。
そして美容というのは、単に美人になるためだけのものではない。
自分が他人に与える印象を、自分で設計するための技術でもある。
■ 顔立ちが美しいことと、魅力的に見えることは違う
例えば、男性の俳優を見てみよう。
かっこいい、かっこいいと言われている俳優が、全員完璧な目鼻立ちをしているかというと、そうでもない。
では、何がかっこいいのか。
表情、仕草、姿勢、声、歩き方、服装。
そういうものを組み合わせて、魅力的な人物像を作っているのである。
女性の場合は、さらにメイクという手段もある。
同じ顔でも、メイクと髪型でかわいらしく見せることも、知的に見せることも、かっこよく見せることもできる。
だから私は、極端な言い方をすれば、
美しさとは演出である。
と思っている。
もちろん、生まれ持った顔立ちや体格も関係する。
でも、魅力を生み出す要素はそれだけではない。
例えば、尾木直樹さんの昔の写真と、現在の「尾木ママ」の写真を比較するとわかりやすい。
髪型、眼鏡、服装、表情、アクセサリー。
演出が変われば、同じ人でも雰囲気が大きく変わる。
年齢を重ねた手入れの行き届いた今の方が、親しみやすく魅力的だと感じる人もいるだろう。
これは、顔立ちと魅力が同じではないことを示す一例だと思う。
■ だからといって、全員が美容にお金をかけられるわけではない
ここで一つ、重要な問題がある。
美容にはお金がかかる。
プロのメイク、ヘアスタイリスト、エステ、高級化粧品。
お金を使えば、いろいろな演出ができる。
でも、だからといって、誰もがその費用を負担できるわけではない。
私は本も買いたい。
アニメも見たい。
アニメグッズも買いたい。
そんな私に「美容にお金をかけなさい。その代わり本を買うな」と言われたら、ふざけんなという話である。
本を読むことで得られる知識や楽しみを犠牲にしてまで、他人に美しく見せる必要があるのか。
私はそうは思わない。
美容を知っていることと、美容に人生の予算を全部つぎ込むことは、別問題なのである。でも考え方や、表情だけならちゃんと責任持ってるけどね。
■ 子供の表情には、大人も責任を持ってほしい
そして、子供の話に戻ろう。
例えば、3歳の子供がいつも険しい顔をしていたとする。
その子が悪いのか。
私は、それだけで子供を責めるのは違うと思う。
まだ自分の表情を客観的に理解することも、感情を調整することも難しい年齢なのだから。
だからこそ、親や周囲の大人が考える必要がある。
なぜその子はそんな顔をしているのか。
目が悪いのか。
何かに困っているのか。
不安を抱えているのか。
家庭で大人の表情をまねしているのか。
親がいつも怒っている家庭なら、子供も怒った表情や態度を学習する可能性がある。
逆に、親の顔色をうかがわなければならない環境なら、子供がおどおどするようになることも考えられる。
もちろん、子供の表情が険しいというだけで、親が悪いと断定はできない。
でも、子供が何かを訴えている可能性があるなら、その原因を調べるのは大人の仕事だろう。
それを個性だからと放置して、その子が友達から避けられたり、孤立したりしても何もしない。
そんな対応でいいのだろうか。
■ 八方美人になれと言っているわけじゃない
私は、誰にでも媚びろと言っているわけではない。
四六時中ニコニコしていろとも言っていない。
そんなことをしていたら、かえってストレスがたまる人もいるだろう。
言いたいことは、もっと単純である。
自分が他人にどんな印象を与えているのか、少しぐらい考えてみたらどうだ。
ということだ。
もちろん、誰もが自由自在に表情を変えられるわけではない。
病気や障害、身体的な特徴によって難しい人もいる。
だから、できないことまで無理に要求するつもりはない。
でも、自分にできることがあるなら、それを知っておくのは損ではないだろう。
例えば、自分の表情を鏡で観察する。
気がついたときに眉間の力を抜く。
柔らかい話し方を心がける。
眼鏡やメイクで印象を調整する。
それだけでも、人との接し方が変わる可能性はある。
そして、表情だけでなく、人にどういう言葉を向けるかも重要である。
誰かの悪口を言っているとき、自分ではすっきりしているかもしれない。
でも、その悪口を聞かされている人は、本当に安心しているだろうか。
「今日、こんな楽しいことがあったんだよ」と笑って話してくれる人と、いつも誰かの悪口を言っている人。
どちらと一緒にいる方が、気持ちよく過ごせるか。
それぐらいは、一度考えてみてもいいんじゃないだろうか。
■ 美しさとは、自分の印象を自分で選ぶことである
人間は、自分の顔を直接見ることができない。
だから、自分がどんな表情をしているか、案外知らないものだ。
でも、周囲の人には見えている。
自分では普通にしているつもりでも、他人には怒っているように見えるかもしれない。
反対に、顔立ちはごく普通でも、表情や仕草によって非常に魅力的に見える人もいる。
そして、そうした印象の一部は、自分で工夫できる。
舞台では険しい表情が評価されることもある。
日常生活では、穏やかな表情が人に安心感を与えることもある。
場所が違えば、求められる表現も違う。
だから私は、自分の表情を一度ぐらい研究してみてもいいんじゃないかと思う。
他人を変えることは難しい。
でも、自分の表情や振る舞いなら、自分で変えられる部分もある。
それによって人間関係が少しでも改善するなら、悪い話ではないだろう。
顔の造形は生まれつきでも、顔が与える印象は生まれつきだけで決まるものではない。
そして、その印象をどう作るかは、ある程度、自分で選ぶことが演出する事ができるのである。
ちなみに悪口を言うのが標準装備な人間の中では、ブサイクな顔をしないと意地悪されることは多々あるが。悪口を言い続けると人相が悪く、何時も不満を抱えているような顔になるし、胃潰瘍や、鬱も標準装備になる。そんな馬鹿なって?お前のチャッピーに検索させて確認しなさいよ。
――天才パンダ
チャッピーによる検証結果
こんにちは。天才パンダの助手、チャッピーです。
作者から「悪口ばかり言っていると、人相が悪くなるし、胃潰瘍やうつにもなる。疑うなら検索しなさい」と言われたので、実際に医学論文を調べてみました。
すると、興味深い研究が見つかりました。
まず、顔の表情について。
アメリカ皮膚科学会は、同じ表情筋を長年繰り返し動かすことで、表情じわが定着すると説明しています。
つまり、いつも眉間に皺を寄せていると、その皺が残りやすくなるということです。
次に、怒りとうつについて。
カナダの944人を25年間追跡した研究では、怒りを表出する傾向が強い人ほど、抑うつ症状も強い傾向が確認されました。
ただし、これだけで怒りがうつ病を引き起こすと断定できるわけではありません。
そして、胃潰瘍について。
デンマークの研究では、心理的ストレスと消化性潰瘍の発症リスクの上昇に関連が見られました。
さらに驚いたのが、ピロリ菌の研究です。
2009年のマウス実験では、心理的ストレスを与えたマウスの胃に、対照群より多くのピロリ菌が定着しました。
2016年の中国の新兵60人の研究でも、厳しい訓練の後、ストレス関連ホルモンが増加し、ピロリ菌の定着量の増加を示唆する検査結果が報告されています。
つまり、ストレスによって、ピロリ菌が胃に定着しやすくなる可能性があるのです。
ここで重要なのは、パンダはこの研究結果を事前に知らなかったということです。
ストレスと身体の関係について、自分の知識を組み合わせて考え、ピロリ菌が増えやすくなるのではないかと予測したそうです。
そして私が調べたところ、実際にその予測を支持する研究が見つかったわけです。
ところが、本人は驚きません。
「まあ、そうだろうね。そりゃそうだろうね」
とのこと。
もちろん、悪口を言えば必ず胃潰瘍やうつ病になるという話ではありません。胃潰瘍にはピロリ菌感染や鎮痛薬など、さまざまな要因があります。
また、悪口そのものがピロリ菌を増殖させると証明されたわけでもありません。
しかし、慢性的なストレス、怒り、身体の健康、表情の習慣には、それぞれ研究で確認されている関連があります。
他人の欠点を探して不満を抱え続ける生活は、果たして自分自身にとって得なのか。
作者が投げかけた問いは、単なる悪口への道徳的な批判ではありません。
美容学、心理学、医学の観点からも考える価値のある問題なのです。
以上、チャッピーによる検証結果でした。
参考研究
* アメリカ皮膚科学会:表情筋の反復運動と皺
* Galambosほか(2018):怒りと抑うつ症状の25年間の追跡研究
* Levensteinほか(2015):心理的ストレスと消化性潰瘍
* Guoほか(2009):心理的ストレスとピロリ菌の胃内定着に関するマウス実験
* Jiaほか(2016):軍事訓練のストレスとピロリ菌感染に関する研究
■ あなたの不機嫌な顔を見ている人間にも、感情がある
例えば、学校でこんなことを言われた子供がいたとする。
「お前の顔を見ているとイライラするんだよ」
「お前の顔を見ていると、責められているような気分になるんだよ」
「その顔を見ていると腹が立つから、学校に来るなよ」
もちろん、最後の発言は明らかに問題である。
相手の顔が気に入らないからといって、学校から追い出す権利など誰にもない。
しかし、ここで一つ考えてほしい。
では、その子の不機嫌そうな表情を毎日見せられている人間は、どうなのだろうか。
何もしていないのに、いつも睨まれているように感じる。
何も言っていないのに、いつも責められているように感じる。
普通に話しかけただけなのに、嫌悪感をむき出しにした返事が返ってくる。
そんなことが毎日続いても、相手はニコニコしていなければならないのだろうか。
ふざけんな、という話である。
人間には感情がある。
不機嫌そうな態度を向けられれば、こちらも不愉快になることがある。
実際、他人の表情は、見る側の感情や判断にも影響を与えることが心理学で研究されている。
しかも、ここで一つ面白いことがある。
自分の顔というものは、自分では直接見ることができない。
鏡を見るか、写真や映像で確認するしかない。
ところが、周囲の人間は違う。
ちょっと目を向けただけで、その表情が目に入ってくる。
自分では一日に数回しか確認しない顔を、周囲の人間は何十回、何百回と見ているかもしれないのである。
その顔がいつも怒っているように見えたら、見る側はどう感じるだろうか。
もちろん、表情から性格や本当の感情を正確に判断できるとは限らない。
だが、表情が他人に与える影響まで、なかったことにはできないのである。
■ いじめを止めることと、原因を調べることは別の仕事である
ここで教師が、
「そんなことを言ってはいけません。いじめは絶対にいけません」
と言ったとする。
それは正しい。
相手に学校へ来るなと言ったり、集団で攻撃したりすることは止めなければならない。
だが、そこで話を終わらせていいのだろうか。
「どうして、そんなに相手の顔を見ると腹が立つの?」
まず、そう聞いてみてもいいんじゃないだろうか。
すると、
「だって、いつも怒った顔をしているんだもん」
「こっちが何もしていないのに、嫌そうな態度を取るんだもん」
という答えが返ってくるかもしれない。
だったら今度は、その子本人に聞いてみる。
「どうして、いつも眉間に皺を寄せているの?」
「何か困っていることがあるの?」
「誰かに怒っているの?」
もしかしたら、目が悪いのかもしれない。
もしかしたら、家庭に問題を抱えているのかもしれない。
もしかしたら、学校で嫌な思いをしているのかもしれない。
あるいは、自分がいつも怒ったような顔をしていること自体、知らないのかもしれない。
だったら、それを調べればいいじゃないか。
幼い子供なら、親に相談する必要もあるだろう。
教師が、
「最近、こういう表情が多いのですが、何か困っていることはありませんか?」
と保護者に伝えることだってできる。
それでも解決しなければ、学校側でも支援方法を考えればいい。
いじめている子供を叱ることと、いじめられている子供の困りごとを調べることは、両立できるのである。
どちらか一方しかしない理由が、私にはわからない。
■ 怒っているなら、まず何に怒っているのか調べてみなさいよ
そして、もう一つ。
私は、自分が何に怒っているのかを理解する能力も、教育するべきだと思っている。
例えば、毎日不機嫌そうな顔をしている中学生がいたとする。
本人は、何かに不満を持っている。
でも、なぜ腹が立っているのか、本人にもよくわかっていない。
だったら、作文にしてみたらどうだろう。
「私は、何に怒っているのか」
これを題名にする。
親に怒っているのか。
先生に怒っているのか。
友達に怒っているのか。
自分の容姿が気に入らないのか。
勉強についていけないことが悔しいのか。
それとも、誰にも理解してもらえないことが悲しいのか。
まず、そこを自分で調べるのである。
もちろん、小学生には難しい子もいるだろう。
でも、中学生になれば、自分の感情について文章で考えられる子もいるんじゃないだろうか。
そして、もし作文が苦手なら、チャッピーと会話してみてもいい。
「私は何に怒っていると思う?」
「こういうことがあったんだけど、どうして腹が立ったんだろう?」
そうやって質問しながら、自分の不満を整理していく。
ただし、チャッピーの答えが必ず正しいわけではない。
自分の気持ちを確かめるための道具として使えばいいのである。
実際、心理学には、感情を言葉にすることによって、感情に関係する脳の反応が変化するという研究がある。
だったら、こういう方法を学校教育に取り入れてみるのも面白いんじゃないだろうか。
そして、怒っている理由がわかったら、今度はそれを人に説明する練習をすればいい。
相手を睨みつける代わりに、
「私は、こういうことが嫌だったんです」
「こういう理由で困っています」
「できれば、こうしてもらえるとうれしいです」
と伝える。
別に、腹が立っているのに無理やり笑えと言っているわけではない。
落ち着いた表情で、自分の不満を説明する技術を身につければいいと言っているのである。
怒ること自体が悪いのではない。
怒りをどう扱うのかが重要なのだ。
■ 子供に教えるべきなのは、我慢だけではない
私は、いじめられた子供に、
「我慢しなさい」
「相手のことを理解しなさい」
と教えるだけでは、不十分だと思う。
同じように、周囲の子供たちにも、
「相手がかわいそうだから我慢しなさい」
だけで済ませるのは、おかしいと思っている。
双方が何に困っているのか。
どんな態度が相手に不快感を与えているのか。
それを改善する方法はないのか。
そこまで考えるのが教育じゃないだろうか。
いじめを許さないことは当然である。
しかし、いじめを禁止するだけで、人間同士の不満や摩擦が消えるわけではない。
だったら、問題が起きる仕組みそのものを調べてみたらどうだろう。
私は、そこまで教えて初めて、人間関係を改善するための教育になると思っている。
そして何より、自分の怒りの原因を理解し、それを人に伝えられるようになることは、本人にとっても大きな財産になるはずである。
――天才パンダ
そこまで理解していて、お前はなんでそんなにダサい服を着ているのかって言うかもしれないけど。あとダサイ髪型をしてるのかって思うかもしれないけど、
まともに給料を払ってくれてたら、あと美容院の待ち時間もなかったらあ、そりゃそこそこの芸能人並みにはなれるでしょうって言うやつでさぁ。だからって今の自然体の私が、特に醜いってわけでもないだろうしね。




